Act.05 約束の行方

『君の傍には僕がいるって

 伝えられたら良いのにな。

 口下手の口を吐いて出るコトバは

 意味のない、空気ばかりだ――』


 +++


 朝の澄んだ空気に乗って、誰かの歌声が届く。

 ミカエルはそれに釣られるように、そっと外へ出た。


 政府軍との戦いから二日後。ミカエルはそのまま、“I'llアイル”のアジトで世話になっていた。

 この二日間、軍が動いたという情報もなく、彼らは比較的穏やかな日常を送っていた。


 増改築を繰り返した結果のように歪な形の木製のアジトの周りには、同じような建物が所狭しと建ち並んでいる。

 中庭と思わしき場所にはすでに洗濯物がはためいていて、建物に挟まれた空はひどく狭かった。


 歌声の主はすぐに見つかった。

 庭の片隅で祈るように歌うその人物は、ジョーカー率いる四番隊に所属する、灰色の髪の少女……ゼノンだった。


「……あ、みっくん。ごめんね、起こしちゃった?」


「あ、いえ……!」


 困ったように笑う彼女に、ミカエルは慌てて首を振る。それから少し悩んだあと、天使は少女に話しかけた。


「……歌、すごく上手なんですね」


「えへへ、ありがと」


 ミカエルの裏のない賛辞に、ゼノンは照れたように頭を掻く。それを見ながら、ミカエルは首を傾げた。金糸の髪が、朝日を反射してきらりと煌めく。


「……誰かから教わったんですか?」


「ううん、独学だよ」


「歌は誰かへの贈り物だと本で読んだことがあります。

 ゼノンさんも、誰かに……?」


 何気ない天使の問いに、屈託なく笑うゼノン。

 すごいですね、と羨望の眼差しを送るミカエルに照れながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


「……あたしね……弟が、いたんだ」


「弟……ですか?」


「うん。少し前に死んじゃって……今はもういないんだけどね……」


 どこか痛みを堪えているような声。聞いてはいけなかっただろうか、とミカエルは少し後悔する。


「その弟……クオンって名前なんだけど、クオンはね、あたしの歌が好きだったの。

 ……でも、政府軍に……殺されて」


「……っ!」


  自身も少し前まで軍の関係者だったミカエルは、思わず息を飲む。そんな彼の反応に、ゼノンは慌てて首を振って否定した。


「あ、ごめんね。別にみっくんのこと責めてるワケじゃないの」


 苦笑をこぼしながら、彼女は続けた。大切な思い出を、伝えるために。


「最期の時にも、『お姉ちゃん、うたって』って……言って……。

 あたし、うたったの。クオンが好きだった歌を」


 語るゼノンの瞳には、いつの間にか涙があふれていた。


「クオンはね、あたしに、『皆がお姉ちゃんの歌を聴いて幸せになったら良いね』って……言って……っ!

 ……だから……あたしは、歌うの。みんなが幸せになれる、その日まで……。

 クオンに届くように、胸を張って、精いっぱい……歌うの」


 それが、弟との約束……ずっと、歌っていくという、約束。

 いつの日か、この街が自由を取り戻す……その日まで、ずっと。

 そう言って涙を流しながらも笑うゼノンは、ひどく眩しくて、しかしどこか……切なくて。


「そう、だったんですか……。

 すみません、無神経でした……」


 彼女を直視できず俯きながら謝るミカエルの脳裏には、自分の『家族』……ラファエルのことが浮かんでいた。


 ……やくそく。

 ふたりぼっちだった自分たちが交わした、拙い約束。

 それはもう、叶うことはないのだろうか……?


「ううん、いいのいいの。聞いてくれてありがとね、みっくん。

 おかげですっきりしちゃった!」


 涙を拭って笑顔を浮かべたゼノンが、ミカエルに声をかける。ハッと顔を上げた彼に、少女は手を差し伸べた。


「……さて! 皆のトコ行こっか。

 そろそろ朝ごはんの時間だよー!」


「……はい」


 アジトの中から、朝食を作っている最中なのか美味しそうな匂いが漂い始めていた。

 すっかり日の昇りきった空に、煙突から吐き出された煙が溶けていく。

 今日の朝ごはんは何かな、と楽しげに歩き始める少女の背を追いながら、天使は澄み渡った青空から目を背けた。



 いつまでも覚えている。

 君と交わした約束を。



(ねえ、ラファ……あの日この空を見て交わした約束は、今もまだ……信じていていいの……?)



『辛いなら笑わなくて良いよって

 伝えられたら良いのになあ。

 口下手な僕はどうしても

 愛想笑いだけを浮かべてしまう――』



 Act.05:終

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