Act.02 嵐の前の。

 アジトに戻ってきたカルマたちが、作戦会議が行われている部屋へ入った瞬間、怒鳴り声が飛んだ。


「カルマっ!! お前どこに行ってたんだッ!!」


 “I'llアイル”のリーダーである男性、ハリアレス……通称・ハリアは、青筋を立てて怒っていた。だが他の面々は「いつものことだ」と苦笑いを浮かべている。

 優しく温もりに満ち溢れた場所だと、ミカエルはぼんやりと思った。


「まあまあ、ハリア。それよりカルマ、そちらの子は?」


 副リーダーであるミライが、カルマの隣で怯えていたミカエルを見た。紺色のポニーテールが、彼女の動きに合わせてふわふわと揺れている。


「……拾った」


「……ひろっ……!?」


 真顔で言い放ったカルマに、ミカエルは絶句した。

 間違ってはいないだろうが、もう少し言い方というものがあるのでは!? と言いたげな視線を彼に向ける。


「……で、アンタはどこの誰よ?」


 フィーネという名の緑髪の少女が、仏頂面で子どもに尋ねる。


「あ……えと……僕……ミカエルって、いいます」


「その、背中の羽……あなたまさか」


「こいつは“政府の天使”だ」


 おどおどと返答したミカエルの背を見て声を上げた灰色の髪の少女・ゼノンの声を遮って、カルマが説明した。


『……“政府の天使”ぃ!?』


 そのカルマの発言により、一瞬の静寂のあと、その場にいたほぼ全員が同時に声をあげた。

 小さな人工の翼とは言え、やはり異形。目立ってしまうのは仕方がないのか、とミカエルはそっと悲しげにため息を吐く。


 政府軍によって強制的に“造られた”人工の天使。

 凄まじい攻撃力を誇るが、訓練を続ける内に元の人格は崩壊し……成功例は現在たったの二体のみ。

 そのうちの一体が、今ここにいるミカエルだという。


「ま、まさかスパイとか……!?」


「……ありえるな」


 双子の姉弟だという半獣人のジュリアとフィリアが顔を見合わせて話しているのを聞いて、ミカエルは慌てて首を振る。


「ち……違います!! 確かに僕は政府の者でしたけど……っ!

 政府のやり方は間違ってると、そう思って……ッ!」


「それで彼は、政府から逃げてきたんだそうです」


 桜散サチがミカエルをフォローして言葉を引き継いだ。

 しかしそれでも半信半疑といった表情のメンバーの視線を受けて、子どもは思わず下を向く。

 けれど、ハリアが彼の頭をぽんぽんと軽く叩いてから頷いた。


「なるほどな……。嘘を言ってるわけじゃねえみてえだが、まあ詳しい話は後だ、後。

 コイツのことはひとまず置いておくとして、本題に入るぞ」


 そこで彼は全員を見回してから、続けた。


「……軍の連中が動き出した」


「……っ!!」


 息を呑んだメンバーたちを横目に、ミライが地図を広げながら説明を始める。

 彼女はこの街と、政府軍が駐在する政令塔を結ぶ大通りをその白い指でなぞった。


「この大通りを通ってこちらに攻めてくると思われます。今回はそれを迎撃するのが目的です」


「そんで、迎撃メンバーは……」


「ちょっと待ってください」


 ハリアの声を遮って、ミカエルが前に進み出た。青い瞳に強い意思を宿して。


「この大通りの部隊は囮です。本隊はこっち……」


 小さな指が、大通りである街道ではなく、今はほとんど使われていない旧街道を指した。


「それは本当か」


「はい。ラファエルが……兄が、上層部の人間に言われてましたから。……信じてもらえないと、思いますけど……」


「……わかった。……迎撃メンバーだが、念のため大通りの方に三番隊と四番隊が行ってくれ」


 ハリアの指示に、三番隊と四番隊が立ち上がる。


「はいはーい。さくっと壊してくるよぉ」


「りょーかい」


 三番隊隊長であるエルフのヒュライと、四番隊隊長のジョーカーが、返事をしながら出撃の準備を始めた。


「旧街道の方は、オレたち一番隊と二番隊で当たるぞ」


「了解」


「ええ」


 一番隊副隊長のカルマと、二番隊隊長のミライが立ち上がる。一番隊の隊長はハリアだと、桜散がミカエルにそっと教えた。


「それと……ミカエルとか言ったな」


「は、はい」


 不意にハリアに名を呼ばれ、ミカエルは恐る恐る頷く。


「お前はオレたち一番隊について来い。いいな?」


「あ……はい!」


 有無を言わせない彼の力強い言葉に、天使は嬉しそうに返事をした。

 それを見たハリアは「よし」と返してから、全員をぐるりと見回し号令をかける。


「行くぞ!! “I'll”出撃だッ!!」



 それは、彼を翻弄する運命の始まり。

 嵐が起こる、前触れだった。



 Act.02:終

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