第4話 暗転

 ああ、どうされたの?

 どうして貴方様は泣かれているの?

 そんなに取り乱されて。


 ああ、落ち着かれて。

 どうか、どうか。

 貴方様に涙なんてダメですわ。

 その涙は真珠のように輝いておりますけれど、貴方様の麗しいお目もとには似合わない。

 わたくしをこちらにお迎え頂いた日のように、いつもの笑顔を見せて下さいな。

 その笑顔は琥珀のように暖かくていらして、貴方様のきらめく瞳に相応しい。

 わたくしはいつもの場所にいつものように控えて待っております。


 さあ、どうか。

 貴方様に嗚咽なんてダメですわ。

 その咽びは黒曜石のように鋭くいらして、貴方様の柔らかな口元には似合わない。

 わたくしがこちらに参りましてからの日々のように、いつもの美声を聞かせて下さいな。

 その美声は電気石トルマリンのように明るくていらして、貴方様の暖かなお口に相応しい。

 わたくしはいつもの場所にいつものように控えて待っております。


 ああ、お願い。

 貴方様に歔欷きょきなんてダメですわ。

 そのなげきは血玉石のように黒々としていらして、貴方様の白い鼻梁には似合わない。

 わたくしがこちらで日々香りますように、いつもの朗らかな芳香を漂わせて下さいな。

 その芳香は黄玉トパーズのように甘くていたらして、貴方様が薫らせるに相応しい。

 わたくしはいつもの場所にいつものように控えて待っております。


 どうぞ、こちらをお向きになって。

 貴方様に嘆息なんてダメですわ。

 その嘆きは藍石アクアマリンのように鋭いですけれど、貴方様の嫋やかなお口には似合わない。

 わたくしがこちらで日々味わいますように、いつもの温もりを出して下さいな。

 その温もりは瑠璃ラピスラズリのように変化し輝き、貴方様が纏うに相応しい。

 わたくしはいつもの場所にいつものように控えて待っております。


 どうか、そんなに俯かないで。

 貴方様が頽れるなんてダメですわ。

 その頽勢は碧玉ジャスパーのように頑でいらして、貴方様のしなやかなお身体には似合わない。

 わたくしがこちらで日々拝見しますように、いつもの滑らかな動きを見せて下さいな。

 その滑らかさは紅玉髄カーネリアンのように溌剌としていらして、貴方様が伴うに相応しい。

 わたくしはいつもの場所にいつものように控えて待っております。


 さあ、どうか。

 貴方様に瞋恚しんになんてダメですわ。

 そのいかりはヘマタイトのような黒い混沌で、貴方様の情熱には似合わない。

 わたくしがこちらで日々感じておりますように、いつもの輝く光を発して下さいな。

 その輝きはアレキサンドライトのように七色に変化して、貴方様を包むに相応しい。

 わたくしはいつもの場所にいつものように控えて待っております。


 どうぞ、どうぞ、こちらをお向きになって。

 そう、こちらでございます。

 貴方様がいつも私を置いておりますこちらの場所に。


 ああ、折角こちらを向いたのに、どうしてその目はガーネットのよう。

 ああ、折角こちらの声が届いたのに、どうしてその耳はくろがねのよう。

 ああ、折角こちらに向けるのに、どうしてその鼻は銑鉄のよう。

 ああ、折角こちらにお声を頂いたのに、どうしてその言葉は黒曜石のよう。

 ああ、折角こちらにいらしたのに、どうしてその手は御影石のよう。

 ああ、折角こちらと向かい合ったのに、どうしてそのお心はタングステンのよう。


 そんなのダメ。

 そんなのダメよ。


 貴方様は、情熱に燃えて粘り強い、ルビーのようなお方。

 わたくしと同じ。


 さあ、わたくしを御覧になって。

 そう、わたくしを。

 貴方様に選ばれる、貴方様の一番。


 それが、わたくしのたった一つの望み——



 そのはずですのに、どうしてそんなにも……

 ああ、どうして……

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