第68話 健星のことが心配だから
鈴音は呆れてしまうが、選挙戦を戦うためとしてやったあれこれを思い出すと、誰もが回避したくなるのも解る。ついでに、健星がそれでも立ち上がろうとしたことの凄さに気づく。
妖怪を嫌っているところがあるし、現世でのトラブルを減らしたいというのが第一の目的だったけど、健星はこの冥界のことが好きなのだ。
そうでなければ、鈴音が王に相応しいからといって、すぐに選挙から手を引くはずがない。支えて王にしようなんて思わないだろう。
ちらっと健星を見ると、これからの段取りについて真剣に議論をしている。その姿は真っ直ぐで、やっぱり誰よりも冥界を思って行動しているのがよく解った。
でも、健星は本当にそれでいいのだろうか。俺も妖怪だと言い、それでも人間の彼がずっと冥界に縛られているのは正しいのだろうか。
「死んでも無意味なんだ。またここに生まれる。いや、気づいたらこの姿に戻っている。二十歳前後の姿で再生されるんだ。なっ、俺は人間じゃないだろ?」
あの時、ふと聞いてしまった真実。にやっと笑った顔は意地悪で、でも、とても辛そうだった。
それを見てしまっているからか、鈴音は自分が王と定まった今、健星がこのまま冥界を支え続けるのが正しいのか。それが疑問になってしまった。
御前会議の後、鈴音は月読命に呼ばれて二人で話をすることになった。場所は後宮にあたる
鈴音は王としてのあり方でも教えてくれるのだろうかと、出されたお茶を飲みながら考えていたが
「ずっと健星を見ていたけど、何か心配事かな」
にこっと笑って月読命が放った言葉に思い切り咽せた。
「なっ、はっ」
確かに悩んでいたけど、恋じゃないですからね。散々からかわれているだけに鈴音は警戒したが、月読命の目元は真剣だった。
「彼の運命を知ってしまったんだね」
そしてそう続ける。鈴音は何を心配している解っているんだと気づくとほっとし、大きく頷いていた。
「健星は人間なんですよね。でも、この冥界のために何度も生まれ変わっている。そしてずっと支えている。それはなんでですか?」
月読命の真剣な眼差しを見つめ返しながら、鈴音は真っ直ぐに訊ねた。それに、月読命は答えずに
「哀れに思うのかな」
と問い返してきた。鈴音は少し遠慮したものの、こくりと頷いてしまう。
だって、とても辛そうな顔をしていたもの。あれが本心のはずだ。しかも普段は現世に冥界にと多忙を極めている。そんなの、一人で背負うべきことじゃない。
「この王位の交代が健星のためだというのは話したよね」
「あっ、はい」
そうだ、月読命も健星の状態を変えたいと願って退く決意をしたんだった。気まぐれに見せかけて、この人も健星のことを心配している。
「彼にももう少し心の余裕が必要だろうと思っていたんだ。輪廻がこの冥界で止まってしまっているのは健星が、いや、その前世の小野篁が望んだことだ。しかし、いつまでもその好意に冥界が乗っかっていていいわけじゃない。昔は今ほどトラブルが少なかったから、健星が陰陽頭たちと協力すれば対処出来るものだったけれども、もうそれも限界に来ていた」
月読命はそう言うとパンパンと手を叩いた。すると晴明がすっと部屋に入ってきた。その手には盆を持っていて、布が掛けられているが何か載っているようだった。
「これですね」
「そうそう。鈴音、君にこれを託そう」
晴明が差し出したお盆を受け取ると、そのまま月読命は鈴音の前に差し出す。
「これは」
「健星の輪廻の鍵、というべきかな」
「え?」
予想外のものに、鈴音は目を丸くしてしまう。
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