第41話 とんでもない秘密

 日本史で二官八省にかんはっしょうという言葉は習っていたが、鈴音は覚えていなかった。牛車に乗ったところで健星に確認され、二官は太政官だじょうかん神祇官じんぎかんだけなので答えられたが、八省はさっぱりだった。

「お前は高校で寝ているのか。中務なかつかさ式部しきぶ治部じぶ民部みんぶ兵部ひょうぶ刑部ぎょうぶ大蔵おおくら宮内くないの八つだ。ここでの行政は平安時代をモデルにした時のままだからな。だからほぼ、平安時代と同じ。ただし、役割が違う場合もあるし多くは形骸化している。ともかく、王を支える役職を司る中務省から挨拶に行くぞ」

 さらっと八つの省を並べ立て、健星はやれやれと溜め息を吐いてくれる。が、普通は覚えているはずがない。

「そういうところ、東大卒って感じがするわね」

 鈴音はふんと鼻を鳴らして、一緒にするなと訴えておいた。高校生とはいえ、東大を出た奴と中堅私大を目指している奴じゃあ、そもそも偏差値が違いすぎる。

「そうやってすぐに東大だ京大だと言い訳にするのはよくないぞ。そもそも、私立の日本史の方が入試問題は難しいだろうが」

 しかしすぐに健星からそんな反論が飛んでくる。くう、こいつってちゃんと受験しているんだ。って、あれ、ちょっと不思議。

「め、冥界の人なのに受験したの?」

「もちろんだ。冥界では知識が偏ってしまうからな。ちゃんと受験勉強して一般入試で入っている」

「へ、へえ」

「そもそも、俺は公務員だぞ。一応は向こうに戸籍を作ってある。まっ、でたらめだけどな」

「でしょうね」

 でたらめだろうことは解る。だって、本籍冥界なんだもん。ううん、よく考えればこの身近にいる健星が最も謎だ。

「何才なの?」

 おかげで唐突にそんな質問をしてしまった。よくよく考えれば、刑事だという情報しか知らないじゃないか。キャリア組の警部補。その情報しかない。

「唐突だな。現世では二十七」

 健星は器用に右眉だけを上げて、しかも奇妙な答え方をしてくれる。

「現世では?」

「言わなかったか。冥界生まれは寿命が違う」

 そう言ってくれるが、それって人間じゃない云々のところでちょっと出てきただけじゃない。明らかに説明不足だ。っていうか、誰か全部を纏めて教えてくれないかな。そう思っちゃう。

「寿命が違うって具体的には?」

 ともかく質問しないことには答えてくれないらしい。鈴音はむっとしたものの、そのまま突っ込んだ質問に移る。

「約千年」

「えっ?」

「千年だよ。あの狐の坊主は勘違いしている、というより、俺が勘違いさせているというのが正確だが、俺は小野篁の子孫じゃない」

「ええっと」

 なんかよく解らないことになってきたぞ。鈴音は警戒してしまう。すると健星はにやりと笑い

「俺は小野篁の生まれ変わりだ。平安時代、篁として死んだ魂は、冥界で再生された。その後、俺は何度も生まれ変わりを繰り返す存在となった」

「それって」

「死んでも無意味なんだ。またここに生まれる。いや、気づいたらこの姿に戻っている。なっ、俺は人間じゃないだろ?」

 にやっと笑った顔は意地悪で、でも、とても辛そうだった。

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