第6話 小野健星、現る

 到着した場所はまさに絵巻物の世界、寝殿造しんでんづくりと呼ばれる建物だった。

「こ、ここ」

「はい。九尾狐である母上様、紅葉もみじ様が住むお屋敷でございます」

「母上って、お母さんがここに」

「いえ、今はいらっしゃりませぬ」

 一瞬心臓がぎゅっとなった鈴音だが、今はいないと言う言葉にほっとした。しかし、ちょっと切ない気分になる。

「今はどこに?」

「退任される月読命様のお側に仕えられております。ゆえに内裏の中におられます」

「へえ」

 先ほど見えた大きな建物はやっぱり内裏なのか。鈴音はふうんと頷き、屋敷の中に入る。何もかもが教科書で見た世界だ。御簾みすがあり、几帳きちょうがあり、炭櫃すびつがありと、本当に古典の世界だ。

「こ、ここに住むの?」

「もちろんでございます」

「ええっと」

 無理でしょ。鈴音はすぐに思う。だって、現代と何もかもが違うんだもん。思わずスマホを制服のポケットから取り出して確認していた。

「あれ。ひょっとして使える?」

「ああ。このお屋敷は鈴音様のために現世に近い場所と繋がっておりますから、その便利道具は使えます」

「便利道具って。まあ、そうか。スマホって言い換えると便利道具か。ということは、屋敷の外では無理?」

「はい」

「へえ」

 少なくともここでスマホが使えるというのは大きかった。鈴音はほっとし、すぐに父にメールを送っていた。

「どうしよう。友達の家にいますってことにしておくか。ねえ、明日は学校に行けるの?」

「は、はあ。可能ではございますが、出来ればこちらに住んで頂きたいので、その」

 もごもごと言い、ユキは困った顔をしている。しかし鈴音だって困る。さっきはあの部屋が危険だと思ったから付いていくことに了承したが、永住するのは別だ。

「だってまだ、王様でも立候補者でもないし」

「いえ、立候補は済んでおります」

「なんですって?」

 立候補は済んでいる。鈴音はどういうことよと思わずユキを摘まみ上げた。

「いや、その、私は止めたんです。鈴音様のご意思を確認してからにしようと。しかし、狐を初めとして多くの妖怪は小野に反対。さっさと立候補を表明しておかないと心配だと言いまして」

「くぅ。そんなに嫌な奴なわけ。小野って人」

「それはもう」

「おい、狐。適当なこと言ってんじゃねえぞ」

 ユキが言い募ろうとするのを遮り、凛とした男性の声が屋敷に響いた。声がした方を見ると、スーツ姿のすらっとした男性がいた。顔はこれまたびっくりの美形だ。ユキとは違う、男らしさの漂う美形。

「小野健星」

「えっ、あの人が」

「初めまして、半妖の姫君。どんな子かと思えば、凡庸そうでなによりだよ」

「なっ」

 出会い頭に凡庸そうってどういうこと。鈴音は思わずユキを握り締めてしまう。

「ぐ、苦しいです」

「ああ。ごめん」

「ははっ、妖怪が縋るわけだ。いいか、俺は妖怪が起こすトラブルをなくしたいんだ。そのためにも、今まで以上に冥界の取り締まりを強化するつもりでいる。何も知らないお前が玉座に就くことは無理だ。さっさと人間界に戻り、妖怪の血を引いていることなんて忘れるんだな、混血児」

「っつ」

 容赦ない言葉の数々に、鈴音は思わず息を飲んでしまう。なんだろう、悪意の塊。そう感じてしまった。

「この、姫様を混血児呼ばわりとはいい度胸だ」

 そこにユキが怒りを爆発させ、人間姿になって健星に飛びかかる。

「ちょっ」

「狐ごときが俺に敵うと思ってるのか」

 しかし、止める間もなく、健星が懐から拳銃を出した。な、何なの。びっくりして鈴音は動けない。

 

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