第7話 なんかダメージが・・・

 スーツ姿に拳銃って、あの人ってヤクザ!?

 そうツッコミを入れたくなる健星の姿だったが、今はそれどころではない。容赦なく発砲される拳銃。でも、ユキはひらりと躱し、さらに拳を繰り出そうとする。しかし、それは健星が蹴りを繰り出してきたことで届かない。

「くっ」

 避けると同時に間合いを取ったユキが着地したのは、なんと天井付近の壁。壁に四つん這いでくっついている。

「うわあ」

「妖怪らしいな」

 あんなところにどうやってと驚く鈴音と違い、健星は馬鹿にしたように言う。しかし、客観的に見れば烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ姿の少年が壁にくっついているわけで、確かに妖怪らしい。

「妖怪かあ」

 やっぱり自分とは違う存在よね。鈴音はそう思って頷いてしまう。

「鈴音様、そいつに同意しないでください」

 が、ユキがショックを受けた顔で言うので、ごめんと鈴音は口に手を当てる。仮にも自分のために怒ってくれたのに、酷いことを言った相手に味方しちゃ駄目だ。ちらっと健星を見ると、面白くないという顔をしている。

「興が逸れた。今日のところは退散するとしよう。だが、立候補を取り下げないというのならば、俺は全力でお前らと戦うからな」

 そして拳銃を上着の下に仕舞うと、さっさと出て行ってしまった。勝手に入ってきてケンカを売ったくせに、なんていう一方的な奴。

「あの人が王様って、イメージに合わない。どちらかというと戦国武将みたいね」

 ユキがひらっと自分の横に降りてきたところで、鈴音はしみじみと言ってしまう。すると、ユキは言い得て妙ですねと同意した。

「小野篁自体が平安貴族にあるまじき人間でしたからな。その子孫となれば当然というところでしょうか」

「そうなんだ。って、小野篁ってどんな人?」

 健星の説明のところで当たり前のように言ってくれていたが、鈴音はその小野篁という人物を知らなかった。するとユキは吃驚仰天という顔をする。

「し、知りませんか。あの野狂の男を」

「野狂?」

「ええ。頭脳明晰で素晴らしい人物だったのですが、その振る舞いはあまりに傍若無人。ゆえに狂っているとまで評された男です」

「そ、そんな凄い人なの?」

「ええ、もう。そもそも、生きながらに地獄に仕えた男ですからね。総ての物事に突出しております。とはいえ、遣唐使けんとうしになりたくないと、正面切って言っちゃうバカでもありますが」

「しっかりディスるわね」

「当たり前でしょう。で、そのせいで流罪るざいになったわけですが、その時に読んだ歌が百人一首に残ってるんですよ。変人でしょ」

「ひゃ、百人一首」

 出てきたっけ。鈴音は思い出せないなあと首を捻る。駄目だ、知識が足りない。それだけは痛感した。

「ねえ、あの小野健星に口で勝つためにも、私、もうちょっと勉強するわ」

「王としての教養は必要でございましょうな。ちなみに篁の句は

  わたのはら 八十島やそしまかけて 漕ぎ出でぬと

           人には告げよ 海人あまの釣舟

 というものです」

 ユキがえっへんと得意げに教えてくれた歌は、確かに百人一首のものだった。ってこれ、流罪になった時の歌だったんだ。それが今、正月に誰もが争って取るかるたの中にあるというのも不思議な話だ。

「駄目だ。何も知らない王様なんてあり得ない。ともかく明日の古文のテストは受けさせて。というか、学校となんとか両立させて頂戴」

 鈴音は額を押えると、まずは学校レベルの勉強からだわと自分の知識がどのくらいないかを理解したのだった。

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