半妖姫は冥界の玉座を目指す

渋川宙

第1話 部屋に白いもふもふが!?

「おひいさま。お待ちしておりました」

 部屋のドアを開けたら、そう恭しく言って一礼をする白いもふもふがいた。安部鈴音は白昼夢も見ているのだろうかと、自らのほっぺたを抓ってみる。が、痛いだけだった。おっかしいなあ。期末テストのせいで寝不足だから、てっきり夢だと思ったのに。

「おひいさま、夢ではありません」

 もふもふは鈴音の行動で何を考えているのか解ったのだろう。必死に前足を動かし、現実ですと訴えてくる。が、その姿がすでに非現実だ。

「ああ。ついにテストストレスで幻覚を見ているんだ。そうに違いない。うん」

 鈴音は必死にもふもふを頭の隅へと追いやろうとする。しかし、入り口すぐにいるもふもふは消えてくれない。しかもそのもふもふ、よく見ると狐のようだった。

「狐かあ」

「はい。狐です。私、ユキと言います」

「へえ、女の子?」

「いえ、オスです」

「・・・・・・」

 どうしよう。矛盾なく会話できちゃってるんだけど。鈴音はよろっとドアに凭れてしまう。

「だ、大丈夫ですか、おひいさま」

「大丈夫じゃないって。早く消えて、幻覚よ。私はベッドで一眠りしたいの」

「あわわっ、お疲れでございましたか。それは察せずにもうしわけございませぬ。ささっ、どうぞ御座所ござしょへ」

「・・・・・・」

 白い狐が必死にベッドの前に走って行くと叫んでいる。その姿はどう見ても幻覚ではなさそう。ようやく、鈴音はそう認めるしかないのだと気づいた。

「あなた、現実に存在してるの?」

「もちろんでございますよ。おひいさま。私はあなた様を迎えに来た御前狐みさきぎつねでございますよ」

 狐のユキはえっへんと胸を張った。それに、鈴音は頭を抱えてへたり込んでしまう。幻覚じゃないだと。一体どういうことだ。まったくもって訳分かんない。

「だ、大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないわよ。結局あんたは何なの?あと、おひいさまって誰?」

「誰も何もおひいさまはただ一人、安倍鈴音様にございます」

「うっ」

 フルネームで呼ばれ、もはや逃げ道なしみたいになってくる。めっちゃ困る。ええっと、ここは私の部屋。間違いなく自分の部屋だ。ベッドに勉強机に本棚、数々のぬいぐるみ、何一つ変化していない。奇妙なのはこの狐だけ。

「あの、おひいさまってどういう意味?」

 名前を知っているのにそう呼ぶってことは、何か意味があるのか。そう思って訊ねると、狐のユキは目をまん丸にした。

「こ、これは失礼を申し上げました。鈴音様はずっとこちらでご生活なされているので、呼ばれ慣れておらぬのでしたな。おひいさまとは、お姫様のことでございます」

「ひ、姫。この私が?」

「はい。鈴音様は間違いなく九尾狐きゅうびぎつね御子みこにございます」

「はい?」

 次々起こる謎の言葉の数々に、鈴音はもう何なのと本格的に頭を抱えてしまう。そして無言で部屋を突っ切りベッドに潜り込んだ。

「あ、あの」

「寝る」

「はあ」

 本当に疲れているだけならば、寝て起きたら狐はいないはず。私が何かの子で姫だって嘘だと解るはず。そう信じて、本気で眠りに就く鈴音だった。

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