第16話 悲願達成
非常にクセの強い慎吾の一番上の兄が嵐のようにきて去っていた事件のあった週の週末。いつも通り定時に上がったけど、今日は特に予定もないし、ジムにでも行こうかと考えていると、慎吾からの着信があったことに気がつく。
「真由? このあとって何か予定ある?」
「ジムに行こうかと思ってたけど、何かあった?」
「うん、この後さ……」
ひとまずかけ直してみると、いつもよりも早く仕事が終わったので、例の婚約パーティーがあった高級レストランに行かない?と誘われた。
そういえば、今度は二人で行く約束をしてた気がする。なんだか最近色んなことがありすぎて、忘れてたけど……。
「こんなに急で、よく予約とれたね」
そのあと、慎吾と合流してレストランにきたけど、だいぶ待つかなと思っていたのに、あっさりと入れたことに驚く。
二人の職場があるビル内で仕事後でも行きやすいけど、急に今日行こうと思い立ってすぐに行けるほど気軽な場所ではないと思う。
「電話したら、たまたま今日空きが出たって言うから」
慎吾は何でもないことのように言うけど、たまたま、にしてはずいぶん良い席だ。
もしかして、前もって予約してた……?
それとも、御曹司特権なの?
宝石のような夜景がよく見える窓際の特等席。正面には、いつものように質の良さそうなスーツを着て、食前酒を口にしている慎吾が座っている。
金曜だし念のためにと、買ったばかりの春の新作きれいめワンピースを着てきて良かった。
フィレ肉のステーキだとか、何とかのムニエルとか、横文字ばかりで名前は覚えられないけど、とにかく慎吾と一緒じゃないととても味わえないような高級料理を食べ、ワインも少しだけ飲んで気分が良くなった頃。
デザートを食べていると、ネクタイを正したり、スーツのポケットのとこをゴソゴソしている慎吾がどうしても気になって、こっちまでソワソワしそうになる。なんか、今日の慎吾変なのよね。
「慎吾、絶対予約してたよね」
「……バレた?」
「黙ってた方がいいかなと思ったけど、慎吾ずっとソワソワしてるし~、気になっちゃって。何かあった? 誕生日じゃないよね? もしかして企画通った?」
照れたような、困ったような複雑な表情をしている慎吾をヨソにアレコレ予測していると、慎吾はスーツのポケットから小さな黒い箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
これってもしかして……、え、そっち……?
開けるように促されたので、そっと箱を開けると、中には大粒のダイヤモンドのついた指輪が出てきた。……やっぱりね。
プロポーズされることを待ち望んでいたけど、まだ付き合って半年も経っていなかったから、まさか今日とは思ってなかった。
その小さな箱を見た時からなんとなく予想はついてしまったけど、光輝くダイヤを見た瞬間、心臓がドクンと脈打つ。
「慎吾、これ......」
「まだ付き合って日は浅いけど、これからも真由と一緒にいたいんだ。真由さえ良ければ、ずっと」
美味しい料理、静かで雰囲気の良いレストランで夢のような時間。目の前には言葉を失うくらいの夜景が広がっている。
そして相手は、御曹司。念願のセレブ妻。
完璧だ。完璧過ぎてこわいくらいに、完璧なシチュエーション。
このプロポーズを受ければ、玉の輿に乗るという幼稚園からの夢が叶う。
でも、......。いくら嘘で塗り固めても、自分の心に嘘はつけない。
優しくて真剣な目でまっすぐに私を見つめる慎吾を見つめ返せなくて、視線を反らしてしまった。
いったいいくらするのか分からないくらいに完璧な指輪が入った箱を閉じて、すっとそれを慎吾の方へと返す。
「......慎吾、ごめんね。やっぱり私、慎吾とは結婚できない」
「......え、なんで? 前家族になりたいって言ってくれたよね? まだ早すぎた?
それともこの指輪が気に入らなかった?」
指輪は完璧。早すぎることもない。
セレブ妻になるつもりは、いつでも準備万端だ。
準備万端、のつもりでいた。
困ったように眉を下げる慎吾に、いたたまれない気持ちになりながらも、首を横に振る。
「じゃあ、......」
「.......嘘だったの」
「え?」
人を騙すよりも、自分の良心を騙す方がよっぽど難しい。
今思えば、玉の輿にのったらと脳内シミュレーションしていた時が一番楽しかったのかもしれない。
セレブ生活は捨てがたい。
お金は今も大好きだけど、優しくて私を信じてくれる慎吾の愛と信頼に負けた。
これまで全て順調にいっていたのに、最後の最後で良心の呵責に耐えきれなくなった。
最後まで騙し通すはずだったのに、私は慎吾に負けたの。
「だから、全部嘘だったの。
慎吾に近づいたのも、慎吾が御曹司だから。
結婚したかったのも、慎吾が御曹司だから。
……それだけ。そのために優しい女を演じてただけで、本当の私は拝金主義で利己的で、計算高い腹黒女なの。
私が愛してたのは慎吾のお金で、慎吾自身を愛してたわけじゃなかった。ごめんね、慎吾」
今さら謝ったところで、いくら謝っても許されないことをしてしまったのは分かっている。騙すのなら、最後まで騙し通すのが礼儀なのに、結局私は中途半端に慎吾を傷つけただけだった。
慎吾がどんな顔をしているのを見るのも怖くて、慎吾と目を合わせないように席を立つ。
「......真由!」
一度だけ慎吾は私を呼び止めたけど、後ろから聞こえてきた慎吾の声を無視して、早足でレストランを出た。
どうしてだろう。
セレブ妻になることは、幼稚園からの夢だったのに。というか、ついさっき慎吾にプロポーズされるまでは、セレブ妻になる気満々だった。
そりゃ今までも多少の良心の呵責はあったけど、まさか慎吾の、御曹司からのプロポーズを断るだなんて考えもしなかった。
どうして、なんだろうか。
ようやく悲願達成というときに、嬉しさよりも申し訳なさの方が上回った。
慎吾の目を見た瞬間に、私みたいな女は慎吾と結婚しちゃいけないって思ったの。
自分でもそれがなぜなのかよくわからなくて、明確な答えが出せないまま、ただ時間だけが過ぎていった。
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