第13話 兄の誘惑

 最低男だとは分かっていても、セレブには勝てず、結局慎吾兄に付き合うはめになってしまった。


 慎吾兄が時間を潰すために選んだ場所は、この前二番目のお兄さんの婚約パーティーがあったレストランのさらに上の階の、雰囲気の良いbar。セレブ専用ってわけじゃないだろうけど、やっぱりここも敷居が高くて、来るのは初めてだった。


 二人用のテーブル席で兄御曹司と向かい合い、相手の出方を伺っていると、慎吾兄はにっこりと不気味なくらいに優しい笑みを浮かべた。


「何でも好きなもの頼んでいいよ」


 アルコールや何か食べ物をすすめられたけど、やんわりと断ってソフトドリンクだけを注文する。


「遠慮しないでよ。一度真由さんとゆっくり話してみたかったんだ」  


 受付のところで見せた俺様な態度とは打って変わって、人当たりの良さそうな顔を見せる兄御曹司。なるほどね、こういう手口で女を落としてるわけね。


 ほんのり薄暗い照明に、ムードの良い音楽が流れる店内は、一人の人とカップルできてる人たちと半々くらいで、騒がしすぎず静かすぎずの過ごしやすい空間だった。


 場所選びも◎、外見◎、お金と地位◎、全部パーフェクトね。唯一ダメなのは性格だけど、これだけ金持ちでイケメンならそんなものは傷にもならないでしょうね。


「そうなんですか? そんな風におっしゃって頂けるなんて、光栄です~。でも、今日は慎吾さんに会いにこられたんですよね?」  


 なんとなく魂胆は読めてきたけど、気づいていないふりをして、対セレブ用媚び四割増しの対応をとっておく。


「ああ、うん、そうだったね。慎吾とはうまくいってる?」


 私の質問はあっさりと流し、逆に質問を投げかけてきた御曹司(兄)。


 うまくいっていると答えると、じゃあとまた別のことを聞いてくる。無視するわけにもいかず、誘導されるように質問に答えていると、いつのまにかさりげなくテーブルの下で手を握られていた。


「そうなんだ、慎吾もいいやつなんだけど、少し足りないところがあるでしょ?

この前も言ったけど、真由さんとはもっと早く会いたかったな。お互いフリーだったら、放っておかなかったのに」


 誘うときは断る隙を与えずに。しかし二人きりになると、強引過ぎず、あえて聞き役に徹する。情報を引き出しながらも、スマートに持っていきたい方向に持っていく。

 そして、肝心な決定打は相手の方から言わせるように仕向ける。


 これだけセレブで、イケメンで、やり方もスマートだったら、コロッといっちゃう女も多そうね。むしろ落ちない女いるのってレベル。


「そんな~本気にしちゃうからやめてくださいよ~。慎吾さんは、私にはもったいない方です。他の方は考えられません」


 あまりにも隙のない手口に内心感心しながらも、ドリンクを手に取るふりをして、さりげなく握られた手を外す。


 偽物ゆるふわ笑顔をはりつけながらも、御曹司のプライドを傷つけないようにやんわりと、けれどはっきりと拒絶した。はっきり拒絶したにも関わらず、まだ引き止めようとしてくる御曹司に、そろそろ失礼しますと席を立とうとすると待ってよと声をかけられる。


「わかった、はっきり言うよ。誘ってるんだ。慎吾よりも満足させる自信あるよ」


 いつものやり口が通じないと分かったのか、今までとは手法を変えて、ド直球できた御曹司を冷めた目で見る。


 満足させる自信......、ね。

 そんなに弟の恋人って奪いたいもの?


 お金ももらえないのに、そんなにハイリスクなことできるわけない。


「お断りします」


「え?」


 まさか断られるとは思ってなかったのか、慎吾の兄は面食らった顔をしている。どれだけ自信があるのよ。


「お断りします。十分満足させてもらってるので、結構です」


「え? 本気で? 意外とあいつって......、すごいの?」


「......」


 一体何を想像してるのか。今まで完璧にゆるふわ系に擬態できていたはずだけど、妙な言い方をしてくる兄御曹司には、思わず真顔になってしまった。

  

「私は、慎吾さんを愛してます」


 セレブなイケメン長男御曹司とのたった一夜限りの刺激と、残念三男御曹司の慎吾を比べたら、どう考えても慎吾をとるに決まってる。


 そのたった一回で、慎吾の愛とお金を失うかもしれないのに、それよりも価値ある浮気って何? それよりも価値があるのなら、考えなくもないけど、どうせ一回遊んだら捨てるんでしょ?


 一回限りの気まぐれに付き合ってられない。


「ふーん......。ま、いいや」


 兄御曹司は一瞬つまらなそうな顔をした顔をしたけれど、すぐにはりつけたような笑みを浮かべた。


「だけど、その言葉が本当だとはとても思えないんだよね。真由さんさぁ、本気で慎吾のこと好きなの?」


「どういう、意味ですか」


 その笑顔がやけに不気味に感じて、心臓の動きが急に早くなってくる。これ以上ここにいちゃいけないと私の頭の中で警鐘がなっているけれど、逃げ出すわけにもいかず、どうにか声を絞り出す。


「真由さんのこと、ちょっと調べさせてもらったよ」


「はい?」


「知らない? 身辺調査」


 身辺調査ぐらいはもちろん知ってるけど、これまで生きてきて縁のなかったことなので、その単語の意味を理解するまで少し時間がかかってしまった。私が戸惑っている間にも慎吾兄はテーブルの下のカゴに置いてあったビジネス用のカバンから、一枚の紙を取りだすと、それをテーブルの上に置く。それから探るような視線を私に向けた。


「大学の時の彼氏は、逮捕歴あり。

売れないバンドマンで、ほぼ無職同然のヒモ男とも付き合ってるね。なかなか良い男の趣味してるみたいだね?

あと、同棲してたこともあるの? それってさぁ、慎吾は知ってるの? 

同棲してた彼はまともな人みたいだけど、真由さんのタイプって慎吾とは違うんじゃない?

慎吾と付き合ったのはどうしてかな?」


 ニコニコしながら、じわじわと私を追いつめてくる兄御曹司に頭が痛くなってきた。


 百歩譲って慎吾の親が身辺調査したというなら、まだ理解できるけど、なんでこの人が?

 別に私自身に逮捕歴があるというわけでもないけど、同棲してたことは慎吾には知られたくない。


 下手なことを言うと、慎吾にバラすってこと? ……動揺したらダメ、そんなことしたら相手の思うツボだもの。


「ひとつだけ伺ってもいいですか?」


「何?」


 楽しそうにニヤついている慎吾兄に押されそうになったけど、早鐘のようになっている心臓を落ち着かせるために大きく息を吐く。


「どうしてこんなことするんですか?

弟の婚約者と浮気したり、恋人を誘惑したり……。」


 私に執着してるのは、私自身に興味があるわけじゃなくて、きっと私が慎吾の恋人だから。慎吾に何か恨みでもあるんだろうか。


 でも、後継者争いをしているわけでもないだろうし、言っちゃ悪いけどこの人と慎吾だったら圧倒的にこっちが上だから、わざわざ敵視する必要もない気がする。


 慎吾が自分から兄を怒らせるようなことをするとも思えないし……。


「どうしてだと思う?」


 だから、分からないから聞いてんでしょうが。どこまでも人をバカにした態度には腹が立ったけど、本気で理由は分からなかった。


「どうしてって……、分からないです。

慎吾のことが嫌いだから、とか……」


「不正解。真由ちゃんもまだまだだね。

逆だよ、逆」


「逆……?」


「弟を嫌いなわけないよ。彼女を奪われても、どれだけひどいことをされても許そうとしてくれる慎吾が可愛くて、ついいじめたくなるんだ」


 え、……。それって……、ヤバくない?

 どんだけ屈折してんのよ。


 にっこりと笑った慎吾の兄に、鳥肌がたちそうになってしまった。


「……悪趣味なんですね」


「人のこと言えるの? 真由ちゃんも相当クセ強いよね」


「えっと~、どういう意味でしょうか?」


 図星をつかれてギクリとしたけど、まだ核心をつかれたわけじゃない。余計なことを言ってボロを出さないようにしなきゃ。


「見てたら分かるよ。俺は真由ちゃんみたいな子好きだよ。普通の子じゃつまんないし。

だけど、慎吾はどうだろうね?」


 全部バレてるんだろうか。

 私が拝金主義な腹黒女だということも、金目当てで慎吾に近づいたことも。


 決してはっきりそうだとは言わないけど、余裕たっぷりな彼の態度にそうだと言ってるようにしか見えなくて、どんどん頭が痛くなってくる。

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