第11話 お姫様と魔女は紙一重
乗り心地の良い高級車、質が良くて虚栄心を満たしてくれるブランドもの、良い食材ばかりを作った一流シェフの高級料理。別になくても困らないけど、正直に言うと大好き。
軽自動車に、安い量販店の服、カップラーメンファーストフード。嫌いじゃないけど、まあなくても生きていけると思う。
なんなら、高級なものと取り替えても差し支えない。差し支えないというか、積極的にお願いしたい。
だけど、ラーメンは、これだけは、なくなったら困る。
土曜の深夜、思いっきり庶民の食べ物であるラーメンを豪快にすすりながら、生中を飲み干す。
アパートから少し離れたところにある、小さなラーメン屋。もう二年も通っているお気に入りの店なのだけど、にんにくがたっぷり入っているから、予定のない休みの日の前日しかこれないところが難点だった。
難点でもあるけど、そこがまたこの店を気に入っている一番の理由でもある。
とんこつラーメン、みそラーメン、台湾ラーメン、担々麺......。どれが一番か決められないくらいに全部大好き。
にんにくたっぷりの辛いラーメンなんて、至高の食べ物。
「とんこつラーメンと餃子、それから生中ひとつ」
ん? この声は......。にんにくたっぷりのラーメンを味わいながら食べていると、隣の席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ちなみにこの店は小さいので、テーブル席なんてものはなく、カウンター席しかない。その隣の席から聞こえてきた声に、そちらの方を見ると、やはり予想通りの人物だった。
「土曜の夜に、さみしく一人ラーメン?
まさか、もう九条慎吾と別れたの?」
「おあいにくさま、慎吾とは順調です。
今日もセレブデートを楽しんだところよ。
慎吾はラーメンが好きじゃないの」
私に気づいて声をかけてきた元カレの大輔にそう返すと、再びラーメンに箸をつける。
慎吾の前では、ラーメンって体に悪そうだし太りそうだし、私もあんまりかな~。同じ太っちゃうならスイーツが好きかも。なんて女子力高そうなこと言ってるけど、本当は私は、大のラーメン好き。
体に悪いものほどおいしいのよ!
甘いものも好きだけど、ラーメンと生中の黄金コンビには勝てない。ラーメンを食べた分は、ジムで運動して取り戻せば問題なし。
御曹司やセレブならともかく、元カレに気をつかう必要は全くない。豪快に音を立てて食べさせてもらうことにする。
「そんなやついるんだ」
そりゃいるでしょうよ。信じられないといった様子の大輔とは、同棲中はよく一緒にラーメンを食べにいっていた。
そして別れてからも、お互いまだこの店に通っている。別れた当初はバッタリ会う度に気まずい思いをしたものだけど、今ではお互いごく普通に会話をしてるし、付き合っていたことが嘘みたい。
「そっちこそ、週末に一緒に過ごす女もいないわけ?」
「今は仕事も忙しいし、一人が気楽だから」
「ふうん。まあ、どうでもいいけど」
セレブ男性がフリーなら食いつきたいところけど、元カレがフリーと分かっても、私にとっては関係のないこと。
「お前な、聞いといてそれはないだろ……。
そういえば、お前の彼氏のあいつ、九条だけど。最近変わったよ」
注文したラーメンと餃子がくると、大輔は早速食べ始めたけれど、思い出したようにそう切り出した。
「どういう風に?」
「前よりも積極的に動くようになったし、ほとんどミスもしなくなったし、なんつーか余裕が出てきた? 女性陣の反応も変わってきたんだよ。九条のこといいかもって言ってる子もいてさ、信じられないよな?」
「そう、なんだ。でも変わったんじゃなくて、私もみんなも気がついてなかっただけで、慎吾は十分に出来る人間だし、男として魅力的よ」
職場での慎吾を見ることはないから分からないけど、大輔の話を聞く限りでは良い傾向だ。でも、慎吾狙いの女が出てきてるなら、私もうかうかしていられないわね。結婚に向けて、作戦を練らないと。
ラーメンを食べながらそんなことを考えていると、大輔が不審そうな顔で私を見ているのに気がつく。
「なに?」
「いや、真由がそんなこと言うなんて意外だと思って。結局あいつに惚れてるんだ。
残念だとか狙い目だとかさんざんこき下ろしてたのに、付き合い始めて情がうつった?」
好きか嫌いかで言えば、好きの部類に入ると思う。人も良いし優しいし、顔も悪くない。
こういうのは、情がうつったって言うんだろうか。......まあキスもベッドも共にしている仲だ。それなりにわいててもおかしくない。
しかしなんと言っても、一番は、慎吾には御曹司という何物にも変えがたい素晴らしい特典つき。
財力権力御曹司さま。そんなものには屈しない!という人も当然いるだろうけど、私は喜んで屈する。
拝金主義? 金に魂を売ってる?
何と言われても構わない。
実際どんなきれいごとを言ったとして、お金がなくて困ることはあっても、たくさんあって困らないことは事実でしょう。
「慎吾には、最初から惚れてるわよ」
少し考えてから、私はそう答えた。
「はあ?」
「お金で人の心は買えないけど、大抵のものは買える。大抵のものを持っている人間を、人は好きになったっておかしくない。
つまり結果として、お金で人の心も買えることになるし、だから私は、"何でも買える人間"の慎吾を愛してるの」
「いっそ清々しいまでのクズだな。知ってたけど」
「正直者だと言ってほしいわ。私は現実的で合理的な女なの」
心底あきれたように、だけどちょっと笑いながらそう言った大輔に、私もにっこりと笑う。そして、少し冷めたスープに口をつけ、生中のお代わりと餃子を頼んでから、持論を展開する。
「人間なんて昔からそんなもんよ。あの有名なシンデレラだって、財力のない男だったらプロポーズを受けなかったし、白雪姫はキスしたのが王子じゃなかったら、きっと目が覚めても寝たふりをしてたわね」
「いやいや」
「たかが一回ダンスを踊っただけで、何が分かるって言うの? 白雪姫に至っては、いきなりキスしてくる変質者でしょ? 惚れる要素どこにあんのよ? 何に惚れたかって、財力に決まってんでしょうが。
金のある男は女が放っておかないし、そして男は美人が好き。王子だって、シンデレラが美人じゃなかったら、わざわざガラスの靴を拾わなかったし、白雪姫にもキスしなかった」
そもそも王子が王子じゃなかったら、シンデレラが美人じゃなかったら、物語が始まってさえいない。逆の立場で、オバサンどころかオバアチャンくらいの年の女社長に若くてイケメンの愛人がいる、なんてのもよく聞く話。
つまり、時代やところ問わず、金のある人間には、シンデレラや私みたいなハイエナのような女や男がたかる、というわけ。
一気にしゃべって乾いたのどを潤すために、水を飲み干す。
土曜の深夜にラーメンを食べながら、ゲストーク。こんな私の姿は、当然慎吾には見せられない。
「......じゃあ、まあ、そういうことでいいけど。それで上手くいって結婚したとしても、若い愛人に走って捨てられたりしたら終わりじゃない?
今は九条も真由に惚れてるかもしれないけど、金持ちのオッサンが浮気したり愛人作ったりなんて、それこそよくある話だろ」
「不倫も愛人もばっちこいよ」
「......は? いいの?」
当たり前でしょ?
そもそも少々の浮気でガタガタ言うようなら、ハナから御曹司なんて狙ってない。
「慎吾が浮気したとしても、バレないようにやってくれるなら何も問題はないし、もし気づいたとしても、慎吾が私にそれ以上のもの(お金)を与えてくれるなら、私は目をつぶる。
若い愛人に走るなら、それで結構。ただ当然、慰謝料はがっつり請求させてもらうわよ?
出し渋るようなら、法定争いも辞さない考えよ。そのために私は裁判で不利にならないように貞淑な妻を演じるし、慎吾に尽くすつもり」
「お前って、本当に金に魂売ってんな」
慎吾が浮気しても、私が浮気することは絶対にない。
もちろん男は良くて女はダメ、なんて、そんなバカげた理由じゃなくて、もし泥沼化して裁判に持ち込まれた場合に、がっつり慰謝料を請求するため。
仮に私が浮気したとしたら、慎吾に非があったとしても裁判に不利になるどころか、最悪両成敗で慰謝料がもらえないかもしれない。
そんなことになったら、私は一時の感情で浮気したバカな自分を永遠に責め続けるだろう。ああ、あの時浮気しなければ、今頃がっつり慰謝料もらえたのに……ってね。
よくしゃべったせいか、ラーメンを食べたせいか、本当に喉がよくかわく。セルフでついだ水を再び一気に飲み干す。
「当たり前でしょ?
男は私を裏切るけど、お金は私を裏切らない。だから私はお金が好きなのよ」
ちょうど私たち以外は客足が途絶えた深夜の店の中。私たちの会話に全く入ってこないどころか、眉ひとつ動かさない店主が妙にシュールだ。
今まで真顔だった大輔だけど、ついにこらえきれないといった様子で吹き出す。
「真由ってなんでいつもキャラ作ってるの?
普段からこのままでいけばいいのに」
「どこの誰が、計算高くてお金目当てな腹黒拝金主義女と結婚したいっていうのよ? どうせ男はみんな純粋で可愛い女が好きなんでしょ?」
「そうか? 俺は面白いと思うけど。真由といると飽きないし」
いきなりとんでもないことを言い出した大輔を即否定しても、なぜか穏やかな笑みを向けてくるやつには毒気を抜かれる。
けど、面白い、ではダメ。私は飲み会の盛り上げ役、いいお友だちなんて望んでない。
付き合いたい、結婚したい、じゃないと。
「そのままの私じゃダメだから、キャラ作ってるの。27歳のここまでノープロポーズよ?
私の本性を知れば、男はみんな離れていく。
大輔だって、そうだったでしょ」
「......別れようって言ってきたの、真由じゃなかった?」
「そうだった?」
急に静かになった大輔に、当時のことを思い返してみる。たしかに、別れようと言い出したのは、私の方だったかもしれない。
でも、お互い様だったはずだ。
同棲してた時期は、大輔も仕事がちょうど忙しくなり始めた頃で、私も仕事をしていたし、お互い余裕がなくて、どうでもいいことでけんかが多くなって……。そして、上手くいかなくなった。
「お前の金好きは分からんでもないけど、疲れない? 彼氏の前でもいつも猫かぶってて。
結婚してからも続けるつもりなの?
俺だったら、想像しただけでゾッとする」
大げさにぶるぶると身を震わせてきた大輔に、今後一生猫をかぶり続けることを想像してみる。
今でさえ時々素が出そうになって焦るし、疲れるといえば疲れる。
だけど、私は慎吾を手離したくない。
優しくて、意外と男気もあって、何より御曹司よ?
人柄もお金も全部引っくるめて、私は慎吾とこれからも一緒にいたいの。離れていってほしくない。
慎吾も、私の本性を知れば、きっと離れていく。そうはなってほしくない。
それなら、このまま本性を隠し続けるしか選択肢はない。
そもそも人間なんて、多かれ少なかれ、みんなキャラ作って生きてるんじゃないの?
「それでセレブ妻になれるなら、何も苦にならない。慎吾は私に夢を見てるの。
上手に騙してあげるのが、最低限の礼儀ってものよ」
「そういうもんか?」
そうよ、そういうものなの。
御曹司の慎吾がほしい私と、偽ゆるふわ系の私が好きな慎吾。
このまま私が猫をかぶりつづければ、利害関係が一致した私たちは二人ともハッピー。
プリンセスに化けた魔女も最後まで正体を明かさなければ、王子にとっては魔女がプリンセスになる。
王子も幸せ、魔女も幸せ。
みんな幸せなら、それでいいじゃない。
それの何がいけないの?
それに、最初から王子狙いのプリンセスだって、魔女とそう大して変わらないでしょ?
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