第19話


 シスターの話を要約するとこうだ。


 今から約40年前。シスター・サラティナ伯爵令嬢とベンガルド伯爵家の料理人見習いの少年、オリバーは恋に落ちる。

 家族には猛反対され…ることはなかった。ベンガルド家は、貴族には少数派の恋愛結婚至上主義だったので。

 既に跡取りの長男も他の娘達も恋愛結婚してるので、サラティナも好いた相手と一緒にしてやりたかった。

 相手が平民であるのは気にはなるが、2人が相思相愛なのは屋敷中全ての人が知っていた。



 だ・が!反対されると思い込んでいたサラティナは、オリバーの「落ち着こう、一旦落ち着こう?旦那様と奥様にちゃんと報告してから…」という言葉をまるっと無視。なんとまあ駆け落ちしてしまった。オリバーを引き摺って。


 伯爵家は大パニック!でもなかった。

 オリバーは、こまめに現状を伯爵家に報告していた。

「シュタンの街に着きました」「食堂を開く予定です」「赤ちゃんが産まれます!」「息子達が食堂を手伝ってくれるので、大分ラクになりました。」「サラは、孤児院を併設している教会でシスターになるそうです」等々。





「それでねえ、私達の居場所がバレてるなんて、息子が生まれた時に知ったのよ~。急に現れて、「孫は何処だ?」なーんて、ねえ。

 お父様達、実はこっそり食べに来てたんですって!確かに「あのお客さんお父様に似てるわ」なんて思ったりしてたけど、まさか本人とは思わないじゃない?

 伯爵のくせに、庶民の食堂に来ちゃって、もーねえ。それで今は普通に実家と手紙のやりとりとかしてるから、相談してみるわよ?」


「お願いしますっ!!」



 シスターの過去にびっくりしてる場合じゃないわ。千載一遇のチャンス!


「はい。アシュリィだけでいいのかしら?」


「オレも行く。」


「アシュレイ…?」


 リリーもびっくりしているが、私も相当驚いている。アシュレイはまだここに来て日が浅いので、他の皆ほどリリーに懐いていない。

 まあそれなりに好意は抱いているようだが…そんな、自分の人生を賭けるほどとは思ってなかったよ!?




「アシュリィ、アシュレイ。よく考えてね?もしも侯爵家のお屋敷で働かせていただけることになったら…もうここには帰って来れません。

 貴方達はまだ8歳です。14歳まではここでお手伝いをしながら、楽しく暮らす事も出来るんです。その生活を捨てる、という事ですよ?」


「「はい。」」


「2人とも…なんでそこまで私の…。」



 リリーは…いや。彼女は悪役令嬢リリーナラリスじゃない。ゲームの登場人物じゃない。今ここで生きている、苦しんでいる女の子だ。

 そして、私の友達で主人、リリー様だ!




「リリー様!あなたが嫌だと言っても私はあなたに付いて行きますからね!

 侯爵も夫人もご兄弟も全員ぶっ飛ばす…のはダメだから、トロくん以外の使用人ども全員ぶん殴る!!

 殺人タックラーの異名を持つ私を敵に回した事、後悔させてやるわあっ!!」


「…バレないようにね。アシュレイ、あなたは?」


「オレは…まあ正直リリー様の事はよく知りませんね。でも目の前で苦しんでる人がいたら、出来る範囲で助けになりたいっつーか…。

 その…アシュリィを1人で行かせられねえですし…。」


「「ほーん?」」


「な、なんだよ…!」


「「別にぃ?」」


「あらあら?」



 ニヤニヤしてるリリー様にトロくん。あとニコニコのシスター。今の話、そんなに面白いとこあったかね?

 しっかしアシュレイ、なんてお姉さん思いの子なんだ…!姉(自称)の私を1人にできないから付き合ってくれるって…!

 前に警備隊のおっちゃんが言っていた、性根は悪いやつじゃないって。ほんまやでえ…!


 そのまま伝えたら、全員ずっこけた。なんでよ?









 それから手紙を送ってもらい、返事を待つ事数日。その間リリー様は教会に来ていない。子供達も寂しがっていたが、道中危険だから仕方ない。

 トロくんも護衛を続けたいと侯爵に訴えたらしいが、あまり言うとクビにされそうな流れだったらしい。なので庭師として、リリー様についていてもらう事にした。

 トロくん本人は業務の合間や、お休みの日に教会に来てくれる。なので手紙をリリー様に渡してもらっている。互いに現状報告ばっかだが。






「アシュリィ、伯爵家から手紙来たわよ。」



 来たっ!!なになに…。



「なんて書いてあるんだ?」


「アシュレイ、字の勉強サボってんね…?もう。

 えーと。お願い聞いてくれるって!あまり時間をかけられないこっちの希望通り、1ヶ月で全部叩き込んでくれるってさ。

 そんで合格貰えたら侯爵家に推薦状書いてくれるって!」


「おお!よく分からんがやったな!」


 そこは分かっときなさいよ。だがここまでお膳立てしてもらった以上、結果を出せないってのは許されない。いや、私が許せん!!

 リリー様への手紙を書き、トロくんが来たら渡してもらう。そして私達は荷造りをし、翌日。教会の皆に見送ってもらい、馬車で1日のベンガルド領へと旅立つのであった。













「トロ、ご機嫌よう。」


「ああお嬢様。またいらしたんですね。」


「ええ。もう私の憩いの場はここだけですもの…。」



 リリーナラリスは勉強等がない時は、トロのいる庭に入り浸るようになった。大体四阿で本を読みながらのんびりしてるだけなのだが、使用人達からは逢引だわなんて言われている。

 だが本人達がまるで気にしていないのだが。周囲は蔑んでいるつもりなのだろう。



「はいお嬢様、アシュリィちゃんからの手紙です。」


「ありがとう。…あら!まあまあ。」


「なんて書いてあったんです?」


「ふふ。それがね…。」











拝啓、リリーナラリス様


聞いてください!ベンガルド伯爵家で侍女教育させてもらえる事になりました。


アシュレイは執事と思ったけど、ひとまず護衛も兼ねた従者を目指します。その後従僕、執事とランクアップさせます!!


と思ってたんですけど。ベンガルド伯爵によると、女性でも執事になれるそうですよ!?知ってました!?私は初めて知りました。ただ数は少なく、この国にはまだいないそうです。


私はこの国初の女執事になりますよ!!ついでにアシュレイも。ダブルアシュ執事がリリー様をお守りしますからね!!


なのでこの手紙を書いた翌日より1ヶ月、私達はベンガルド領に向かいます。この手紙がリリー様の手に渡る頃には、もう教育は始まってるかもしれませんね。


必ず紹介状をもぎ取り、リリー様の元へと参ります。次に会う時はお嬢様、ですね!

アシュリィとアシュレイの成長に、乞うご期待!です!


負けないで!リリー様。待っていてくださいね。




アシュリィ







「ふふ。1ヶ月後の楽しみができましたわ。」

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