第四章 初めてのキス

 1 初キスの味

 その日は案外早くやってきた。夏休みもあと1週間という日に、真斗からラインのメッセージが届き、明後日に彼の家に行く事を約束した。前の日には、明日は何を着ていこうか、何を持っていこうかとそわそわしていた。

 今日も朝から日差しが強く暑くなりそうだ。白の前ボタンのワンピースを着ていたが、汗で透けるのではないかと気になる。駅に着くと真斗が笑顔で待っていた。駅から歩いて10分くらいで真斗の家に着いた。玄関を開けて中に入り、「お邪魔します」と靴を脱いでいると、

「いらっしゃい。」と奥から妹の麻実ちゃんが出てきた。

「えーと、お兄ちゃんの同級生の桐野愛海さん。」と真斗がかしこまって言うので、照れ笑いしながら、「こんにちは、麻実ちゃんよろしくね。」と返した。すると、

「お兄ちゃん、今日は茜ちゃん来ないの?」と言うので、私は気を遣って、

「ねえ、真斗君、茜の家は近いんでしょ。呼ぼうか。」と言ってみた。

「隣の隣が茜の家だけど、今日は家族と旅行に行っているみたい。」と真斗は慌てていた。私も呼ぶ気もないのに、ちょっと意地悪な気分になっていた。

 居間のソファーに腰掛けて麻実ちゃんと話していると、真斗が麦茶を持ってきてくれた。

「そろそろ勉強しようか。俺の部屋は狭いし、ここだとやりにくいから、食卓でいいかな。」食卓に移動して、最初は向かい合わせで教えたり教わったりしていたが、いつか隣り合わせになっていた。私の問題集は大分進んでいたが、真斗の問題集はまだ半分くらい残っていた。

 お昼は、ソーメンが用意されていて3人で仲良く食べた。食後は麻実ちゃんも一緒に、居間でゲームをしてくつろいだ。脚が伸ばせなくてしびれそうになってきたのと、真斗と二人になりたいと思い、

「ねえ、真斗君の部屋は2階なの?ちょっと行って見てみたいな。」と私から誘い掛けた。「いいよ。」と言う真斗に付いて2階に上がった。


 男の子の部屋に入るのは、高校生になって初めてでどきどきしていた。壁にはアイドルグループの特大ポスターが貼ってあり、カラーボックスにはコミック本が並んでいた。壁際にはベッド、窓際には勉強机があった。

「暑いからエアコン入れるね。座る所がないから、ベッドに腰掛けて。」とうながされて腰掛けていると、真斗は部屋のドアを閉めて少し間を置いて座った。

「CDでも掛けようか。この前愛海がカラオケで歌っていたアルバムがあるよ。」CDをセットして、今度は私のすぐ右隣に腰掛けてきた。音が大きいなと思って、落ち着かないまま辺りを見回していると、カラーボックスの一番下にアルバムらしい物を見つけた。

「ねえ、あれアルバムでしょ。真斗の写真見たいな。」とお願いすると、真斗は何か言いながら渋々とアルバムを取りに行った。

 真斗の赤ちゃんの頃の写真は、今からは想像できない可愛らしさで、思わず微笑ほほえんでいた。ページをめくっていくと、幼稚園の入園式の写真に女の子と手をつないだ写真があった。

「真斗、この子は誰?妹さんじゃないしね。」

「あーそれは茜だよ。」と照れながら答えた。さらに、真斗と茜が真っ裸でプールに入っている写真を見ていると、真斗はあわてて手で隠した。

「茜と仲いいんだね。」小さい頃とはいえ、何となくけてくる。二冊目のアルバムは小学校、次は中学校と見ていくと、必ず茜が登場してくる。それも、仲良く写っているので、二人の幼馴染としての間柄を垣間見かいまみた気がした。

 アルバムを見終わると、真斗が私の手を握ってきた。

「下に麻実ちゃんがいるよ。」と私はためらいながら言うと、

「大丈夫。麻実はゲームに夢中になると、周りの音が聞こえなくなるから。」と言いながら、左手を私の肩にまわして引き寄せた。

しばらくの間、私は肩を抱かれたまま身動きできずにいると、

「愛海、こっち向いて。」と言われるままに顔をぎこちなく向けると、真斗の顔が目の前にあった。近いよと思う間もなく、いきなり顔が近づいてきて、真斗の唇が私の唇に当たった。まさに当たったというのに相応ふさわしい初めてのキスだった。私はびっくりして真斗の目を見ていると、二度目のキス。言葉もなく顔を近付けて、今度はそっと小鳥が餌をついばむような優しいキスをしてきた。

今になって胸の鼓動が速くなってきた。拒もうと思えば、顔をそむけるだけでもいいし、黙って押しのける事もできた。しかし、私は目を閉じて、唇の重ねられる感触をしっかりと確かめていた。私は真斗とのキスを求めていたのだと思った。CDの音楽が止んでいる事にも気が付かず、長い時間そうしていたように感じたが、キスをしていたのはそれほど長くはなかった。唇が離れると、真斗は私の肩を抱いて耳元でささやいた。

「愛海のこと、どんどん好きになっていくよ。」

「私も好きだよ、真斗。これからも、もっと仲良くしようね。」意味深な言葉になったかなと思ったが、そのままやり過ごした。

「おれ、キス初めてでドキドキした。愛海のファーストキスの感想は?」真斗は、肩に置いた指を動かしながらいてきた。私はちょっと間を置いて言った。

「女の子に、何でそんな事訊くの。言える訳ないじゃない。」本当は、さっき飲んだ甘いジュースの味がしたけど、恥ずかしくてとても言い出せなかった。代わりに、私から真斗に軽いキスを返した。

「お兄ちゃん、そろそろお母さんが帰ってくるよ。」と階下から麻実ちゃんが叫んでいる声が聞こえて、二人とも我に返った。

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