2 きっかけ

 南陽台なんようだい高校吹奏楽部の春合宿は、例年3月に河口湖で行われる。男子18名、女子25名を乗せたバスは中央高速を走っていた。私と茜はバスの中ほどに座り、周りの景色など目に入らないくらい話に夢中になっていた。茜が、

「愛海って男の子と付き合ったことある?」と唐突に聞いてきた。

「何でそんなこと聞くの?茜が誰かを好きになったとか。」私は茜の反応を確かめながら、逆に質問してみた。

「実はさ、ある人から交際を申し込まれているんだけど…」茜の声は小さい。

「えー!誰、誰?私の知っている人?」

「うん、この中にいるよ。」茜の顔を見ると、視線がさまよっている。その視線の先を見ると、そこには吹奏楽部の部長倉橋英之ひでゆきの姿があった。

「まさか部長?倉橋先輩?」

「しっ、声が大きいよ、愛海。実はそうなんだ。この間、部活が終わって帰り際に告白された。愛海、どう思う?」茜はいつになく恥ずかしそうに、顔をほんのり赤くしていた。

「えー、いいじゃん。倉橋先輩、かっこいいし、茜とお似合いだよ。」

 バスは山梨県に入り、周りは山の景色に変わっていた。

「ところで、さっきの話だけど、愛海はどうなの、男子とは。」と話を戻された。

「うーん、これといってなかったかも。」私は少し考えながら答えた。

「何だかはっきりしないけど、まあいいや。実はさあ愛海、同じクラスの工藤真斗っているじゃない?」

「うん、茜の幼友達でしょ。テニス部だよね。工藤君がどうしたの?」工藤君が何だろう、私は頭をフル回転させて考えた。はたと気が付いて、

「あー!分かった。工藤君からも告白されたの?」と言った。

「違うよ、早とちりなんだから愛海は。」

「じゃあ何なの?」 

「落ち着いて聞いてね。先輩から告白された後、学校の帰り道で真ちゃんと一緒になって、話を聞いてもらったの。」茜は下を向いたまま、続けた。

「真ちゃんは、良かったね。付き合いなよ、お似合いだし、と言ってくれたの。」

「あーそうなんだ。茜は工藤君のことが好きなのね?」

「ううん、ただの幼馴染だけど。時々相談相手になってくれて、何でも話せる仲なの。」茜は顔を上げて、私をきっと見つめて言った。

「話はそこからなんだけど…真ちゃんがね、愛海と付き合いたいんだって。」私はまさかの展開に驚いた。また頭の中がクルクル回転し出した。

「どう思う?真ちゃんのこと。」

「うーん、あんまり意識したことはないけど…。」

「でね、愛海が真ちゃんと付き合うなら、私も倉橋先輩と付き合おうかなと思っているの。」何だかよく分からない論理で、茜にはめられた感がする。

「真ちゃんは、さっきも言ったけど、相談に乗ってくれたり、話を聞いてくれたり、案外頼りになるよ。彼氏になれば、愛海のことを大切にすると思う。」茜の説得には抗しがたいものがあった。

 バスは高速道路を降りて、河口湖が眼前に見えていた。高校2年生は1回しかない。男の子と話すのは苦手で避けてきたけど、高校時代の思い出にもなるし、工藤君となら付き合ってみようかなと思っていた。


 

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