第5話 巡視艇乗りと仲間

 半年が過ぎ寒い季節がやって来た。








 マークの班にいる例の4人組らの嫌がらせは続いていた。




 訓練内容は次第に実践へ基づいた内容に変わって行き、こう寒くなってくると、泳ぐ事や潜る事などの水に入る訓練がとてもつらかった。




 しかし鬼教官が叫ぶ。




「よし、今日は100メートルを25本だ。息継ぎは決まったところだけだ、他ではやるな」




 ライル、パーカーは鬼教官のもと、寒さも吹き飛ぶくらいの訓練に励んでいてそれはマークも同じだった。だがマークは訓練の時に班の奴に息継ぎを出来ないように水面に上がらないように4人組に嫌がらせをうけるが、それにも耐えていた。






 一方ライルとパーカーの班はというと? 




「パーカー、なかなか苦しいな」




「本当だよ、僕は潜るのが苦手だ」




 パーカーは最近実践の訓練になってから皆からのペースが遅れ気味になっていた。




ライルもまた元々体力不足だったのでパーカーの力不足の加減にはあまり気にとめなかった。




 次の日はロープの結び方の訓練、練習は全部で30パターンの括り方を覚える。  これは昔から帆船の帆を張るときに必要な勉強だがこれからの船舶授業でもある。ライルはこれも得意で結び方もすぐに覚え、パーカーもこの練習は体を使わなく楽しそうにやっていた。




 その夜パーカーが最近になって訓練に体がついて行けなくてイヤだと弱音をはくようになっていた。




「なあライル、明日の訓練は何かなぁ?」




「明日はたぶん帆を張るためのマストに見立てた棟に上る訓練だったろ?」




「そっかー、いやだなー」




 パーカーが自信をなくしてきた。




「そうだな、かなりきつそうだもんな。でもまあ明日なってやってみないと分からないよ。明日も早いから寝るぞパーカー」




「うん、おやすみ」










 翌朝訓練が始まった。ライルの言う通り棟に上る訓練が待っていた。しかも昨日くくったロープを担いで登るのだ。




 パーカーはかなりの棟の高さにため息をついた。目の前の棟を改めてみるとけっこう迫力がありライルもそう思っていた。




 周りを見ると既に他の班が教官の号令もと、もう登り始めていた。


隣の班ではマークが登っているのに気づいた。




マークはここに来てからかなり体力も筋力も付いてきていてこの棟を登るのも早かった。




「パーカー見てみろよ、マークの姿はもう立派な船乗りだよ」




 パーカーはマークの姿を恨めしそうに見ていた。




 教官がライル達の班を見に来た。




「何やっているんだ、早く登れ、始めはロープ無しで梯子を登るんだ、さあ誰から登るか?」




「はい、僕から行きます」




 ライルの班のピートが潔く登りだした。




 ピートは運動神経がとてもよかったが弟のヒートはあまり良くない。ピートのあとヒートが登った。




「これは、なかなかしんどいな、苦しい」




 苦しみ登るヒートが弱音を吐いている。ピートはただそれをじっと見守っている。




「ライル、僕今日の訓練は見学するよ」




 急にパーカーが挫けた。




「何言っているんだ一度やって見ろよ、以外と軽く登れそうじゃないか」




 ライルがパーカーを急かす。




「じゃ、やってみるよ」




 パーカーが勇気を出して棟を登る。




 いつもパーカーは今までの訓練内容を難なくこなしていて、あまり弱音を吐くことが無かったが、最近はなんとなく弱気になって来ていて今日は特にやる気が出ていなかった。




「よしライル、僕は登るよ」




 パーカーはゆっくり棟を登り始めた。そして梯子状の鉄筋に手をかけ、足をのせ、ゆっくり登り始めた。




「いいぞパーカー、その調子」




 パーカーは高所恐怖症ではないが自分の体が地面から離れて高くなるにつれ息を切らせてきた。それでも止まる事無く一番上を目指して登った。そして上の旗に手を着く頃パーカーの意識が薄れていった。




 下からライルが叫ぶ。




「やったよなパーカー、後は降りるだけだぞ」




しかしその声をパーカーは聞こえていなかった。




「やばい、落ちちゃう」




 パーカーがつぶやく。




 気を失うとここで落ちる。パーカーは意識を取り戻すように頭を横に振り、ゆっくり確実に一段一段と棟の梯子を降りていく。




「よし、今度は俺の番だ」




 ライルが梯子を上る。




 途中迄登ったライルはパーカーを見ていたせいかつられて息苦しくなってきてフラフラしてきた。気のせいか上は酸素が薄いような気がするが決してそんなことない。




 難なく降りて来たライルに教官が言う




「よし、その調子で今度はライルから順にロープを持って上がれ」




「はいっ、はあ、はあ」




 息を切らしながらライルが返事し、ロープを担いだ。




「結構重いな、実際もこのくらいのロープを担がなければならないのか」




 ライルは今度、ゆっくり登っていく。




 梯子を掴んで登っていくのにロープを担いでいる方の腕が重くて梯子を掴む力がいる。


 ロープの担いでいるかたまりがあるため梯子の足をかける所が見えていない。




「苦しい、このロープは訓練用だろ、だいたい何でこんな訓練をしてるんだ?」




 ライルは文句を言いながらもいじをだして棟を登って見せた。そして疲れきる前に一気に降りた。






「おおっ」






 下にいる訓練員らの声がどよめいた。




「なかなかやるな、おまえの友よ」




 マークの班の嫌な奴らがマークにボソッと呟いた。




 次にパーカーの番が来た。重量があるロープを担いで登る訓練はとても辛そうに思える。




 パーカーが先ずロープを肩に担ぐ、もう息が上がってきていてさっき登った分疲れが出てきていた。


 そして一歩一歩上がっていく、しかし少し上がった所でパーカーの足は止まった。




「どうしたパーカー」




 パーカーが息を切らしながら喋る




「だいじょうぶ、はあ、はあ」




 他の訓練員が見ている。




「あいつ大丈夫か」




 教官も手を出すことなくパーカーが登るのを見ている。




 パーカーが登るのを中断しているので、心配で皆注目していた。するとその時梯子を持っているパーカーの手が離れた。


 パーカーはロープを担いだまま気を失って地面に落ちた。






「おい、大丈夫かパーカー」




 ライルが急いでパーカーに駆け寄った。




 登っていた高さがまだ低い位置だった事と万が一の為に下が砂であるため大怪我はまぬがれた。


 すぐになれた様子で教官が冷静に救急を呼ぶ。




「緊急搬送だ! 準備しろ。おまえたちは訓練を続けろ、気合い入れて登れ」




 マークは違う班からパーカーを心配そうに見ていた。




「さっきの言葉は取り消しだな」




マークの班の嫌な奴らが言った。










 訓練はひと段落しライルとマークはパーカーのいる医務室に来ていた。




「大丈夫か? 心配したぞ」




「うん、もう大丈夫だよ、あの時はなんだか息苦しくなってきて、それから呼吸をしているつもりだけど酸素不足みたいになって、必死に登っていと前が真っ暗になったんだ、それから覚えていない」


「そうなんだ、だいぶ疲れが溜まっていたのだろうな」




「多分あいつらの仕業じゃないかな、俺の班の奴だよ。パーカーを見て笑ってたからね」




 マークが顔を歪ませてうたがった。




「そうかもな、しかしあいつらは何の為にここまでやるんだか分からない、でもなにをパーカーにしたんだろうか?」




 ライルも同じように思った。




「二人とも、僕はなにもされていないよ心配しないでくれ、ただ体力が保たなかっただけだよ」




 ライルとマークは疑いの目で顔を見合わせる。




 そこに看護士が入ってきた。




「さっ、パーカー君一応検査してみようか、立てるかな」




 何の検査だろうか、パーカーは別の医務室に呼ばれゆっくり歩いた、歩いていく後ろ姿が寂しく見えた、そのまま部屋の扉が閉められた。




 仕方なくライルとマークは医務室を出て訓練場に戻った。




 既に午後の訓練は始まっていたが、事情を分かっている教官はライル達に何も言わなかった。


 その後ろでマークの方に手を置いて例の4人組の奴らが言う。




「パーカー君の慰め会は終わったかい?」




 マークが手を掴んで払った。




「おまえら、パーカーに何をした!」




「なんだなんだ、おまえ達の力量不足を人のせいにしているわけ? だからお前たちは駄目だって言ってるだろうが」




「なんだって!」




「おい、やめんか!」




 教官が叫ぶと、周りも緊迫した空気に変わった。




 ライルとマーク達は怒りが治まらないままこの日の訓練は終わった。












 次の日ライル達は教官に呼ばれた。




 昨日の事で呼び出されたのは分かっているが何を言われるのかがとても不安だった。




 ライルとマークが応接室に入る。




「二人ともここへ座りなさい」




 教官に言われてライルとマークが恐る恐る椅子に座る。




「パーカー君の事で君たちに言っておきたいことがある」




「大丈夫ですよ、パーカーの体力不足は訓練を重ねていくうちに……」




「違うんだライル、そうではないのだ」




「おれの班のやつらのせいですか?」




「マークそれも違う。先に言っておくがおまえ達はあの4人が何か仕掛けをしてこんな事になったといい、その事に仕返ししようとでも思っているのか?」




「いいえ、そんな事ではないですが」




 二人は否定したが、本心はその通りだった。




「いいかよく聞け。パーカーは病気だ」




「パーカーが病気? 信じられない」








 ライルとマークは凍り付いた。




「昨日本校で駐在医がパーカーに問診検査を行うと心音が不自然と言うことだったので港の船員病院で精密に検査を行った。結果、パーカーは内蔵の一部である心臓に元々から疾患があったんだ」




「それはどういうことですか?」




「率直に言うと、船には乗れないと言うことだ」




 マークは頭をかかえ、ライルは膝をついてうなだれた。




教官が膝を下ろして、ライルとマークの目線を合わせて言う。




「ライル、そしてマーク。この事はいい方向に考えるのは難しいだろうがパーカーがもしこのまま船乗りになって海へ出てしまうと海上は病院もないし、船が沈み海へ落ちると泳いでも息がもたない体だ。それが今分かっただけでも運が良かったのだ。二人ともこれから人生はいろんな事があり、それに耐えて行くのだ。そしてメンバーの中に憎む奴があったとしても、やられたらやり返すという事の考えを捨てそれらより上を目指し奴らを見返す気持ちでがんばるのだ」






 二人は鬼教官の言葉が心に初めて響いた。










 パーカーは訓練中に気を失ったあとすぐに医務室に運ばれたが、様子がおかしくそのまま島の船員病院で精密検査などを受けると、心臓に疾患が元々からある事を知り、ある程度の治療を終えた後自宅に戻っていた。




 ある日訓練場の教官がパーカーの家を訪ねてきた。




「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」




 教官が家の玄関を叩くとパーカーの母親が出てきた。




「はい、どうされましたか?」




「私はパーカー氏の訓練場にいた時の教官をしていたチョサーと言う者です、今日はパーカー氏にお話があって参りました、この度は大変で心配されたでしょうね、これをどうぞ」




 教官は菓子折りを母親に渡した。




「あら、先生にこんなもの頂いて貰うなんて恐縮しますわ、パーカーは小さい頃から体が弱いのは元々あったのですよ」




「そうなのですか、それでパーカー君の様子はどうですか?」




「もう今は大丈夫ですよ、普段の生活に支障はないと病院の先生がおっしゃってましたので元気にしていますよ。ただ……」




「やっぱり船乗りになりたかったのですね」




「落ち込んでいる所をみるとそうだなと思います、玄関では何ですから中へどうぞ」




 そういうとパーカーの母親は家の奥へ教官を案内した。そしてパーカーが奥の部屋から出てきた。




「教官! どうしたんですかこんな所にまで来て」




「おお、元気そうだな、もう体はいいのか?」




「はい、今は状態が良いみたいです、何かあったのですか?」




「いや、君には話をしたい事があったものだから来たんだ」




「そうですか、わざわざ有り難う御座います、その話とは何ですか?」




「パーカー君はもう船には乗れないと言う事を聞いているだろうが他にも船に携わる仕事は好きなのだろ?」




「はい、好きです。やっぱり船に乗ることは夢でした、しかし諦める他ないです」




「うん、そうだろうが他にも考え方を変えると、陸にいながらにして船の仕事をする所は沢山ある。例えば管制塔の中で仕事をする管制官だ。コンプリトルの港に毎日出入りする船の往来を指揮する大切な役目を果たしていてとてもやりがいのある仕事だ」




「はあ、それはとてもすごい仕事ですが僕には敷居が高すぎます」




「そんな事ないさパーカー君、これからの君の努力次第で先はどうにでもなるよ」




「努力ですか、そういっても具体的に分かりません」






「単純に言うと勉強だよ。船に関する勉強でいろんな資格を持っていればいるほど有利になる。管制官と言っても入って来た船をそれぞれの場所に入るように指示するだけではなく、よその大きな船が入って来るとこの狭い港に入るのに船長達は港の地形を知らないので接岸するのが困難になる時がある、その場合コンプリトルの者がその大きな船を港に入る前の段階で船長と交代し接岸まで導かなければならないのだ。簡単ではない仕事だ」






「そんな事もしていたんですか、すごいですね。そうすると勉強の量もものすごく多いですね」




「ああそうだ、君の苦手な勉強だよ。そして外国船も多く入って来るこの島には言語の勉強もしないといけないのだ」




「すみません教官。そんなすごい仕事、やっぱり僕には無理みたいです」




「パーカー、お前が今こういう状態になってしまったのは残念だが逆を考えるといい機会だ、勉強して上へはい上がって行くチャンスの時だよ。パーカーは少し臆病な所もあるが真面目で責任感が強い、後は今のうちに勉強して自分を出して行くべきだよ」




「は、はい。そうでしょうか。でも何からすればいいものかも分かりません」




「勉強する書籍類は俺が少しずつ訓練場から借りて来る、分からない事が出てきた時は自分で訓練場の先生達を訪ねればいいよ」




「はい、わかりました、しかし教官、どうして僕の事をここまで言ってくれるのですか?」




「俺からすると訓練場へ入ってきた生徒は皆自分の子供のようにかわいいのだよ、だからその分心配も出てくる。パーカーがこのような事態になったのを何事もないように放ってはおけないと思っているだけだよ」




「教官! ありがとうございます。僕がんばってみます」




「よし、それでこそ我が受け持った生徒の言葉だ」




 この時の教官は以前の鬼教官の形相は出さず父親のような存在にも思えた。










 季節は本格的に冬に入った。




 ライル達は気持ちを入れ替えて訓練に励み、教官もまたパーカーの事を何事も無くいつもと変わらないようにしている。




「よし、だいぶ上達してきたな」




 今日の訓練は太いロープを登っていく訓練、それが出来ると両端の棟に張った一本のロープを渡っていくのだ。そのロープの下にはプールがあり失敗するとそのプールへ落ちるようになっている。


「今日の訓練もなかなか難しいな、でもがんばるしかないか」




 ライルが苦し紛れに言ったが最近は今までよりも前向きになっていた。








 一方マークの班はと言うと。




 奴らがまたマークに話しかけていた。




「なあマーク、この間の仲間はどうなったんだ?」




「おまえ達に教える事じゃないだろ」




 マークは避けるような気持ちで奴らに言い、訓練課題のロープを登り次ぎにプールの上のロープをわたった。




 ライル方は既に渡り終えて今度は同じ班のピートが渡っていた、するとピートの手が滑ってプールに落ちた。




「あっ!」




 ライルとピートの弟ヒートが心配そうに見ていた。すかさず教官が叫ぶ。




「おいピート、上がってもう一回やれ」




 教官は既にいつもの鬼教官に戻っていた。




 ロープを渡るときに線にそって前に進むのだが、一度バランスを崩すと中刷りになり、逆さまの体制で残りの長さを渡りきるのは困難になる。




 ライルは周りを見ると訓練員は皆一生懸命にがんばっている事に気づき、皆苦しさに耐え夢を目差す姿を見ていると、自分が中途半端でやっていることに悩み葛藤を覚える。










 ライル達は訓練を終え、班ごとに部屋に戻った。




 部屋にはげた箱の横にある今まで空だった本棚の中に一冊の本が置いてあった。


 ライルはそれを手に取る。




「(海賊船の航海日誌記録)なんだろうこの本は聞いたことない題名だ」




 中身を一部開くとそこには荒れ狂う海原を海賊船がのりきって行く文章が書かれている。




「海賊船は航行中に自分達がどの場所にいるのか分からなくなった。今は太陽も星も出ていない。海賊船と言っても3人ぐらいしか乗れない小さな船だ。」




 ライルは少しの時間その本を読んでいたら後ろから声がした。




「さわるなよ、俺が借りているんだからな」




 ライルと同じ班のジェスが横から顔を出す。




「そうだったのか、ごめん。この本おもしろそうだったから」




 ジェスはライルの手から本を取り戻し言う。




「本当にこの本がおもしろいと思うのか? おまえ変わっているよな」




「いや本当言うとおもしろいと言うより興味深いと言った方が正しいかな。しかしどうしてこんな本を読んでいるの?」




「お前には関係ないだろうが、まあ、ちょっと知りたい事があってな」




「ふーん、ジェスは勉強家だなぁ、まあ俺も興味あるけどね」




 ジェスは急に沈黙したままライルの目をみたままだ。




「何、俺何か言ったか?」




 ジェスは一度瞬きして言った。






「ライル、俺と一緒に調べてみないか?」






 ライルはジェスの真剣な目の偽りのない眼差しに圧倒されて返した。




「わ、わかった。ジェスの言うその何かを一緒に調べてみよう」




 ジェスは納得したようにもう一度ライルへその本を渡した。




 そこにピートとヒートが部屋に入ってきた。




「今日はなかなか堪えたな、この先もっと苦しい訓練になって行くんだろうな」




「そうだな、でもやっていければ次第に慣れていけるさ」




 もうこの部屋はパーカーがいないので4人の班だった。




「なあライル、俺達兄弟で思っていて、ライルは始め体つきも小さくて力も弱そうに見えていたけど最近は根性が変わったように何でもこなしていくよな」




「いいや、そうでもないよ。訓練に最近慣れて来たのは実感出来るが興味があまり無いのは変わっていないよ」




 マークの部屋ではマークと他4人といた。ここの班は5人いるとも思えないくらい静かだった。




「マーク、明日は巡視艇に乗っての実戦訓練だ、船酔いしそうなら沖に出る前に言ってくれよな、俺達が困るからな」






 笑いながら4人は言った。




「俺は船酔いしねーよ」




 おもしろく無いように答えるがマークは明日の巡視艇訓練は楽しみにしていた。




 その夜全館消灯したあとライルはジェスの調べたい事が何なのか気になってなかなか眠れなかった。










 寒い日が続き天気もはっきりしない毎日。




 今日は教官の顔つきが違っていた。




「本日は日頃の甘ったれた訓練と違い、本物の船に乗り実際に海原へ出る。気合いを入れていけ」




 教官の他に5人の先生も一緒で実際の船に乗る訓練だけあって、他の訓練員の気持ちもいつもと違い引き締まっていた。




「今日は曇りだが十分に船を出せる天候だ、波も高く少しの雨も降られるかも知れないが実際の航行も同じだ。訓練として十分に成り立つだろう」




 ライルはやっぱり気持ちがのらなかったがマークはやる気満々だった。




 皆港へ移動して岸壁の陸に整列していた。そこは客船が停泊していた岸壁とは離れていて巡視艇や護衛船などの専用の場所だった。




「なあマーク、この型式の巡視艇を初めて見るな」




「そうだなライル、見た事無いな。かなり旧型みたいだけど訓連用専用船なのか?」




「そうかも知れない、もしかすると沈むかもしれないな」




 ライルは苦笑いしてマークを見ていた。




「おいそこ、静かにせんか! 注意事項を言うのだ、しっかり聞いておけ。因みにこの船は現役に使っている船だ」




 教官はいつにもまして緊張した空気を保っていた。




「本船は一度海へ出るとすぐには戻れない、乗船し恐怖心にのみ込まれる者はすぐに下船しろ、他の乗員にまで恐怖心が移ってしまう。そしてここでは皆協力しあいそれぞれの役割をこなして行かなければならない、それでこそこの船を動かすことが出来る、気合い入れて乗るのだ」




 奴らが余裕を見せながらマークに言う




「なんだか大げさだなマーク、おまえなら怖くないだろうからな」




「なんてことないさ」




「よし、あとからお前と勝負するぞ、タイミングを狙って行くから覚えとけ」




「おおう、何の勝負か知らないが望むところだ」




 訓練員は一人残らず旧型巡視艇に乗り込む。




 すかさず教官が指示を出す。




「よしライル、お前はピートとヒート三人でボイラー室へ言って石炭をくべろ」




 ライルは以前にポブじいさんの船で石炭をくべた事を思い出し要領は分かっていると思った。




 「マークの班は帆を張るロープの準備をしろ」




 教官の指示は石炭を移動させる者、また船首と棟の上で展望し航路を確認するものを次々と決めた。頭脳班は操縦室でコンパスを確認し航行する道筋を決める担当についていた。




 巡視艇は皆のテキパキした行動により順調に沖へ出た。そのころライル達は必死に石炭をくべていた。それは以前の小型船と違い石炭をすくうスコップの先も大きくてとても重いし、何より大変なのは外が寒いはずなのにボイラー室がとても熱く汗が吹き出ている。




ライル達は喉も渇き今すぐにでも外へ出たい気持ちでいるがこの作業をやめてしまうと、今動き出したばかりの船が止まってしまうのでこのまま辛抱するしかなかった。




 マークの班はロープを担いで帆を張る為のマストに上る準備をしていた、これはパーカーの倒れた時の訓練と全く同じだった。船は順調に進んでいく。










 ボイラーも安定して船から岸辺が見えない距離まで来て、訓練員達は甲板に整列していた。海の上は寒いが少し太陽が出て来ていたので日があたると暖かい。




「船の計器類の説明に入るが巡視艇といえども大砲なども装備してある、この機会にやりかたを覚えておくことだ」




 教官が大型客船の時と同じように装備類の説明をした。殺人兵器も軽く説明に入るとライルは少し嫌気をさした。




「皆ここで食事に入れ。本来は自分達で班を決め食事を作らなければならないが本日は先生殿が用意して下さる。良くかみしめて頂け!」




 先生の中には食事専門のベテラン先生もいて今日のメニューはとてもおいしそうだった。テーブルに着き食事開始の号令のあとすぐにライル達は今日の飯を口に運んだ。






「旨い!」






 訓練員の皆がそう思った。食事を作る人が上手なのか海の上で食べているのを実感しているのか、若しくは朝からの作業がとてもきつかったからかは分からないが、旨いことは間違いない。




 皆は勢い良く食べた。




 片づけは自分達でする、ライルはマークにさっき気になった事を問う。




「なあマーク、さっきの大砲みたか? あんなもの使う時がくるのかなあ」




「あれは何だか不気味だったな。それにあの大砲は使った跡があったよな」




「おれは嫌いだな、音も大きいだろうし」




「そうだな、でも逆に好きな奴もいるよ」




 マークは奴らが大砲を妙に興味を持っていたのをライルに伝えた。




「陰険だな」




 もう食事も終わり、片づけも済んでいる時間ではあったが、まだ訓練の開始時間が来ていないにも関わらず、5人の訓練先生たちが船の上を慌ただしく走り回っていた。そして教官が俺達の所へ来ると、自分たちにまた指示を出した。




「皆、ここでそのまま聞いてくれ。本船上空の天候が悪くなって来ている、簡潔に言うと北西の方から低気圧が接近していて大きくは無いが用心の為今から港へ戻る」




 出航するときに担当したボイラーの係は今度ライル達ではなく、今まで航路を担当していた頭脳班の担当と交代した。




教官いわく今までの経験からして頭脳班系は、想定外のリスクが生じた時にはパニックに陥りやすく、事に対しての対処が出来ない事態を起こすとの事だったので、外の状況があえて見えない所に配置された。もちろん操縦席と船首の監視役は先生達に変わる。




 ライル達はマーク達の班と協力して張ってある帆を急いで下ろさなければならなかった。この作業は班の人数が多そうに見えるが、思ったよりも重労働であるし風が強くなる前に急いで終わらせなければならないので、ある程度のまとまった人数が必要だった。




「うわっ!」




 ライル達が急いで甲板へ出ると外は既に雨が降っていて風もあった。




 ライルの班、マークの班。別々の所に分かれてそれぞれが帆の回収にあたる。教官は焦らず急げと言う。




 この船のマストは2棟ありそれぞれが二つに分かれてロープを巻いていくがロープが雨に濡れていてとても重く堅い。だがみんなの力で帆は少しずつ上がってきた。




 雨と風はかなり強くなって来ていた。教官は別に移動して船首の先にある斜めに張った帆を一人で収納していたが船が波に揺れていて思ったようには作業が捗らない。




 マーク達がロープで帆を上げて閉じようとしているとメインマストともう一つのサブマストのロープがそれぞれ帆自体風に持って行かれて上の方で引っかかってしまった。




「くそーっ!」




 棟の上を見てマークがライルに叫ぶ。




「誰がマストの上に上るか?」




 皆は一時沈黙した。




 船は帆を完全に上げてないせいで横に振られていた。




「俺が行くよ」




 ピートが名乗りをあげた。




「後ろの方は弟のヒートだ。ロープをしっかり支えていてくれ」




「やるなおまえら」




 他の訓練員が見守る中ピートとヒートはマストを上っていった。しかし棟は高く船は揺れ続けていて二人はなかなか上がって行けない。




 ライルは教官を呼びに行ったが船首の方では、雨と風が強くなって来たためにまだ帆を格納出来ずにいた。




「このままでは船はすぐに転覆してしまう」




 するとこんな時にマークの班の奴が言い出した。




「マーク、今が良いときだ勝負するぞ」




 マークは船が揺れ、波と雨で濡れながら奴らの顔をじっとみていた。




「なにをやるんだ?」




 班の4人の嫌な奴らはこの状況に恐怖心すら見せない顔でいた。




「今半分まで巻いて引っかかっているロープを俺達が掴み、逆に帆を戻すと風の勢いで帆が開きロープが俺達をマストのてっぺん迄引っ張られる、それでそのロープを切り収納用ロープを握って反対側に体ごと落下する事で、一瞬にして帆を閉じる事が出来る、危険だがいい方法だろ?」




 ライルが答える。




「そうか、その体の重みで帆は閉じて後は今上っているピートとヒートが帆をくくる事が出来ればいいのか。しかし失敗すると甲板に叩きつけられるか、海へ投げ出されて死ぬぞ」




「マーク怖いのか? 今は丁度教官がいないし、いいタイミングだ。棟もメインマストとサブマストと二本あるからハンディをやるため俺がメインマストに上る。先に帆を閉じた方の勝ちだ」




 早速二人ともロープを握り気合いを入れた。すかさずライルが用心の為に安全ベルトのロープを別にマークの体に括った。




「ふん、俺はそんなのはいらないな。よーし、ウインチを解放しろ!」




 奴らの一人がそういって勝負は始まり、ロックを解除したと同時に二人は空へもっていかれた。マークは必死にロープを掴んでいき、二人ともそれぞれのマストの先端に立った。




 船が揺れるとマストの先端は振り落とされそうになるぐらい揺れるし、風もとてつもなく強くぶつかってくる。マークはマストの先端に捕まっているものの、体が安定しなくまたライルが括った命綱が邪魔でそのロープを切る作業がなかなか出来ない。それとは反対に奴はマークの行動を伺いながらロープの切断作業をこなし、無事終わって高いメインマストの方からマークを見下ろしていた。




「よし、これから飛ぶぞ」




奴はすんなり飛び降りた、それと同時にメインマストの帆は閉じていった。




「おおっ」






下にいるものから歓声が上がる。




 すると遅れてからまもなくマークも飛び降りる事が出き、サブの帆も閉じていった。


あとはこのままピートとヒートがそれぞれ帆を括るだけだったが、マーク達がロープを離すと帆が戻ってしまうため、それまではマークも奴も中刷りのままだ。




 ここで完了の合図をピートとヒートそれぞれが出した。




 その時だった、高波のせいで船が大きく横揺れしてマークと奴は大きく振られ、その勢いで握ったロープが手から離れてしまった。そして二人とも海へ落ちた。




「しまった!」




 ライルが叫んだ。




 そこに船首の帆の格納を終えた教官が走ってきて海を覗いている訓練員たちを見て言った。




「おまえたちどうした!」




「教官! 訓練員2人が海へ落ちました」




「しまった。よし、俺が飛び込もう」




 その時ライルが教官を押さえるように言った。




「待って下さい、あそこにマークがいますがマークはロープで引っ張りあげられます、もう一人の所を見て下さい」




 マークは波に流されながらも船の方にでは無く奴の近くの方へ泳いでいてもうすぐ手が届こうとしていた。




「もうすぐだ」




 訓練員達が見守っている。




 教官は息をのんだ。




 マークが波にのまれながらも奴に手を伸ばすがとどかない。




「おい、おまえ俺につかまれ! 俺の体のロープはギリギリなんだ」




 流されていく奴にはマークの手はとどかない。




「くそーっ」




 するとマークはそのロープを切った。




「お前いいのか、それで、もう回収できないだろ」




 奴はマークの顔を見てゆっくり手を掴んだ




「俺は大丈夫だ、お前はこんな所で流されては駄目だろ」




 マークは落ち着いた様子で奴らに言った。




 そのあとすぐに救難信号を出し続けていた本船に気づいて駆けつけていた別の大きな船も合流しその船が網をなげ、マークら2人を引き上げる事に成功した。




「やったぞー」




 ライルが拳を突き上げた。










 救助された船に引き上げられた二人が、寒そうに震える中奴がマークに言った。




「今まで悪かったな。」




「俺もお前の事疑っていたよ、パーカーは病気では無くお前達がやったんだと」




「はっはっは、いいよ、別になれているから。今更だが自己紹介するよ、俺の名前はロージーだ」




 マークはロージーの方へ顔を向けて言った。




「そうなんだ、お前の名前を初めて聞いたぜ」




「そうだろうな、教官は俺達の名前を呼んだ事は無いからな」




「お前達4人は何でも出来てエリートだから何も教える事は無いんだろうよ」




「俺達がエリートだって? 笑うよな。上流の船員に知り合いがいるってだけだよ。」




「それでも決められた道を作ってもらえるんだろ」




「そうかもしれないがここでは俺達は煙たがられていて教官にもあまり構ってはもらえない立場さ、それに比べるとマーク達は違う。それだけ見込みがあるからだろうよ」










 二人の後ろには救急の駆けつけてくれた船の乗員達が、毛布をかけてくれるとその中の一人がマークとロージーに話しかけてきた。




「君らはかなり、無茶をしたものだ、今助かっているから良かったけど」




 マークが申し訳なさそうに答える。




「すみません。急な嵐だったので」




 ロージーがマークをかばうように話す。




「違うんです。俺が勝負を仕掛けて、こんな結果になったのです」




「君たち、ちょっと聞いてくれるか?」




 その船の乗員が言った。




 よく見るとその人は室内訓練中に講師として来てくれていた現役乗員の一人であり、マークに文句を言ってきた先輩だった。だが、あの時のような嫌な人では無かった。




「あっはい!」




 その先輩はいきなり制服を脱ぎだし、シャツまで脱ぎ出した。




「二人ともこれを見てくれ。背中だ」




 ロージーが先輩の背中に目をやると、そこに深い傷跡があり、マークもそれをまじまじと見た。




「その傷、どうしたのですか」




 先輩は傷を見せるとすぐにシャツを着てしまった。




「この傷は、ナイフに刺された時のものだ。正確に言うと、料理に使うときの包丁だった」




「包丁? 痛そうだ!」




 マークがゾクゾクした。




「俺もまだ若い頃に無茶をしたものだ。丁度君たちと同じ年頃だったかな。護衛艦に配属になったので俺は仲間と張り切っていた。そして勤務の時に海賊船が現れて、この島の領域に侵入したので護衛艦は処理にあたった」




「海賊船ですか? 本当にいるのですね」




 マークはまたゾクゾク来た。






「海賊はしぶといぞ、野蛮で汚くて、それでいて粘り強く、また野生のカンを備えている。怖いもの知らずの俺達は上官の言う事も聞かずその海賊船に乗り込み、海賊を捕らえた。海賊は飛び道具を持っていなかったし、船の大きさも小さくて人数も少なかったのもあって海賊を全員確保する事が出来た。しかし海賊船の船内にまだ1人残っていたのだった。俺達はそれに気づかずに護衛艦に戻ろうとしていたところに、その海賊が投げた包丁が俺の背中に刺さった。それから意識は薄れ、幾月も昏睡状態が続いた。やがて運良く俺の意識は戻り体力も回復した。」






「もう少しで死ぬ所だったのですね」




 ロージーが感心した。




「だから分かっただろ、自分の命は大切なのだよ。しかしマーク! ロージーを助けてくれてありがとう」




 マークは戸惑ったが流れに任せて返事した。




 訓練員は無事に実践巡視艇訓練を終えた。

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