ねじまき天使計画

五三六P・二四三・渡

病みたる時計塔の庭

 国の中心には、視界を左右に分断するような巨大な塔があった。

 工場から淡々と排出される黒煙や、街を覆い隠すようにかかっている霧のせいで鮮明には見えない。しかし朧気ながら存在感は強く、人々は常に塔の視線を感じながら歩いている。そのせいあってか、皆俯きがちだ。

 数か月に一度、霧の薄い日があり、住民は塔の形の一部を思い出す。

 直径が塔の側面の端から端までのものから、人の頭ほどののものまで、大小さまざまな時計が、不格好なバランスでかつ一定間隔を開けて並んでいる。霧の濃さによっては、白くて丸いそれがうっすらとぼやけて眼球のようにも見える。

 天を貫いているその塔は、晴れた日であれば国中のどこからでも見えるが、人々は塔から目をそらす。それでも偶に憑かれたように塔を眺めている人もいた。その瞳にはたいてい罪悪感と恐怖が写っている。

 他国から来た無知な旅人は、部屋の窓がらじっと塔を見つめている女性を見て尋ねた。彼女の眼もとには黒子があった。

「あの人はいつから塔を眺めているのですか」

 聞かれた男は俯きながら答えた。

「二十年ほど前から。ずっとあのままだ」

 旅人は初めはからかわれているのだと思った。しかしそのような様子はない。

「治らないんですか」

「時計塔病になったら治らない。餓死するか、家族がそのまま養うか、事故で死ぬか、楽にしてやるかだ」


 男はほかにもこの国のことを教えてくれた。

 西に行くといい。丘の上には夜だけ現れる美しい人がいる。

 その正体は時計塔病にかった吸血鬼で、日が昇ると灰になり日が沈むと復活して姿を現す。力が強大故何をやっても死なず、誰もがその毎日灰になり続けるサイクルを止めてやることができないのだ。

 東の森に行くといい。人の形にも似た木々の群れが一方向を見ている。

 その正体は病に侵されたドリアードの森だ。二種類の木の精霊たちはかつて日の光を求め争っていたが、突然皆が時計塔に目が釘付けにになったことにより、戦争は止まった。

 北の病院のことを調べるには少し骨がいる。時計塔病にかかった患者がしきつめられているという。それぐらいならまだいい例で、四肢を切断して箱に入れられて並べられている場所もあるという噂もある。「いい子にしないと北の病院に連れられちゃうよ」という子を叱るための方便だという話もある。

 塔の国に人が住んでいる理由は様々だ。

 塔を崇めるため。

 塔を憎むため。

 単純に自暴自棄になって、病に冒されたいため。

 あとは罪人。狂人。死人。

 他国は時計塔の国をゴミ捨て場だと思っている。

 国の王は何千年前から続くこの国の問題に解決策を講じては、失敗を繰り返す周期と、見て見ぬふりをする周期を繰り返していた。

 今は解決策を講じる周期だ。

 王は言った。

「天使を天に返せ」

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