蛇足・外伝『神々の事情』(※舞台裏の暴露)

女神の世界創生

1.女神の憂鬱

 すべてが真っ白な天界。

 その一角で、一柱の女神が大きな溜息をついていた。


 『紡ぎの局』第三房所属の二級神、プリーベ。

 彼女は自ら物語を作り、それを箱庭として創生し、天界の神々を楽しませるという役目を担っていた。

 『紡ぎの局』とは、そうした『世界創生』の力を与えられた神々が集まる部署である。


 『紡ぎの局』に所属する二級神による『世界創生』はあくまでサンプルであり、いわゆる“仮初めの世界”。

 各房から持ち寄り、神々の前で披露することになっている。その出来によっては、一級神への昇格の道が開ける。

 その時が、刻々と迫っていた。


「はぁ……完全に、停滞。絶不調だな」


 天井も壁も床もすべて真っ白な八角柱の空間。女神プリーベの工房。

 両手を回してやっと届くぐらいの大きさの円柱の台座。その上に大きな透明な球が載せられた、まるでスノードームのような形の『器』。

 プリーベの周りにはそれが五つほど、無造作に転がっている。美しい青い器や中で火花が散っている器、どす黒く濁っている器など。


 その中で作られた世界では、数多の民が平和に暮らしていたり、あるいは戦っていたりしていた。

 しかしこれらはすべて失敗作……いわゆるエタった世界。プリーベが途中で投げ出してしまい、中では作られた人間たちが好き勝手に暴れている。


 その内の一つが、急にパーンと破裂し砕け散った。細かい破片が散らばって辺りに散乱し、中からもわっと黒い煙が立ち上る。

 どうやら中の者が、自らの世界を滅ぼしてしまったようだ。


「……ああ、惑星の存亡をかけた宇宙戦争モノだったか、確か」


 まぁ滅ぶのも無理は無いな、とさほど興味も持たず、プリーベは再び自分の手元を見た。

 そこにあるのは、空っぽの無色透明の『器』。新しい世界を創りたいと思ってはいるのだが、どうしても世界が紡げない。

 こうしている間にも、期限はどんどん迫っている。そろそろ創り始めなければ、神々への披露に到底間に合わない。


「ハーイ、プリーベ姉さま。お仕事は進んでるー?」


 そこへひょいっと顔を出したのは、同じ『紡ぎの局』第三房に所属する三級神・スラァ。プリーベの妹だった。


「見たら分かるだろう」

「あらぁ、真っさら」


 スラァがプリーベの手元の『器』を見、続けて床に散らばった黒い欠片を見て溜息をつく。

 ほい、ほい、ほい、ととりあえずその欠片を片付けたスラァは、再びプリーベの方を振り返った。


「ねぇねぇ、良い手があるわよ」

「どんな種だ?」


 『紡ぎの局』の三級神の仕事は、一級神や二級神の『世界創生』の手伝いのみであり、自ら世界を作ることはできない。

 手伝いとは『世界創生』のネタ出し、情報集め、生命の創造の補助、創られた世界の管理など多岐に渡る。


 そして、一級神と二級神の違いは自分が作った世界への関与の度合い。

 二級神は最初に物語の骨組を作り、いざ話を動かし始めたらその世界に関与することを著しく制限されるが、一級神は自由に何度でもその世界を修正できるのだ。

 とは言っても、一級神は数えるほどしかおらず、また世界を作り上げるためにかなりの時間をかけるため、その『世界創生』は単なる娯楽の域を越えてしまっているのだが。


 世界の修正には天界のエネルギーを大きく使う為、まだ未熟な部分がある二級神には許可されていないのである。どうしても必要な場合は、局の長たる一級神に申請をし、その力を恵んでもらわなければならない。

 直すぐらいなら壊せ、ということである。


「種じゃなくて、手段。あのね……ここ!」


 そう言ってスラァが大きな鏡を取り出す。神々が気まぐれに地上に降りたり情報収集するために、いろいろな時間軸のいろいろな世界を覗き見するためのものだ。

 言うなれば、数多の世界へのどこでも窓。


 スラァの鏡に映し出されていたのは、白や灰色の四角い物体がたくさん並んでいる中ににょっきりと生えた銀色の塔。そばにはゆっくりと大きな川が流れ、小さい生き物が忙しなく歩きまわり、楕円形のものが道路を動き回っている、ひどくゴミゴミとした光景。


「これは、地球か。太古の昔、今は零級となった方々が数多加わって作られた、飛び抜けて大きな世界だな」

「そうそう。もう色んなものが自生しちゃって、ほぼ野放しになってて管理もガバガバの」

「スラァ、言葉に気を付けろ」


 プリーベがジロリと睨むと、スラァがおどけた表情でペロリと舌を出す。

 まったく、と口の中で呟いたものの、プリーベは

「で、地球がどうした」

とスラァに話の続きを促した。


「今ね、この日本って場所ではね、空前の創作ブームらしいのよ」

「は?」


 鏡の映像が切り替わり、ある室内が映し出された。人の背の2倍はある棚に並べられた本、マンガ。そのような棚が向こうも見えないぐらい並べられた、これまたゴミゴミとした風景。

 そして傍らに映っているのはネットの画面。いろいろなサイトが同時に映し出されており、作品数70万、投稿数50万、などと記載されている。


「それは昔からだろう?」

「そうなんだけど、誰もが自由に創作して発表できるようになったの。素人が書いたものでもバンバン公に出たりするワケ。その分、供給過多気味ではあるけどね。上手くいかなければ次ー、はい、次ーって感じで……まぁ言葉は悪いけど、使い捨てみたいな感じね」


 スラァが「放置された姉さまの箱庭みたいね」と余計な一言を付け加える。


「あとは、ゲームね。こっちも凄いわよー。世界が全部繋がってるから流通度合いも凄いみたい。寿命は短いけど、」

「だから、これらがどうしたというのだ」


 プリーベがイライラした様子でスラァの言葉を遮ると、スラァはえっへん、と得意気に胸をそらした。


「だからぁ。この中から『世界創生』のネタに使えそうな作品を探したらいいんじゃないかと思うんだけど」

「……はぁ?」


 スラァの提案はこういうものだった。


 三級神からネタを提供してもらうのも、異世界からネタを提供してもらうのも変わらないのではないか。

 だったら、この世界で流行しているものを調べて、その世界を創生すればいい。

 文字で書かれた小説でも良いが、どうせならマンガのように絵で表現されたものの方がイメージはつきやすいし、特にゲームなら実際にその風景が詳細に描かれていてその中を動いているから世界観のイメージも掴みやすく、かなり楽ができる、と。


「それは盗作ではないか!」

「違うわ、オマージュよ」

「はぁ?」

「……と、この世界の人間も言ってるわ」

「バカバカしい!」

「そう?」


 鏡を覗き込んだスラァが、不思議そうに首を傾げる。


「この世界の人間が創作した物だけじゃ、到底『世界創生』は無理よ。作品に必要な部分しか作られていないんだもの」

「……」

「実際に世界を作るためには、細部も作り込まないといけないでしょ? そこは紡ぎの女神の腕の見せ所って訳よ」

「……」


 一理ある、とプリーベは考え込んだ。

 スラァの言う「この世界の創作物」とやらは一応見たことはある。さまざまな世界の、ある一篇が語られた物語。

 その一篇だけでは世界を作ることはできない。手を入れた部分は、間違いなくプリーベ自身の創作となる。


「それとね、ここだけの話」


 右手を口元にやり、スラァが声を忍ばせる。


「第一房や第二房ではすでに取り入れてるらしいわよ」

「何だと!?」

「声が大きいわよ、姉さま!」


 シーッ、シーッとスラァが人差し指を自分の唇に当ててプリーベをたしなめる。


「ほら、何しろガバガバでしょ、ここ。多少、魂を掠め取られても全然気づかないらしいわ」

「魂? なぜ魂が必要なんだ?」


 そもそも『地球』から創作の種を仕入れていたことに驚いたプリーベだったが、魂を掠めとると聞いてますます眉を顰める。


「ほらぁ、すでに描かれている世界と言っても、私達には細部はよくわからないでしょう?」

「だな」

「世界を作っても、話の起伏が無いというか、盛り上がりに欠ける結果になることも多いわけ。逆に、とんでもない方向に話が進んでいったりね」

「……」

「二級神は特に、創った世界になかなか手を出せないから」

「確かにな」


 プリーベの足元に転がっているいくつかの器も、手を出すことを躊躇し、結局放棄してしまった世界である。

 二級神が創生した世界を修正したい場合は、一級神への申請が必要になる。これはつまり

「修正が必要な不完全な世界を作ってしまいました」

と白状するようなものなのだ。

 だから二級神はやりたがらない。自分の力不足を認めたくはないからだ。


「だから、このネタ元の世界をよく知っている人間に、創生した世界に加わってもらうのよ」

「……は?」


 この地球には、数多の物語が溢れている。そしてそれらは広範囲に流布し、多くの人間が知っている。

 その物語に精通している人間がこの世界に入れば、自然とその世界をより良くしようと積極的に動くはず。何しろ、自分がこれから生きていく世界なのだから。

 そして重要なのは、、ということ。


「まぁ、ナビゲートのようなものね。中の人間が自由に動いた結果、予想外の事態を招くから収拾がつかなくなるわけで」

「ふむ」

「その世界を熟知した人間がいれば――つまりその一篇の一つの終わりを知っている人間がいれば、多少不測の事態が起きても上手く事が収まるように動いてくれるはず、ということよ。話を導いてくれる、ということね」

「……」


 スラァの言っていることは理解できた。確かにその手法をとれば、エタることなく物語を紡げるだろう。

 しかし、生真面目なプリーベは、なかなか前向きにはなれなかった。

 世界創生の種だけではない、魂まで盗るとなると。


「……ちょっと、考えさせてくれ……」


 右手で眉間を揉みながら言うプリーベに、スラァが「え~?」と不満そうな声を上げる。


「仕方が無いわねぇ。私が良さそうな物語を見繕っておくわ。ついでに、魂も」

「何?」

「目星をつけるだけよ。ほら、最近ウチの房に優秀な新入りを入れたし」

「……そうだったか?」


 首をかしげるプリーベに、スラァが

「男神だけどいい?って姉さまの許可を取ったでしょ。すぐ忘れるのねー」

と口を尖らせた。


 『紡ぎの局』に入る神は、圧倒的に女神が多い。世界の隅々まで神経を行き届かせるには、男神より女神が向いている、と一般的には考えられているからだ。


「研修しなきゃ、と思ってたし、ついでにやっておくわ。まっかせてー!」


 スラァは元気よく叫んでウインクを一つすると、鏡をしまいぴょーんと外に出て行ってしまった。

 情報収集やその手際については、三級神の中でも群を抜いているスラァである。

 とりあえず任せてみるか、とプリーベは溜息をついた。


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