第5話 学院の恋愛模様は面倒ね
入口に現れたミーアと目が合ったので、軽く目礼をする。すぐに前に向き直り机の上の神学の本に目を落としたけれど、内容なんて全く頭に入ってこない。
だって、ゲームのヒロイン本人の登場だからね! ここで何かイベントが起こるのかしら! 超ドキワク展開!
……じゃなかった、私は観客ではなくれっきとした登場人物の一人。ミーアの言動が私の未来にも影響を与えるんだから、呑気にしてちゃ駄目よね。
ミーア・レグナンドは治癒魔法と炎魔法を使う、とは聞いていたけど。確か創精魔法科じゃなかったっけ。
そうか、治癒魔法は自らの魔精力を練り、癒しの力を他にもたらす魔法だから、明らかに創精魔法の分類。一方炎魔法の方は、ミーアの場合模精魔法由来だったのね。確かアイーダ女史によれば、大抵の人は両方の性質を併せ持ち、片方の魔法は全く使えない、ということは無いみたいだから。
ミーアは私に会釈をしたあと、前方の貴族令嬢の方々にも挨拶をし、少し離れた中段ぐらいの席に腰かけた。
その様子をやや離れた場所で見ていた少年達が代わる代わるミーアに話しかける。
さて、令嬢たちの目的はというと、ディオン様だったりシャルル様だったり、あるいはどこかに嫁入りするためのステップアップだったりする訳だけど。
何しろ貴族令嬢の生涯独身率、かなり高いらしいからね。貴族令嬢は貴族にしか嫁げないから。
じゃあ、子息たちの目標は?
「上流貴族子息の場合ですと、将来はディオン様やシャルル様に仕えることになる訳ですから、自分のアピールですね。一種の社交です」
前にアイーダ女史に聞いたときは、そんな答えが返ってきた。
「だけど、上流貴族八家当主はリンドブロム聖女騎士団の団長も兼ねてる訳だから、彼らの未来は決まったようなものでしょ? 下流貴族も確かその中の一つの部隊として所属してたりするわよね」
「そうは言っても、個人的に大公子殿下と親しくなれれば今後何かと優位に働きますしね。発言力だって違うでしょうし、下る任務の種類も変わるでしょう。今まででしたら、ガンディス子爵のように副団長まで上り詰めない限り、子息に過ぎない彼らが大公家の方々と顔を合わせることはできなかったのですから」
「ふうん……」
「あとはやはり、配偶者を見つけることでしょうか」
「そっちもか!」
ちょっと~~。聖者学院って『聖なる者』を見つけるための修業場所よね? 下流貴族の中には聖女騎士団への幹部待遇の入団を目指している者もいると聞いたわ。
ナゼ婚活パーティみたいになってんのかしら?
「『聖女』を妻に出来れば、その威力たるや計り知れません」
「……へ?」
思っても見ない台詞が聞こえ、プルプルしていた拳が思わず開く。
『聖女』を妻に? へ? いや、私がなるつもりなんだけど? 私はディオン様の婚約者よ。他の貴族の妻になんかなれないわよ。
え、今から口説かれるのはミーアじゃなくて私なの?
「私狙いってこと?」
「違います」
私の妄想をたたっ斬るかのようにアイーダ女史が半目で否定した。何をどうしたらそういう発想になるんですか、と言外に匂わせている。
だってさあ、この世界は乙女ゲー『リンドブロムの聖女』の世界なんだもん。絶対に恋愛模様とは切り離せないんだから!
まぁ、さすがにコレはアイーダ女史にも言えないけどね……。
「マユ様は『聖女』になるおつもりであり、その意気込みは勿論、間違ってはいません。ですが現状としては、“誰が『聖女』になるかはわからない”というのが正確なところです」
「それは、まぁ……」
「未来の『聖女』と恋仲になって、そのまま自分の妻にしたい。可能性のありそうな令嬢に近づく子息たちには、そういう思惑があります。自然な成り行きでしょう」
「はぁ」
「また、仮に『聖女』でなくとも、魔導士としての才能が高い女性を妻にすることはとても重要です。魔精力の素質に恵まれた子供が誕生し、それが女児であるならば、大公家に嫁ぐことも夢ではなくなります」
「またそれなの!」
だーかーらー、女は子供を産む道具じゃないってのよ!
あー、やだやだ、神聖な学び舎が下心渦巻くドロドロ舞台に思えてきたわ。
いや、実際そうなのか。ミーアの逆ハー物語なんだろうしなあ、多分。敵役も裏で色々と闊歩する世界な訳で……。
まぁそんな訳で、控室でベン・ヘイマーがやけににじり寄ってきたことにも合点がいったわ。
彼は妹のイデアが『聖女』になる可能性は殆ど考えてなくて、他の『聖女』になりそうな女にコナをかけているのね。そして私は、仮に『聖女』にならなくとも未来の大公妃。覚えがめでたいに越したことは無い訳だ。
結婚と子作りが制限されている分、貴族間の恋愛ってかなり奔放だという噂だったしなあ。避妊魔法があると聞いた日には眩暈がしそうだったけど。
そういう訳だから、現在『聖女の再来』と目されているミーアは貴族子息からするととんでもない優良物件な訳よ。しかもついこの間までは一般市民だったから気位も高くないし、擦れたところもないし、爵位は最下位の男爵で縁談も有利に持ち込みやすいし。
あと、何といっても可憐で可愛いし。さすがヒロイン。
大変だけど頑張ってねー、と、ビクビクしながら子息たちと談笑するミーアに、心の中でエールを送りましたとさ。
* * *
今日は『模精魔法・炎』の初回授業と言うことで、受講者の威力、精度を見るという内容だった。
なお、私はあくまで見学です。許可なくみんなの前で魔法を披露することは禁じられているの。
炎魔法は、やはり何かを燃やさなければなかなか持続しない。自らの魔精力100%の炎を展開し続けるのは至難の業。
よって、実技場の土の上には木で組まれた焚火みたいなものや、石で組まれた暖炉みたいなもの、上に張られたローブに吊るされた洗濯ものみたいな紙など、さまざまな小道具が設置されている。
そんな中――ミーア・レグナンドの炎魔法は圧巻だった。
生徒たちの殆どが、小道具に火を灯してその炎を大きくするという威力面をアピールしたり、せいぜい炎を舞い上がらせたり一瞬で消したりといった制御面を主張したりする中。
彼女は描いた直径2mほどの魔法陣から火の竜巻を出現させた。多分、前にセルフィスが言っていた風魔法との併用だと思う……けど、もし炎100%だとしたらとんでもないわね。
そしてあの桃水晶の杖を振るい、火の竜巻を実技場で暴れさせ、炎の竜に見立てて火の玉を吐き出す、という荒業までやってのけたのだ。
ただ、実技場はそれほど巨大な炎魔法を想定していなかったため一部シールドが破損、あわや座席に座っていた生徒たちに被害が及びそうになる、という失敗もしたのだけど。
授業はそこで終了となり、残りの生徒の魔法実技は次回、ということになった。
それにしてもとんでもない威力だったわ。ミーアが『聖女の再来』と言われた理由も分かった気がする。
これはうかうかしてられない、と気を引き締めながら魔導士学院を出ると、
「ちょっと、どういうつもりよ!」
というヒステリックな女の子の声が聞こえてきた。
続けて、
「あんたのせいで、私の実技ができなかったじゃない!」
「ちょっともてはやされてるからっていい気になってるんじゃないの!?」
というけたたましい声が飛んでくる。
「……すみません」
やや震えてか細いけれど、随分と可愛らしい声が聞こえてきた。
多分、ミーアだろうなあ。ヒロインは声まで可愛いわねー。
ちょっと様子を窺ってみよう、と声がする方に近づこうとすると、さっとドライに通せんぼされてしまった。
「え、何……」
「下流貴族の小競り合いです。マリアンセイユ様が立ち入る場ではありません」
「……でも……」
ミーアの吊し上げイベントが何のフラグなのか確かめたいわ。それに、あまりにも酷いようなら止めた方がいいだろうし。
さっと右足を出すとドライもさっと左手を出す。左を抜こうとすると、ドライの右手がにゅっと現れて行く手を阻む。左に見せかけて右、かと見せかけて左、とフェイントをかけたけれど、優秀な近衛武官であるドライには通用しない。
そんな小競り合いをしていると、少し離れた出入り口から一人の少年が現れた。
黒髪で無難……と言ったら失礼ね、何というか最大公約数的イケメンだ。
声を聞きつけたのか、ハッとしたような顔をして少女たちの方へと足早に近づいていく。
「彼は?」
「アンディ・カルム子爵子息ですね。ちょうどいい、彼にお任せした方がよろしいでしょう」
なるほど、子爵子息。きっと、ミーアの攻略対象の一人だわ。
ゲーム世界ってこういうところ便利ね。パッと人目を引くイケメンなら作中の重要人物だと分かるし。
「……わかりました」
恐らく、アンディルートのフラグなんでしょう、これも。ならばフラグを折る必要はないか。
……と自分を納得させ、私はドライに促されて少し早足でその場を後にした。
次の日、なぜかミーアを吊るしあげた影の首謀者はマリアンセイユ、という噂が広まっていて、このときの行動をひどく後悔する羽目になるんだけど。
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