第2話 いきなりボス戦って!

 真っすぐな光が無数の槍のように地面に突き刺さるフォンティーヌの森。背の高い針葉樹林が乱立する中を、スコルとハティがひた走る。


「ちょっと、どこまで行くの!?」

“ギルマン”

「ギルマン……ガンディス子爵のトコよね。何で!?」

“ひっつめババアと人間が何人かいる。ふもとでシカを捌いて何かしてるだろ”

「ああ……」


 フォンティーヌ領の南西に位置するギルマン領。確かアルキス山ではシカの被害が増えていて、それもあってブラジャーにシカの革を使ってみよう、という話になったのよね。

 成型も上手くいったから山のふもとに加工場を作って、そこに職人を集めて作業を開始した、と聞いている。

 アイーダ女史はブラジャー事業の様子を確認しに行ったんだから、招かれてギルマン領のブラジャー加工場の視察をしていたのかもしれない。


“ハティはホワイトウルフの群れがギルマン領に近づいてるのを魔界うえから見たんだってさ”

「ええっ!?」


 ホワイトウルフというと、豪雪地帯の山脈に棲む狼から派生した魔物。確か隣のワイズ王国の山地に生息しているはずだけど、この季節はずっと引き籠ってるはずよ。

 しかも国境を越えて温暖な気候のリンドブロムに現れるなんておかしい。


「何でそんな……」

“ホワイトウルフが大量に殺されて、群れはどんどん奥地に逃げこんだ。やがて、同類の恨みと魔精力を大量に吸収した巨大なホワイトウルフが生まれた”

「げっ……」

“ソレが、仲間、引き連れて、山を、下りてる。人間に、復讐”

「復讐って、方向違うじゃない!」

“魔物には解んねぇし、そんなの”


 ホワイトウルフの属性は水……厳密に言うと、氷。そして弱点は火。

 火の聖獣であるハティ達とは相性がいいはずだけど、ハティは人間界に降りられない。巨大魔物をスコルだけで食い止めるには荷が重い。

 だから召喚が必要だったのか。




“――つい、た!”


 林が途切れ、目の前が開ける。小学校の運動場ぐらいの大きさの更地。

 ハティは私たちの目の前に飛び出ると、前方に大量の炎を吐き散らした。ブワワッと扇形に広がった炎で視界が真っ赤に染まる。

 獣の苦しむ声、唸り声が聞こえる中、


“マユ、下ろすぞ!”


というスコルの思念と共に、私はポーンと地面に転がされた。


「ちょ、ちょっとぉー!」


 文句を言おうと体を起こしたけど――視界に入ったのは、体高3メートルはあろうかという白い狼。グンと首をのけぞらせて、牙を剥いている。


「ひゃああああっ!」


 腰を抜かしたまま後ろ手でザカザカザカーッと下がると、その白い狼の首にスコルが食らいついた。ハティは巨大ホワイトウルフの周りに群れている通常のホワイトウルフに炎の息を浴びせている。


 も、モンスターとは戦ったことがあります。

 だけど、ゲームだから! 実際に3Dで目の前に来られると、は、迫力がっ!

 でっかい! 口大きい! 食べられそう! 獣臭さが半端ない!

 とにかく怖い!


「うわーっ!」

「何だアレ!」

「魔物!?」


 後ろの方で、そんなわめき声が聞こえる。ハッとして振り返ると、レンガ造りの平たい建物と十人ぐらいの人だかりが見えた。

 ブラジャー工場の人達だ。思ったよりふもとに近かった。


 とにかく、ここで魔物の群れを食い止めないと大変なことになる。腰を抜かしてる場合じゃない!


 グッと熊手を握り、杖にして立ち上がる。目を閉じて、ハティが吐き出した炎を思い出す。


『――万物の情愛の源、どこまでも熱くどこまでも精悍なる炎の舞』


 荒れ狂う炎を再現する。私は四属性を操る模精魔導士。絶対にできる。ちゃんと集中して。

 ハティが弱らせてくれた雑魚は、私のこの一撃で沈めるのよ。


『その導きたるは深淵なる女神の鼓動。たゆたう魔の精なる力よ、盟約の言の葉により我の下に現れよ。我に集いて力となれ! ――“フォウ=レスティ=スゥプ=ソゥレ!”』


 グワッと熊手のT字型を前に突き出す。その瞬間、紅蓮の炎が目の前180度に広がった。群れていたホワイトウルフの集団を一気に包み込む。

 凄まじい炎の海の中、ハティとスコルの姿も見えなくなった。

 でもハティ達は『火の聖獣』。炎には耐性があるはず……。


“あぢゃぢゃぢゃぢゃっ!”


 スコルが、炎の海からびょーんと飛び上がった。


「あら?」

“何すんだ、マユ!”

「だって、火の聖獣だから大丈夫かと……」

“そうだけど熱いものは熱い! 急にやるな!”


 スコルはそう叫ぶと、ダダッと正面へと駆けだした。

 雑魚ホワイトウルフが叫び声を上げながら炎の海の中でもがき苦しんでいるのを足場にして、正面の一番奥――猛然と立ち塞がる巨大ホワイトウルフに飛び掛かっている。


 私の炎の海は、巨大ホワイトウルフの氷の壁で堰き止められていた。表面をわずかに溶かしているだけで、全く届いていない。

 ハティとスコルの炎も牽制にしかならない。属性魔法の勝負としては、巨大ホワイトウルフが上のようだ。


「そうだ、毒! ハティ、痺れ毒は!?」

“ウン!”


 私の声に応えたハティが、大きく息を吸い込むのが見える。

 いけない、万が一こっちに流れてきたら……!


『万物の精神の源、我に集いて力となれ! “爽快なるフィソ=デ=女神の息吹ソゥナ=ディモ!”』


 炎を消し、風の簡易呪文を唱える。私の身体の中心から春の温かい風が吹き出し、こちらが風上となる。

 ハティの吐いた深緑の毒の息が、ホワイトウルフの周りを取り巻く。毒が外へ逃げないように、円柱形の風のシールドを作る。


 ホワイトウルフの身体が一瞬ビクリと震えた。しかしブルルッと首を動かすと

「グオォォォォーッ!」

と叫び声を上げ、身体全体から水飛沫を撒き散らした。毒が水滴の中に溶け込み、あっという間に透明から緑色の液体に変わる。地面に流れ落ち、茶色い土が真っ黒に変色していく。


“ダメ、直接!”


 これじゃ効かない、と思ったハティが暗い緑の水の膜を突き破ってホワイトウルフに飛び掛かる。喉元に食らいつくが、ホワイトウルフの首の一振りでポーンと飛ばされてしまう。


“ウワ、ワワーッ”

“このやろーっ!”


 スコルが黒い消し炭となった雑魚ホワイトウルフの屍を踏み台にして高く飛び上がる。巨大ホワイトウルフの後ろに回り、すかさずジャンプして首にかぶりついた。


「グオウ、オーッ!」


 巨大ホワイトウルフがもがき苦しんでいる。振り落とそうと暴れてはいるが、スコルの噛みつきの力はかなり強いみたいだ。なかなか振り落とせないでいる。

 どうやらスコルの方が身体能力は高いみたいだ。ハティが魔法特化、スコルが物理特化なのかもしれない。


 この巨大ホワイトウルフは炎では仕留められない。ジリ貧になるだけだわ。

 炎と毒でひるませ、急所を的確に潰すしかない。躱せないように拘束して。

 そのためには……。


「魔法陣を描くから、しばらく食い止めて! いいわね!」


 私が叫ぶと、二人から

“ウン!”

“任せとけ!”

という元気な返事が聞こえてきた。


 両手で熊手を握り、集中力を高める。

 土を再生する模精魔法。それを応用してみよう。やったことないけど、しっかりイメージして。


 直径二メートルほどの巨大な円を描く。さらに一回り小さい円。自らの魔精力を練りながら、十字の線を描き、さらに二本足して八個に区切り。

 中央に正八角形。中点を結び、さらに小さい正八角形。


「――今よ!」


 魔精力が頂点に達したところで、ドンッと熊手の柄で対角線の交点――魔法陣の中心を穿つ。


“うりゃっ!”


 スコルが後ろ足で巨大ホワイトウルフの背中を押す。続けてハティが炎の塊を吐きかけた。


「グオウッ!」


 火の玉を避けようとしてよろめいた巨大ホワイトウルフが、魔法陣の中央に足をかける。その瞬間――ボコリ、と大地に穴が開いた。


「グウッ!?」


 魔法陣が描かれた土の部分が激しくえぐれ、周りに円柱の壁を作っていく。どんどん掘り下げられていく穴と、周りに堆く築き上げられていく茶色い壁。穴の中に沈んでいくホワイトウルフのその白い巨体が、あっという間に見えなくなる。


 堅く――より堅く、土を固めて。あのホワイトウルフが暴れて壊さないように。


「トドメ、よろしく!」


 私が喉を振り絞って叫んだ時には、二匹の灰色の狼は円筒状となった土の輪の中に飛び込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る