第3話 ふふふ、ハッタリは大得意よ!

 ヘレンから一通り話をきいたところで、馬車は旧フォンティーヌ邸の前に着いた。

 濃い緑の芝生から一段高いところには、短い背丈の樹々が丸く刈られ、ポンポンポンポンと屋敷を囲むように並んでいる。その間隔が少し空いたところには石造りの階段があり、さらにその奥にその邸宅はそびえ立っていた。


 二階建て……いや三階もあるのかな? 正面から見ると、三角の緑の屋根がノコギリの歯みたいになっていて、中央の建物が少し手前、両隣の建物が少し奥に引っ込んでいる。さらにその両サイドには、同じく緑の円錐形の屋根がついた円柱の建物が。

 壁は濃茶や黒、赤茶など色が違う石がずーっと積み重なっていて、そんなに派手さはなく、落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 うわー、と声に出しそうになって、慌てて堪えた。御者のおじいちゃんが客車の扉を開けたからだ。

 田舎から上京してきたばかりの大学生みたいになってはいかんな、と肝に銘じる。

 以前にアイーダ女史から言われていた立ち振る舞いを心がけつつ、逸る気持ちを抑えて馬車から下りた。


 正面の大きな扉の前には、アイーダ女史が姿勢よく立っていた。アイーダ女史も、いつもの着古した暗い色のロングドレスではなく、淡い青色のプリーツもたくさん入った素敵なドレスだ。


「それでは参りましょうか。まずは、挨拶から」

「よろしくお願いいたします」


 教わったようにスカートの裾を持ち、やや姿勢を低くする。スッとあくまで軽やかに。あまり上半身をフラフラさせるとみっともない。


「……よろしいでしょう。では、参りましょうか」


 アイーダ女史が濃い緑で塗られた大きな両開きの扉を開ける。

 そしてそこには、グレーの髪をビシッとオールバックにした厳めしい顔をした執事服のおじさんと、白いキャップを被りピンと背筋を伸ばしたメイド服のおばちゃんが立っていた。

 公爵家を仕切る執事長、女中頭で間違いないね。


 ここを掴まえておけば、あとあと絶対に使えるはず。それにいつかは本邸に帰らないといけないんだし。

 それにここで失敗したら、アイーダ女史に迷惑がかかる。今さら家庭教師変更、とかされても困るし。


 おのずと気合が入り、お腹の底にグッと力が入るのを感じた。



   * * *



「まぁ……まずまずでしたね」


 執事長と女中頭は邸宅内のチェックのために大広間から出ていった。

 三人きりになったところで、アイーダ女史が「ふう」と大きな溜息をついた。女史もだいぶん緊張していたようだ。


 いやはや、私も緊張したわよ。執事長と女中頭に、じゃなくて、このお屋敷そのものにね!


 まずは玄関ホール。びっくりするぐらい天井が高い。天井は白で、壁は茶色。両サイドから二階へとゆっくりとカーブした階段が伸びている。

 おそらく調度品などが置かれていたんだろうけど、今は何もない。がらんどうだけど、絵本で見たイラストと合わせてみると、何となくイメージが掴める。


 玄関ホールから左手と右手に廊下が伸びているけれど、そこには行かせてもらえなかった。覗き見るのもはしたないと思って我慢したけどね。

 実際に入ったのは、中央の奥にあった扉。真っすぐ大広間に繋がっていて、ここが社交場になるようだ。


 大広間の一番奥には、古そうだけどかなり立派な椅子が2脚置かれていた。これだけは、そのまま残されていたようだ。

 そこが当主であるフォンティーヌ公爵とその正室が座っていた場所だと、執事長が教えてくれた。


 大広間の中央が広く空けられているのは、そこでダンスが繰り広げられるため。壁際にはいくつか椅子や小さなテーブルが並べられ、貴族令嬢同士がお喋りをしたり、貴族令息がカードゲームをしたりするのに使われるという。


 出入り口と反対側の壁はすべてカーテンが下りていた。一枚だけペラっとめくってみると、大きな窓。奥には白いバルコニーがあって、バルコニーからは小さな階段が伸びていた。どうやら庭に出れるようだ。

 庭は雑草だらけでひどい有様だったけど、平らな地面が続いていて噴水らしきものもある。

 きっと、かつては綺麗に整えられていて、噴水からもこんこんと水が溢れていたりして……天気がいいときは外でお茶会をしたりしていたのかな。


 大広間からさらにいくつか扉があったけどそれは厨房や使用人用の階段部屋に繋がっているそうで、立ち入る必要はないと言われてしまった。

 まぁ、今日はこんな格好だしおとなしくしてるけどさ。できればもっと楽な格好のときに隅から隅まで探検したいんだけどなあ。


「いいえ、駄目です」


 私の呟きを聞いたアイーダ女史が、キリッとした顔でピシリと言い放った。


「でも、執事長はいいって言ったよ? 現在の主はマリアンセイユ様だからって」

「それは……」


 やっぱり掴むなら、女中頭より執事長。家を取り仕切る人間に段取りをつけるのが最速だと思ったし。

 例によって、何気ないやりとりからどの辺に食いつくかを見て、話を展開。

 フォンティーヌ家の成り立ちから勉強しておいてよかったわ。


 初代フォンティーヌ公爵は、初代大公リンド・リンドブロムの次男。

 二代目の大公となった兄は武術に秀でたカリスマ性のある人だったんだけど、魔法と勉強の方はあまり得意ではなかったんだって。だから弟が魔法系の案件を請け負い、政務も陰で取り仕切っていたらしい。

 だけどそうなると、

「弟の方が大公に相応しいんじゃ」

とか余計な軋轢を生むでしょ?


 そのため継承権を破棄し自ら臣下に下って兄から公爵位を賜り、その後の政務に携わったんだって。

 そんな初代フォンティーヌ公爵は、当主を息子に譲った後この地に移り、自分の好きな魔法の研究や読書、書き物に没頭して過ごしたのだそう。


「わたくしは本で得た知識ばかりを重視し、それがすべてだと思い込んでいましたが、それは過ちだと知りました。やはりこうして足を運び、本物に触れることが大事ですね。……そして、このようにこの場所に来ることができ、いろいろなことに想いを馳せ、感じることができるのも、公爵家の方々が初代フォンティーヌ公爵を敬い、愛し、この場所を大事に守ってきたらこそ。そして、現在も執事長を始めとする皆様が公爵家をしっかりと支えてくださっているからこそです」


 ふうう、と感嘆の吐息を漏らす。


「わたくしも公爵家の一員としてその血を誇りに思い、邁進していきたい。そのためには時々このフォンティーヌの始まりの場所に還りたい、と考えているのですが、いかがでしょうか? 古の建造物にはより純粋な魔精力が漂っており、わたくしの血が呼ぶのでしょうか、とても居心地がいいのです」


 ……とまぁ、こんな感じでね。

 隔離されている令嬢が見つけたささやかな望みを叶えてもらえませんか、というテイでね、迫ってみた訳ですよ。

 でね、

「ちょっと見るだけ! 時々入るだけだから!」

ということで、執事長から許可を頂いたのです。

 やっぱり男の人は若い娘には優しいのかな、わりとすんなりOKしてくれました。

 女中頭の方は渋々、って感じだったけどね。

 公爵の方にも執事長から話をつけてくれると言うしね。バッチリだ!


 大丈夫、本当に大事にするよー。勝手に物を取っていったりしないし。

 ただ、あちこち全部、見るけどね!


「しかしよくもまぁ、あれだけ口が回るものです」

「考えちゃ駄目だし考えさせちゃ駄目なの、ああいうときは」


 エッヘンとばかりに得意気にしていると、アイーダ女史は眉を顰め

「ですが、わたくしはこのお屋敷への立ち入りを認めてはいませんよ」

と頑なだった。

 まぁ、予想通りだけどね。上の許可を取っただけで現場は許可を出してませんよ、ということでしょ。


「どうして?」

「時期尚早だからです。だいたい、黒い家リーベン・ヴィラからここまでどうやって来る気ですか」

「ウォーキングがてら、歩こうかなって」

「無理ですよ! わたくしどもでも馬で移動するのですから。ずっとお部屋に籠っていたマユ様がいきなり歩ける距離ではありません」

「それも問題だと思うんだよね」


 部屋の中でストレッチ的なことはしてたけど、やっぱりそれじゃ全然足りないのよね。

 幸い、このすんばらしい巨乳とくびれたウエストは維持してるけど、こんな生活してたら身体の内側から崩れそう。脆い感じがするのよね。

 前の体より疲れやすいな、と思うもん。


「魔法を使うのは技術だけではなく身体と心。……じゃなかった?」

「そうですが」

「体力は絶対に必要だと思う。何しろ私は模精魔法の魔導士だし」


 模精魔法の利点は長く使えること。それに見合う魔精力はあっても、使い続けられる体力がないんじゃ……。


「それに、魔法は詠唱・描画から発動まで時間がかかるし、暗殺を考えるなら体術だって多少は要るんじゃないかな」

「騎士団に入る魔導士ならそうですが、マユ様はあくまで公爵令嬢ですよ」

「でも、身体が弱いって思われてるんだよね? そこを大公妃としては不安視されてるんじゃないの?」

「まぁ、それはそうですが……」

「そのイメージを払拭するためにも必要じゃない? 他の貴族令嬢と同じ程度じゃ、認識を変えるのは難しいよ。『ほら、こんなにすごいのよ!』と圧倒的なところを見せないと」

「――しかし、問題はそれだけではありません」


 言葉を畳みかけて説得しようと思ったけど、なかなかアイーダ女史は折れない。

 どうしても諦めさせたいのか、久しぶりにかなり厳しい視線を向けられる。


「古い建物ですから、場所によっては魔精力が溜まっているところがあるのです」

「ふうん……」


 アイーダ女史が言っているのは、私が言ったような『純粋』とは程遠い、厄介なモノが漂っているところもありますよ、ということだろう。

 そういうところこそ、何かありそうなんだけどね。RPG的に。


「確かにね。特にあっちの方角かな」


 私が扇で一つの方向を指し示すと、アイーダ女史は少し驚いたように目を見開いた。


「……お気づきでしたか」

「もう、どれだけ特訓したと思ってんのー。感じないと制御もままならないってスパルタで仕込んでくれたのは、アイーダ女史でしょ。もっと生徒を信頼してよ」

「……そうですね」


 これはどうやら響くものがあったようだ。フフフ、とアイーダ女史が珍しく声に出して笑う。

 何かちょっと嬉しくなる。気を許してくれた感じがしてさ。


「わかっておられるなら、危険に首を突っ込むようなこともなさりませんよね?」

「勿論よ」

「それでは許可いたしましょう。ただし、徒歩はいけません。体術も」

「えー」


 体術はまぁともかくとして、ウォーキングはリハビリにちょうどいいと思ったんだけどな。


「まずは馬術を学んでいただきます。ご自分の馬でここに来れるようになったら、ですね」

「馬!?」

「馬術ならば嗜む令嬢もいらっしゃいます。体力だけでなく体幹も鍛えられ、それは魔法の行使にも役立ちます」

「うーん、確かに……」


 馬に乗れるようになれば、お屋敷だけじゃなくこの『パルシアン』のすべてのエリアも回れるようになる。

 建物はそのほんの一部で、大半は森や林、川などの自然。魔精力は自然界に多く宿る。


 初めて会ったとき、セルフィスは『この領域を支配しろ』と言っていた。

 それはお屋敷じゃない、このフォンティーヌ邸を含むすべてのはず。


「ですが、これまでのお勉強も同じだけ続けて頂かなければなりませんから、朝早く起きて、馬術は朝食前にお願いいたします」

「朝練!?」

「教える方もその時間でなければ空いていないでしょうしね。それでもやると仰るのなら、マユ様の本気を信じてもう止めることはいたしません」

「……」

「早朝は魔精力も澄んでいて一番安全な時間帯です。その時間内にここに来れるというのなら、そのときは認めましょう。ただし朝食時に間に合わなかったり、勝手にお昼や夜に来たりするようなことがあれば、二度と許可いたしませんよ」


 朝は、あまり強くないんだよね。いつも朝食を持ってきたヘレンに叩き起こされるんだけど。

 でも、アイーダ女史の言い分はもっとも。すでにこれからの学習計画は立てられているんだから、好きなことをやりたいなら自由時間にやれってことでしょ。


「わかった、その賭けに乗るわ! やってやろうじゃない!」


 左手を腰に当て、バッと右手で扇を開いて掲げると、アイーダ女史は困ったように溜息をつき、じっと黙って聞いていたヘレンは笑いをこらえきれず、顔を背けて肩を震わせていた。


 あら、ベタな漫画ならここは絶対に決めポーズよ? 何だったら、背景にバラの花とキラキラも飛んでるはずだもん。

 ね? そう思わない?

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