姫と魔王のトゥルーエンド
風嵐むげん
序章
これぞ間違い無しの黄金パターン!
夢に逃げられたかと思ったら、夢みたいな世界に転生してた。
夢を見た。大好きな物語に囲まれて、好きなだけ没頭する幸せな夢を。
私は子供の頃から物語が大好きだった。壮大な冒険を綴るファンタジー、鳥肌もののホラー、登場人物に入り込むミステリー、こそばゆい気持ちになるロマンス。
物語とは、小説のことだけじゃない。映画やアニメ、それに演劇やゲーム。とにかく物語が大好きだった。自分でも物語を生み出したくなって、ノートにあれこれ書き始めたのはいつの頃だったか。
満ち足りていて、キラキラしていた毎日。それがいつの間にか色褪せて、真っ黒などろどろに変わって、跡形もなく崩れ落ちて空っぽになって。
そして私は、大好きだった物語に殺されたのだ――
※
というわけで私、小説家志望の平凡な社会人でしたが、異世界転生しました。
「うわあ……マジか、異世界転生って本当にあるのね」
硬いベッドから起き上がって、ズキズキと痛む頭を抱えながら思わず呟く。ドジで天然なかわいい女神が導いてくれるっていう展開はなかったが、自分が転生したという事実は不思議とすんなり理解出来た。
なんていうか、前世の記憶は今の自分の中で思い出の一つになった感覚だ。新人賞に応募していた小説が一次選考で落選したというショックで会社を早退し、帰り道に全品三五〇円の立ち飲み屋にふらっと立ち寄り、ハイボールと鶏皮をキメた後で車に轢かれそうになっていた猫を助けようとして代わりに轢かれた、というちょっとアレな死に際も全部いい思い出だ。
……まあ、前世なんてどうでもいいか。大事なのは今だ。
私はベッドから降りて立ち上がると、ドレスの裾を摘んでいつも舞踏会でするように名乗ってみる。
相手は……とりあえず、壁のシミでいいや。
「私はネモフィラ・ストラーダ。ストラーダ王国が国王、テオバルト・ストラーダの末の姫で御座います」
うん、自然だ。呼吸と同じくらい滑らかだ。そう、今の私は一国のお姫さまなのだ!
父親譲りのエメラルド色の瞳に、母親譲りの金のストレートヘア。年齢は十七歳。非の打ち所のない完璧な生い立ちである。
ちなみに結婚相手は募集中。これだけは前世と変わらない。
「うふふ、そっかぁ……今生はお姫さまかぁ。これは前世で善行を積んだ私への、神さまからのプレゼントね!」
喜びのあまりにくるくる回ってみるも、ふと気がつく。足が痛い。
怪我をしているわけではなく、ざらついた石畳の上を裸足で動いたから擦れてしまったのだ。
ああ、お姫さまの柔肌が。ていうか、なんで裸足? 我が故郷、ストラーダ王国は日本と違って屋内でも靴の文化だ。
特に今日は両親とのお茶会の予定だったから、今年の誕生日にプレゼントされた靴を履いていた筈。どこいったし。
いや……それよりも。そろそろ、目の前に広がる現実と向き合わなければいけないかもしれない。
「ここ……どこ? どう見ても牢屋、だよね」
ペタペタと気をつけて歩きながら、部屋と通路を隔てる鉄格子に触れた。ひんやりと冷たい。腕一本くらいなら通るが、抜け出すのは不可能だ。
天井にはぼんやりと光るランプが一つだけ。窓はない。硬いベッドに、かび臭い枕。木製の質素な机と椅子。部屋にあるのはそれだけだ。
はい、牢屋確定です。
「誰かー! 居ませんかー! たーすーけーてえぇ!!」
お姫さまの
なんで? 今世では悪いこと何もしてないよ!? 今の私は生まれた瞬間から真綿に包まれ、蝶よ花よと育てられてきたお姫さまなのだ。
それなのに、何で!?
「ちょっと! 牢屋に誰も居ないなんてことある!? 助けてー! ここから出してー!」
「はいはい、ちゃんと居ますよ。さらわれたっていうのに、元気なお姫さまですねぇ」
少々お待ちくださいねー、と落ち着いた中年男性の声が聞こえる。なんというイケボ。これはきっと、ちょびヒゲの紳士が来てくれるに違いない。
言われた通りに、静かに待つ。待っている間に、もう少しこの世界のことを頭の中で整理しよう。
確かこの世界には、私のような人間だけじゃなくて、ファンタジーな種族も居たような――
「はい、お待たせいたしました」
「っ!?」
思考に耽っていたのと、私の前に現れた男性のインパクトに悲鳴すら出せなかった。男性は、人間じゃなかった。
二メートルを超える背丈と、ひょろりと長い手足。それだけならまだしも、顔面にはペストマスクのような仮面が付けられている。燕尾服姿と相まって、凄くちぐはぐだ。
ホラーも好きだからそれなりに耐性はあるけど、威圧感が凄い。お化け屋敷のお化けとは比べ物にならない異様さに思わず後退って、踵が石畳に引っ掛かって尻もちをついた。
こつん。ポケットに入っている『お守り』が、小さな音を立てた。
「きゃあ!? い、たた」
「おっと、驚かせてすみません。わたしはハトリ、魔王陛下の従者です」
「え、は……ま、魔王?」
痛いくらいに鼓動する胸を両手で押さえながら、私は何とか声を絞り出す。
そう、この世界には人間……この世界風に言い換えると、人族の他に魔族と呼ばれる種族が存在する。
そして、魔族を支配する者こそが――魔王。
「本来ならば陛下から事情を説明すべきかと思うのですが、なぜか部屋に引きこもってしまいましてね。代わりにわたしがお話をしに参りました」
「あ、ああああの、ちょっと待ってください。魔王って、どういうことですか!?」
「どういうって……ああ、そうか。お姫さま、眠らされていたから何も知らないんですね」
やれやれ、と言いたげに大袈裟に肩を竦めるハトリさん。
仮面のせいで表情は窺えないが、くすりと口角を上げて笑ったのがなんとなく伝わってきた。
「ネモフィラ姫、あなたは我らが魔王陛下にさらわれたのです。ここは魔族領の中心である、魔王城の地下牢。今のところ殺す予定はありませんが、人族領に返すつもりもありません。なので、お互いのために仲良くしましょう。どうぞ、よろしくお願いします」
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