保存料無添加の短編集
田中世界
差別主義者
「なあ、あれ亜人だろ?」
最悪だ。
「ああ。最悪だな、飯が不味くなる」
最悪だ。
「角?混血か?俺始めて見た。
最悪だ。
「やめろよ。魔物寄りなんだぞ。理性があるかもわかったもんじゃない。襲われるぞ」
また差別主義者どもの低俗で不快な会話が聞こえてきた。
高級そうな目新しい洋服に身を包んだ役人らしき男性が二人、酒場のカウンター席に座り小声で話していた。
だが、深夜の店内にはほとんど客がおらずいくら小声で話そうが聞こえてきてしまう。
店の隅では露出の激しい服を着て床を拭いている女性がいる。
腕にいくつものあざを作り、首や足の付け根付近には浅黒いが歯形が刻まれている。
嗜虐趣味の主人でもいるのだろうか。
四つん這いで床を拭いているせいか頭部から伸びた角の切断面が見える。切断されたばかりの角の断面は痛々しく見るに絶えなかったが、それよりも前かがみになっているせいで、下着をつけていない重力に従った乳房が目に入る。
「そういえばこの前、アレクが獣人とヤッたらしい」
「感染症とか怖くないのかね。さすがは英雄というべきか、後先考えない馬鹿というか」
「まあ、そうなんだけどよ。獣人のは随分と具合がいいらしいぜ。躾けてやればすぐ従順になるって」
「一度は経験してみるのもありだな。奴隷商は、先月解体したんだったか」
「いやグランドのとこがまだやってる。同業が減って値段あげやがったが」
奴隷制撤廃を叫ぶ世論に従うように、とは言っても十数年は遅かったが奴隷商を生業にしていた組合や組織が解体されている、という噂は聞いていたが思いのほか早くことは進んでいるようだ。
「いいこと思い着いた。タダで獣人とやれるぞ」
男の片方が嗜虐的な笑みを浮かべて立ち上がり、バケツに雑巾を絞っていた女性の元まで近づいていく。
「お前、家族は?」
長く伸びていた髪を鷲掴み無理やり顔を上げさせる。
最悪だ。ただでさえ大して美味しくない飯が更に不味くなる。
「妹がいます」
無抵抗のままどこか遠くを見つめる生気のない瞳。
彼女はもう壊れていた。
「そうか。それは良かった。今すぐ呼んでこい」
「な、何をなさるのですか?」
「楽しい事だよ。だから、早くしろ」
「さ、先に私の御主人様に」
「チッ。おい店主!こいついくらだ?」
いわれるがまま彼女はカウンターの奥へ下がっていった。
「売りもんじゃない」
カウンターの奥で食器を磨いていた初老の男が冷たく一瞥する。
「一晩だけだ。来月から香辛料を優先して売ってやるよ」
「壊すなよ」
最悪だ。酷く気分が悪い。
「お前の主には了承を得たぞ。これでいいだろ。妹連れてこい」
「妹と今の奴どっちがいい?」
亜人種の女性が店の奥に行ったのを見送り男が再び下世話で不快な会話を始める。
「どっちでもいいよ。途中で交換しようぜ」
「クロイセンがやってるやつ、一度試してみたかったんだ」
「やめろよ。一応上司だろ。呼び捨てにしてたの聞かれたら首飛ぶぞ」
「いいだろ別に。確か焼印ってグランドのとこに置いてあったよな。あと止血剤と超振動ブレード」
「あそこに角付きは売ってなかったはずだから超振動ブレードはおいてないぞ。そもそも買ってどうする?もう角は落とされてるだろ」
「クロイセンの話聞いたことないのか?四肢切断だよ。」
「マジで言ってるのか?」
「亜人種は人権がなくて助かるぜ。最近何かと面倒だからな」
聞くに堪えなくなり慌てて店を出る。
壊すなと言っていた店主も口を出さなかったのを見るに香辛料の優先購入権の前ではあの亜人は価値を持たないのだろう。
何度止めようかと考えたか。
これも全てこの世界が悪いのだ。
魔王が討ち果たされて実に五年が経過しようとしているのに、魔王の庇護下にあった亜人種に対する差別は無くならない。
亜人種保護の法案は何度も棄決され続けている。
「勇者になんかなるんじゃなかったな」
真上で俺を見下ろす月を眺めながらゆっくりと郊外にある自宅を目指す。
「・・・・」
出迎えてくれたのは白髪の女の子。
死んだ、俺が殺した魔王と俺しか知らない魔王の子だ。秘匿され続けた存在。
魔王の奴が呪詛を使ってきたので用心のためその娘である彼女の喉もつぶしてある。
「おい。お前の親父のせいで犯されそうになってた獣人をまた助けてやったぞ」
こう言えば彼女は服を脱ぐ。自分が何を求められて何ができるのかをしっかり理解しているようだ。
「お前の親父が守れなかったせいでこうなってるんだ。それを俺が助けて回ってやってんだよ。忘れるなよ」
雪のように綺麗な白髪を携えた小さな頭部が眼下で前後に動く。
「また瘦せたんじゃないか。しっかり飯食えよ」
純粋な人間よりは少しだけ低い体温でも外気にさらされた体には熱すぎる程に感じられる。
乾燥して枝毛の増えた彼女の頭髪を優しく撫でてさっきの男二人を思い出す。酷く気分が悪い。今日は早めに寝よう。
「にしても、もう少し愛想よくしてくんねーかな」
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