-01.ブレーメン

 まもなく19時になる。

 本日2回目のステージだ。


 ブレーメンの面々は丸眼鏡をかけたままにこにこ笑いながらステージに上がっていった。1回目のステージとは全然違う雰囲気に会場が一瞬シーンとなった。

 少し咳払いをして美香がしゃべり出した。


「ど~も~。私たちはブレーメンと言います。さっきのおねーちゃんたちを目当てのお客様はごめんなさい。全然違う雰囲気になっちゃいますけどご勘弁くださいね。」

 と、ぺこっと頭を下げた。


「じゃあ聞いてください。『Staring at you(君を見つめて)』。」

 美香のカウントで曲が始まった。

 レゲエのリズムだ。アルトサックスがそれに絡まっていく。

 キーボードが状況を盛り立てていく。

 美香が歌いだした。


 昨日、消しゴムを拾ってくれた前の席の男の子。

 ちょっと気になるんだよね。

 友達としゃべってる顔。

 お弁当食べてる顔。

 サッカーしてる時の顔。

 いろんな顔を見つけられた。

 君を見つめているうちに君に恋しちゃったみたいだ。


 という、中学生らしい恋心を歌っている歌だ。

 うんいいね。ドキドキ感がレゲエのリズムで心地いい。

 美香の声もこの曲によく合ってるんだよな。アニメ声で。

 そのレゲエのリズムのままにギターが少しずつ音を足していく。

 ベースがいきなり跳ねながら入ってきた。

 キーボードがリズムよく刻み始めてギターにとってかわり、リードギターがぐわーんと入る。


 2曲目は『Run through(駆け抜けろ!)』

 ディレイをかけたスピード感のあるギターにドラムの一郎君の声が入ってくる。

 いきなりドラムが歌いだしたことにみんな驚いているが、彼の声変わり期のハスキーボイスがこの歌にあってるんだよな。力強くて。

 身体から湧き上がるリズムを抑えようがない。

 どうしよう。どうしたんだろ。

 湧き上がる衝動をどうしたらいいんだ。

 そうだ、思いっきり歌ってみよう。

 錆部分ではみんながコーラスで応援している。

 まだまだ。もっともっと。あきらめるな。ねだるな。勝ち取れ。

 疾走感を持ったギターのまま曲は終わっていく。


 拍手と声援が上がっていく。

 このままだとすぐにファンクラブでもできそうな勢いだな。

 大きなお友達は少し下がってね。

 そうそう、できればドアの向こうまで。


「次の曲が最後になります。あ、そうそう。さっき出ていたドロップと私たちブレーメン、そして私の兄のバンドWitchのデビューアルバムが9/1にグースレーベルから発売されます。気に入っていただけたらぜひお買い求めください。それでは最後の曲です。『Endless possibilities(可能性は無限に)』。」

 この曲はバラードだ。

 保奈美ちゃんと次郎君が掛け合いながら歌っていく。バービースタイルな曲だ。

 ねえ、将来どんなことしたい?

 まだきめてないよ。

 でもお父さんとお母さんはそろそろ決めなきゃいけないって。

 そんなこといわれてもねぇ。

 サックスがうまく絡み合っていく。


 この歌は実際に次郎君のうちでやり取りされた会話だそうだ。

 だからかちょっとユーモラスで拗ねている次郎君の気持ちが伝わってくる。

 その気持ちを隠さずに歌にしている。

 中学生が中学生の時にしか歌えない歌かもしれない。

 歌詞を書く時のアドバイスを求められて、「気持ちを全部書いちゃえ。そのあとで言葉を削っていけばいい。」と答えたのをそのまま実践したんだそうだ。

 保奈美ちゃんはこの歌では彼女兼お母さん役だね。


 やがて曲が終わり次郎君の悩みは尽きないってところで終わるんだよね。

 終わった瞬間歓声が上がった。

 曲も歌い方も中学生ならではの可愛らしさが出ていたのだろう。

 女性からの歓声が大きい。次郎君はファンをつかんだようだ。

 一郎君は…今後に期待しよう。


 みんなはステージから降りてきて美香は俺に抱き着いてきた。

「怖かったよ~。」

 と、おどけながらも泣いていた。

 そりゃそうだよな。よく頑張ったよ。

 俺たちはみんなの頭をなでて褒めてやった。


 さて、次は俺らの番だな。

 う~ん。ちょっと曲の構成を変えようか。

 初めの3曲ほどはアコースティックで行くか。

 初めの一曲目は俺と義男だけでやってみよう。

 2曲目にウッドベースで翼が入って

 3曲目でホーンセクションが入る。

 4曲目から前回走行だ。


 20時になった。俺たちのステージが始まる。

 義男がカホンをもって、俺はブルースハープだけだ。

 よし、こいつらを俺たちの世界に引き込んでやる。


 義男がカホンを叩き出した。俺がブルースハープでメロディを奏でだす。

 いきなり変則的なスタイルで始まったステージを観客は食い入るように見ている。

 俺が歌いだす。サビの部分では義男と俺のハーモニーが重なる。


 俺は『Outrage(怒り)』怒りを抑えながら歌った。

 2曲目になってウッドベースを抱えて翼が出てきた。

 俺はガットギターを持った。


 2曲目は翼の歌で『strange day(奇妙な日々)』。

 これは俺と出会ってから毎日毎日いろいろ起こる奇妙な日を歌詞にしたそうだ。

 ある日俺は力持ちになったんだ。

 ある日俺は空を飛べるようになってたんだ。

 どうだ?信じるかい?

 こんな奇妙な日々があることを…。


 熱唱してるな…。

 ひょっとしてストレスたまってた?


 ある日俺は金持ちになってた。

 ある日俺は頭がよくなってた。

 どうだ?信じるかい?


 うん…ストレスだったんだね。


 3曲目はホーンセクションが入ってしおりの歌『Flower(花)』が始まった。

 こそっとキーボードもスタンバイ。

 俺たちも途中からエレキギターに変えた。

 そしてホーンセクションのさびで、カホンを叩いていた義男がドラムに座りなおした。

 よし、ここからは全開だ。


 俺たちは全10曲を息つく暇もなく走りとおした。

 全員ボーカルを取って、最後はメンバー紹介の歌だ。

 俺の仲間だ。称えてくれ。

 俺の仲間だ。褒めてくれ。

 みんな今日を目に耳に焼き付けておけ。

 次会うときはもっと進化してるだろうから。


 最後に一言

「Witchでした。」

 と短く〆た。


 演奏が終わって、ステージを下りても、客席から声も音も聞こえない。

 やがて客席に光が戻った時にようやくがやがやと話をしだした。


 あれ?外したかな?


 美智さんは満面の笑顔だ。

「おめでとう。君はあの客席にいるお客さんを全員黙らせてしまった。特にあのバンドの連中見てみてよ。呆然としてるよ。呆然と。あんなのでもついこの前までここでメイン張ってた連中なんだけどね。さすがに歌も演奏も自分たちがいかに下手かというのを思い知ってるんだよ、あの表情。これで奮起して頑張るか、しょげてつぶれるかはあいつら次第だね。」

 おぉ。成功してたんだね。よかった。


「お兄ちゃんすごかったよ。途中から鳥肌が止まらなくなってた。」

 と美香が言い、その横でブレーメンのメンバーが目をキラキラさせながらうんうんとうなずいていた。

「おお、ありがとう。客席がシーンとしてたんで外したかと思ったよ。」

 と笑って言うと横から

「そんなこと絶対ありません。私たちも鳥肌立ちましたもん。今日はすごい日だ。すごいことに出会ったんだって感動してたんです。」

 と、真子さんが言ってくれた。

 よしよし。身内受けでもOKだ。俺たちは客が鎮まるまで楽屋から出れない。

 どんどん熱が上がってるようだ。

 仕方がないな。

 俺は美智さんに言ってマイクを一つ渡してもらった。ステージに出ずに袖からブルースハープだけでブルースを奏でだした。

 みんながまたシーンと聞きだした時を見計らってみんなには店から出て行ってもらった。

 俺はみんなが退出したのを見て、演奏を終えて、すぐに店を後にした。


 ふ~。ようやく帰れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る