-09.値段交渉

 俺はあたりを見回して、一つの打掛衣装が目についた。これは…。

 俺はその打掛衣装まで移動して、その小売価格を見た。

 店主も俺についてきて俺が何を見ているのかを察して声をかけた。


「それは当店で一番高額の商品になります。販売価格で一億五千万円です。」

 俺はそれから目を離さずの店主に話しかけた。

「う~ん。私の見立てではこのままでは3,000万円程になっていますね。どうやら襟口と袖口、それにすそにもほつれと修繕跡があるようですね。」

 と俺は言った。

「先ほど店主がおっしゃった金額はこのままの状態の金額ですか?」

 と俺が聞いたものだから、店主は慌てた。

「ど…どこがほつれているのです?妙な言いがかりはつけないでもらいたい。」


「言いがかりではありませんよ。私は触りませんから店主がご自分で私が言う個所を見てください。まず右袖の下側ですね。少し焦げたところを修復した後があると思います。全体的に黄ばんでるのでごまかされたのかもしれませんが、元の持ち主が袖を焼いてしまったのでしょう。それと裾は何かに引っ掛けたのでしょうね。擦り傷と引き裂いた後を修繕しているようです。それと襟元には汗染みで大分退色しています。どうですか。確認できましたか?」

 と俺は言った。

 それぞれを確認して確かにそこに言われた補修跡や黄ばみが見て取れた。


「これを玉田さんのところで洗浄補修してもらうとしたら、いくらぐらいになるんでしょうか?」

「そうですね。さっきの計算で行くと洗浄・補修に一億。販売価格でざっと2億5,000万円ほどになるかと思います。」

 そう言われた店長は確かにこの時代の打掛衣装が新品同様まで復活できればそれぐらいの価値は出ると考えに至ったようだ。

「た…確かに。それぐらいの価値はあると思います。先ほどはプロとしてなど申しまして恥ずかしい次第です。この打掛衣装も洗浄補修をお願いしたいのですがいかがでしょうか。」

 俺はにっこり笑って答えた。


「もちろんいいですよ。それでは物を引き取るときに現在価格と洗浄後価格をこちらが算出し、その差額の半額を請求させてもらうということでよろしいのでしょうか?」

「はい。それで結構ですので、これからも洗浄補修をよろしくお願いいたします。」

 と無事に解決を見た。


「それではどれぐらいの数量になりそうですか?」

 店主は申し訳なさそうに答えた。

「月に2,000着ほどになりそうなんですが、できますでしょうか?」

 さすがにこの量はさばききれないな。みんなに鑑定を学んでもらっても無理だろう。

 洗浄修復は一発で終わるからいいんだけど、それぞれの評価が必要になる。そうしなければ俺の方が損をして呉服屋がただもうけになってしまう。


「その量はちょっと無理ですね。10日ごとに500着を月に3回なら、何とか受けることができると思います。」

「それで結構です。もうかなりの呉服屋さんにここでの洗浄修復のことがばれてしまって、引っ切り無しに問い合わせが来ている状態なんです。」

「わかりました。そしたら、納入場所をうちの蔵ではなくてうちの会社のマンションに変更してもらえますか?ここからも近いですしね。」

 そう言って呉竹タワーマンションの3401号室を納入場所とした。


「納入場所は3401号室ですが、会社は3501号室なんです。届けるときにはそこに電話してもらえれば受け取りに下まで降りてきます。で、そのまま部屋に運び込んでもらって、現品と状況の確認をしてから納品としてください。万が一取り違えがあってもいけませんから。その上で査定金額に了承を得たうえで、洗浄補修にかかるようにします。そして10日後の次の納品の際に前回分はすべて引き取ってください。これも一つずつ検品していただきたいのですが、おそらく無理でしょうね。何とか検品の人員だけでも増員していただけませんか?こちらはその確認要員だけで済みますが、そちらは受け取りなのでちゃんと直ってるかの確認が必要ですよね。それかもっと数を減らすかですが…。」

 500着をその場で確認するなど現実問題では不可能だ。

 こっちはすぐできるけどね。


「もしくはいったん引き取っていただいて、その上でその二日後までに検品していただいて、もし洗浄修復ができていないものがあれば、すぐに対応いたします。これでどうでしょうか?」

「はい出来ましたらそちらでお願いします。」


「それで着物はどんな形でこちらに納品されますか?すべて着物袋に入った状態でしょうか?」

「はい。そうですね。着物保管袋に入ったものと着物そのままのものもあると思います。」

「それでしたら、それらも新しくしておいた方がいいですよね。呉竹呉服店さんで納入している着物保管袋の業者をご紹介いただけませんか?表に修繕・洗浄済みと印刷して、日付を入れられるような保管袋をオーダーしようと考えています。それでこちらから納品するということでどうでしょうか?」

「それはいいですね。はい。そのようにお願いします。」

「あとはそれぞれの着物に修繕の際に通しナンバーをつけていきたいと考えています。写真を撮って残しておくためにです。これは修繕したのにしていないとかいわゆるクレーム対応のためのものですね。このナンバーで私どもは管理していきます。そちらの伝票番号は何桁ですか?白紙を一枚いただけますか?…ありがとうございます。これがどこかに記入できるようにこちらの伝票も作るようにしますね。」

 俺は事務的なことも思いつくままに話をした。これで双方の受け取りはうまくいくだろう。売り上げも月に一億ほどになるかもしれない。


「それではありがとうございました。次の納入は20日その次は30日ということでよろしいですか?」

「はい。10日20日30日の3回ですね。2月は月末ということで。」

「はい。それで、その洗浄補修費の支払いはいつごろになりますか?」

「それぞれ翌々月末ということでどうでしょうか?こちらが先方に返して洗浄費用を支払っていただき、そこから、そちらにお支払いするということになりますので。」

 …鑑定してみたが、この店主なら何とか信用できるだろう。老舗が裏切るようなこともできないだろうしね。

「それで結構です。ただ、それだと先ほどの話とは別に呉竹呉服店さんが手数料を取るところがないですね。」

「いえ、それはこちらから洗浄手数料として載せたうえで、支払ってもらいますのでご安心ください。」

 なるほど仲介手数料は別料金として取る予定か。

「わかりました。着物などはご存じの通り、景気に左右されて値が変動してしまいます。私どもの算出は鑑定したその時の金額なのであしからずご了承ください。また、それらの注意点は伝票に記載しておきますね。」

 俺はそう言って、払ってくれた5,000万円がはいった紙袋をもってかあさんと一緒に店を出た。


「すごいねのりちゃん。いっぱしの営業マンみたいだったよ。」

「同じ知識が母さんにもあるんだから、母さんでも交渉できたと思うけどね。それより印刷屋に伝票を作ってもらえるように話さないといけないな。まずは原案を作るのが先だな。」

 と俺たちは会社に戻りかけたが、一つ思い出して、母さんについてきてもらって駅ビルとして入っているホテルのスポーツジムに契約に向かった。


 駅の改札前広場から大きな階段が伸びている。

 そこがステーションホテル呉竹だ。

 そのロビーは3階にある。

 1階2階はスポーツジムだ。

 まず3階の受付に向かった。

 そこでスポーツジムと会社契約をしたいと申し出ると、専門の人を呼んで、ホテルのロビーで話をした。


「当スポーツジムと会社でご契約したいとのお申し出、誠にありがとうございます。当スポーツジムの責任者の鳳でございます。」

 と名刺を出してきたので俺もマジカル・ワールドの名刺を出した。

 施設責任者 鳳大輔。…思わず笑いそうになった。一字違いか。


「当スポーツジムは50mプールとアスレチックジムが併設されておりまして1Fはプール、2Fは外周をランニングコース、その内側が各種トレーニング機器を取り揃えております。」

 俺たちはパンフレットを見ながら説明を聞いていた。

 う~ん。トレーニング機器はともかくランニングコースとプールはいいよね。

 ここなら安全にジョギングできるだろうし…。


「で、いくらぐらいかかりますか?社員は全部で20名ほどですね。」

「それでしたら、こちらのコースになります。」

 と料金表を見せてきた。

 10名以下、20名以下、30名以下、50名以下、100名以下と続きその上は1,000名まで基準としてある。


 …そんなにここに通ったらすし詰め状態で走れないし泳げないだろうに。


 俺は20名以下のコースのところを見た。

 そこには会社の費用と社員一人ずつが払う費用が書かれていた。

 入会金は別に100万円か。月に20万円づつ会社が払って、社員一人が1万円払うのか。会社の負担を30万円にすると社員が払わなければいけない負担金は0円となっているようだ。


「この20名以下で、社員の負担金なしのコースでお願いしたいんですが。」

「わかりました。それでは入会金100万円、月々の会社の負担金が30万円の一年間前払いとなりますので、460万円となります。」

「わかりました。それではさっそく振り込みますので、契約書をお願いします。」

 そう言うと責任者は即決するとは思わなかったのだろう。

 慌ててそれら契約書類を取りに走った。


「そんなにすぐ決めてよかったの?」

 と母さんが言う。

「ここが会社から一番近いしみんなが通いやすいだろうからね。それに、みんな体は動かしたいだろうし。外を朝や夜走ってて襲われるなんてことがあっても嫌だしね。」

 俺はそう答えた。

 まもなく責任者の鳳さんが契約書と会員証を携えて戻ってきた。


「こちらにご記入いただいて、こちらが当ジムの会員証になっております。会員の皆様一人一人がお持ちいただけるとご利用いただけるようになっております。」

 俺は記入して仮の会員証を受け取った。

 どうやらちゃんとした会員証は写真入りのものを別に作ってくれるらしい。初回に来た時に写真を撮る旨伝えておくように言われた。

 俺はその場でジムに送金して支払いを終えた。

 来年からは会社からの引き落としになるだろう。

「本日はご契約ありがとうございました。」

 と俺たちは見送られて、ホテルから出た。


 昼ごはん時ではあるが、一度会社に戻ることにした。

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