女だってね、好きな人に守ってもらいたいのさ
きょうじゅ
【起】マタンゴ
「あたし、キノコ人間なの」と私は言った。いや、言ったというか、
「ちょっと画像検索してみて? キノコ人間で」
と、メッセージを送って私はクスリと笑う。自分でも、もう何百何千回やった仕草か知れないが、“キノコ人間”とウィンドウに入れてエンターを押す。古い特撮の、控えめに言ってもあんまり愛らしいとは言えない、というかグロテスクな画像がいっぱい出る。うふふ。こんな子(?)相手に、たとえ15歳から17歳までの少女(そういうカテゴリ設定でアカウント登録をしているのだ)だからって、男女交際は普通、ごめんこうむるよねぇ。
「キノコ人間って、どういうこと?」
と、画像検索はしたんだかしないんだか、相手は単刀直入に訊いてきた。
「こういうこと」
私はメッセージに添えて画像を送る。自分のあたま。つむじの部分に、ベニテングダケのようにカラフルな、キノコてきなものが生えている。
「色薄くて綺麗な髪だね。パーマかけてるの? それとも天パ?」
今度はなんだか見当違いなことを訊いてきた。
「天パ」
「そりゃ大変だ。学校で教師に文句言われたりするでしょ」
「中学校まではそうだったけど。もう学校、行ってないから」
「なんで?」
なんでって。
「なんでって……あたし、キノコ人間なんだよ。学校なんか通えるわけないじゃん」
「そうなの?」
「気持ち悪いでしょ」
「ん?」
「キノコ人間なんて気持ち悪いでしょ?」
「べつに」
うそ。
「嘘。みんな気持ち悪いって言うよ。あたしもそれ確かめたくて、出会い系やってんの。みんなが気持ち悪いって思うなら、外出たくないし」
「出ないの?」
「ずっと家に籠ってる。ご飯だけは家政婦さんが作りに来てくれるから」
あんまりおいしくないけどね。
「ふーん。それより、顔も見せてよ」
「……本気で言ってるの? まあいいけど……」
仕方ないから、送った。ばっちり頭の上のキノコが分かるアングル、悪い顔色、目のクマ、痩せた頬。
「可愛いじゃない」
「うそ」
「嘘じゃないよ。本名教えて?」
「高野珠美が本名」
これは本当。
「本名で出会い系やってるの?」
「だから、出会いがしたくてやってんじゃないってば」
これも本当。
「でも、僕と出会った」
なんだ、この男。
「え……えー?」
「とりあえずデートしない?」
口説かれている。口説かれているぞ、あたしキノコ人間なのに。
「外出たくない」
「じゃあ、LINEのトモダチから始めよう」
「……こっちまだ顔も見せてもらってないんだけど」
「いま送る」
で、送られてきた。ただの人間で、普通に素顔だったけど……えーと……正直に言おう。悪くないなー、こんな彼氏って悪くないなー、と正直に言えばそう思った。だけど。
「……ごめんなさい」
「お気に召さなかった?」
「ううん。そういうことじゃなくて……だって、やっぱりあたし、キノコ人間だから。彼氏作るとか、考えられないし」
「そっか。もし気が変わったら、また連絡してね」
「ううん。しないと思う」
「でも待ってる。それじゃ」
それから数時間。私は何をするでもなく、ベッドの上でごろごろ悶々として過ごした。夕方、いつもの家政婦が夕食を作っていった。まったく味を感じないそれを食べて、また悶々とする。
とっぷり夜も更けた頃。
私はがば、と跳ね起きた。スマホに手を伸ばす。LINE。
「起きてる?」
はね返るようにして返事は来た。
「起きてるよ」
「気が変わったわ。今から来れる?」
「えっ? 来れるって、どこへ」
「T京都S谷区D坂、2-3-7。あたしの家。あたし一人」
「……今からだと車で二時間かかるけど。それでよければ」
「うん。待ってる」
それから。
彼の方が躊躇した。自分を大切にしなよなんて、知ったような口を利いて。
彼の方が逡巡した。君を大切にしたいなんて、月並みな道理を言って。
彼の方が遠慮した。そんなつもりじゃないなんて、浅くて薄い体裁を繕って。
それでも、私は押し切った。
彼は私を抱いた。優しかった。
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