驚異的な馴れ初め

春嵐

第1話

 学校では、いじめられて育った。


 たいしたことはされていない。いじめられたのも、自分がいちばん強かったから。


 弱い人間から攻撃されるわけで、それは仕方のないことだった。生物的な本能にしたがっているわけだし。


 どちらかというと、生物的な本能を否定し理性だけで、いじめは良くない、いじめてはいけない、を繰り返し言い続ける大人のほうが問題だし、憐れだった。


 残念なことに、大人よりも強くなかった。女だし。生育は男よりも早かったけど、それでも搦め手を使わないと上回れない。


 しかたないので、なんとかして搦め手から攻めた。教員は半分に減り、いじめも自分以外は対象にならなくなった。


 平和な世界。良い学校。


 気分がよかった。いじめられていること自体は、本当にどうでもいい。


 参考にいじめをテーマにした小説や漫画をかなり読んだけど、結局いちばん資料として使えたのは、二十年以上連載されている王道漫画だけだった。

 親が、それを読んで育つ。そうすると、その漫画を前提とした倫理観を子供に押し付ける。そして、反発した子供が漫画と真逆の価値観を身に付けていく。分かりやすくて、助かった。


 そして、その日。出会った。


 その日も一日、うまくコントロールされたいじめを適当にあしらって、夕陽を見るために河原まで歩いていた。


 平和な学校と平和な生活を作り出し、一日の最後に暮れゆく夕陽を見るのが、好きだった。


 自分の人生と、夕陽を、重ねて見る。


 にじんで、いい感じ。


「やばいやつがいるな」


 後ろから、声をかけられた。


「いじめられてると思ったら、おまえ、学校の人間全員をいじめてんのか。こわいなあ」


「あなたは」


「アドバイザーだけど。いじめ対策の」


 そこそこ整った顔。眼鏡。痩せた身体。


「ほら。そこ。それが子供の動きじゃない」


「なにが」


「いま俺の身体を見て、勝てるかどうか計算してただろ」


 たしかに、計算した。身体のほうは問題ないが、さっきの言葉が気にかかる。


「私が、学校のみんなをいじめてるって、どういうこと?」


「言葉のまんまだよ」


 アドバイザーを名乗る男。煙草を取り出して、火をかけずに咥えている。


「人ってのはな、自分の目的や快楽のためにはどうでもいいぐらいにばかになれるもんだ」


「知ってる」


 いじめられてるし。


「おまえは、自分の考える理想の生活のために、他者の本能や理性を否定してコントロールしている」


「何言ってるか分からない」


「いやお前は、分かってる」


 煙草。火はつけないのか。


「コントロールされた動物の規則的な動きを眺めて楽しみ、そして一日の終わりに夕陽を見て黄昏れる。いじめっこの最終形態みたいなやつだ」


「そう、かもね。動物園の飼育員にでもなろうかしら」


「無理だな」


「なんで」


「このままだと、おまえは、人を殺して逮捕されるからだ」


「なんでよ」


 今度は、本気で、意味が分からない。


「意味が分からないって顔してるな。じゃあおまえ、教員や生徒に襲われたとき、どうする」


「情況による」


「相手は刃物、というかペンとかで武装をしていて、複数人。右、左、そして後ろから殴りかかってくる」


「あ、それじゃ」


 殺す、かもしれない。複数人を同時に対処するのは無理なので、まず利き手である左の側の人間を制圧してペンを奪い、後ろの人間を刺す。そして、刺したペンを抜いて噴き出した血で残りの人間を怯ませて、逃げるか一人ずつ対処するか。


「ほら。おまえは今、対処法をあらかた思いついただろ。そして、それは実行可能で充分有効な対策なんだろう」


「だから、なんなの」


「起こるぜ、それは」


「起こるわけないわ」


 完全にコントロールしてるから。校長ですら、思いのまま。


「起こるんだ。それが人間という生き物なんだ」


 彼の目を見た。嘘は言っていない。


「ほら。おまえは今、俺の目を見て瞳孔の開き具合で真偽を確かめた。そういうことが自然とできている」


「だから何。それとこれとは」


「コントロールされた側は、わずかな破綻で暴走する。それは分かるだろう。しかも、起こるのは攻撃的反応だ。なぜだか、考えてみろ」


 攻撃的反応の出どころ。


「毎日、攻撃に、晒されてるから?」


「正解。お前のコントロールは完璧すぎる。攻撃ではないが、攻撃だ。支配するという目的がある」


 言われれば言われるほど、この男の言葉が正しい。


「じゃあ、このままだと」


「お前はふとしたところで襲われ、それを対処して人を殺す。おそらく、気象性ストレスか何かが引き金になるだろう。いくらお前でも、天気は変えられない」


「うわあ」


 参ったな。


「もうコントロールしまくってて、今更変えられないよお」


「転校するしかないな」


 転校。


「ラッキーなことに、お前はいじめられているという確たる証拠がある。まあ、本当はお前が全校生徒をいじめてるわけだけど。それを逆手にとって、俺がおまえを転校させる」


「親になんて言おうかな」


「あ?」


「言ってないの。いじめられてるって」


「そうなのか。もしかして、普通の親か?」


「普通も普通。地元の学校で育って地元で就職して地元で結婚して、地元のマンションに住んでるわよ」


「いや、でもお前、血が」


「あ、よく分かるわね。半分外国籍。地方あるあるの、キャバクラ結婚よ」


「お前いま初めて、嘘言ったな」


 ばれるのが早い。


「おまえの口から言ったほうが、罪の意識が少ないぞ」


「はあ」


 嘘もつけないとは。


「たぶん父親とは血が繋がってない。母親がどこかで外国人と子作りでもしたんじゃない。よかったわよアジア系で。パッと見では分からないから」


「コンプレックスか」


「ええ。不義の子だし、最悪なことに夫婦仲は最高にいいのよ。私の下には正真正銘のふたりの子供がいる。弟と妹。3才と5才」


「だから、自分を隠すために、他者をコントロールする必要があるわけだ」


「遺伝子に感謝ね」


「調べたんだろ」


「もう。なんでもお見通しなの。そうよ。調べたわよ。遺伝子的な特異体質。異常に高いEQよ」


「だから、コミュニケーションに関連する学問は最強で、算数とかは絶望的、と」


「その通り。社会もだめだとは思わなかったけど」


「小学校の社会は暗記作業だからな。社会そのものの勉強ではない」


「はあ。さらば、我が愛しの動物園」


「刑務所よりはましだろ」


「良くて逆送でしょ。いじめられてるわけだし」


「そこは甘いな。社会経験が少なすぎる」


「なによ大人ぶって」


「お前みたいなのは裁判官に一発で見抜かれて実名報道されてアウトだ。お前、熟練の裁判官や検察官に勝てる自信あんのか?」


 無い。というか、絶対に勝てない。自分は学校ひとつコントロールする程度だけど、彼らは国ひとつを丸ごとコントロールしている。


「ねえ」


「うん?」


「わたし、やっぱりしぬべきだよね」


「一般社会的には、そうだろうな。その高すぎる能力は、社会にそぐわない。社会貢献のためのIQが備わっているわけでもない」


「しにたいのは、まあ、あるんだけどさ。しにたくないんだよね」


「だから夕陽を眺めてるんだろ」


「え?」


「あ、そこは考えたことがないのか」


「うん。しにたくなるのは人間本来のものだと思ってた」


「教えてやる。一定以上の特異な能力を持つ人間は、自分のしにかたを意味あるものにしたがるんだ」


 男。咥えていた煙草を、口から離す。


「俺のこれも、意味あるものだ。俺はニコチンに対して異常に耐性が低いらしくてな。煙草に火をつけて1本吸うと、間違いなく死ぬ」


 男の手から煙草を奪った。


 その行動に、自分自身がいちばんびっくりした。


「おまえ、いいやつだな」


「え、あ」


「俺に死んでほしくなくて、咄嗟に煙草奪っただろ」


「いや、まあ、死なれたら転校ができなくなるし」


「それは後付けの理由だ。お前は案外、良いやつだ。最終的ないじめの対象を自分に集約してるのも、それがいちばん、誰も傷つかないからだろう」


 言い返せない。


「そして、夕陽を見るのは、ああいう死にかたをしたいと思っているからだ。綺麗に、そして、しっかりと、死ぬ。そしてわずかな赤さだけを残して、夜が来る」


「そう、かも、しれない」


「もう、分かってるな」


「わたし、転校、無理じゃん。少なくとも学校というフォーマットで、生きていくのが。ううん違う。組織というフォーマットで生きていくことが、できない」


「そうだ。もう手遅れだ。普通にいじめられている人間よりも、はるかに酷い。やつらはいじめられても生きていけるが、おまえにはもう社会で生きる場所がない」


「しぬしかないわ」


「無理だ。それもできない。あの夕陽のように死ぬことができないから」


「うわあ八方塞がり。詰んだ」


「大丈夫だ。学校は電子で資格取ればいい。数学と社会なら教えてやる。うまくやれば、海外の大学にでも行けるだろ」


「海外は無理かなあ。英語できないし」


「できないと思っているだけだ。そのEQなら、こつを掴めば何ヵ国語でもいけるようになる」


「だといいけど」


「おまえの人生は詰んでるが、幸いなことにお前はまだ若い。やりなおすことはできないが、軌道を修正して被害を軽減することはできる」


「あなた、いい人ね」


「アドバイザーだからな。いじめから学校を守らなくちゃいかんのだ。仕事だよ、仕事」


 惚れた。


 今まで初めて、人を好きになった。


「やめろ。そんな目で見るな。俺の好みは年上だ」


「じゃあ年上になるわ」


「はあ?」


「年上ってのは、包容力と、安定力よ。年齢は関係ないわ」


「そうかい。小さな子供が何言ってんだか」


「身体は鍛えてるから。3年ぐらいちょうだい」


「3年でもおまえ、結婚できる年齢にならないだろ」



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