1話その7

異世界転生者の勇太ゆうたが元の世界へと辿り着くと転生前に古典の先生であった古沢典良(ふるさわふみよ)を始末しに、彼女の自宅へと向かった。


教員がどのくらいの間仕事をしているかは知らないが、自宅付近にいれば自ずと獲物が近づいてくるだろう。


だが鎧姿は現代では目立つので人目の無いところを通らないといけないので思ったより時間がかかるのだが。


何人かの人物に姿を見られ写真や冷ややかな目を浴びせられることもあったが、大体一時間くらいでようやく古沢の住むマンションへと辿り着いた。


そして勇太がマンションの中へと入ろうとした瞬間


「へいへい待ちんしゃーい!」


男の声が夜の中で響いた。


「誰だ!」


勇太は声のした方向を見たが、街灯が地面を照らす光以外は何もなかった。


だが勇太の背後からは生々しい手が忍び寄っていた。


夜道にホラー映画に出てくるような生々しいものが近づいて来れば、余程の死亡フラグが無ければ誰だって本能的に察知できるであろう。


それがチート能力を行使してきたとはいえ、百戦錬磨の勇王なら尚更当然であろう。


勇太は咄嗟に前方に飛び込んで恐ろしい手から逃れた。


「あーあ、折角の不意打ち外しちゃった」


勇太が立ち上がり振り向いた先には、以前河へと落とした蝙蝠の化け物が残念そうな声を出しながら立っていた。


「貴様…生きていたのか!」


「水落ちは生存フラグの基本だぜ、異世界ゲ美肉留年野郎の清水勇太くん」


「……!何故俺の名前を!」


蝙蝠の化け物こと士から告げられた忌々しい過去に勇太は動揺した。


「うちの後ろ盾の権力が凄まじくてね、隠蔽工作、情報操作、はたまた個人の特定なんて冷チンのようにやってのけるんだよ。自由にやらせてもらってるけど、逆らうなんて出来やしない」


「そうか…お前はその権力者の飼い犬ってわけだな」


「人間も蝙蝠も哺乳類だから犬でも大体合ってる。それにギリシャ神話だとアレスの聖獣は狼らしいしね」


勇太の挑発に士は何食わぬように冗談を言った。


「んで、どうする?俺はマンション前で戦ってもいいけど、夜中にドンパチしたら人がたかって常連犯の俺はともかく素顔晒してるあんたは即指名手配だぜ。何せ手から炎が出せる人の姿をした化け物なんだから」


「化け物…?俺が?」


士の言葉に勇太は疑問に思った。


見るからにして化け物の風貌のものに化け物呼ばわりされたのだから当然である。


「ッハハハ!こんな特大ブーメランは始めてだ!いいぜ最初に戦った河川敷にでも行こうか」


勇太は夜間に響くほどの笑い声を上げると、河川敷のある方向へと歩いていった。


士的には今不意打ちするのもありなのだが、民間人への被害を考えれば人気のないところで戦うのが一番のため、士は勇太に着いて行った。


まぁいつも河川敷で戦っているので、河川敷の施設がボロボロになったり、蝙蝠の化け物に会えるのだと人が集まったりするので、そろそろ新しい場所も考えなければならないと思う今日この頃の士であった。


「なぁ転生者さん、最短ルートで行ってるせいで人に見られるけどいいの?」


「別に構わんよ、なんなら遺言書でも書いたらどうだ?」


「余裕だねぇ、あ、不意打ちする?」


「しなくても結果は変わらん」


とても異様な光景だが、蝙蝠の化け物と鎧姿の男が町中を歩いていた。


夜間でほとんど人はいなかったが、それでも町の人々は現代には似つかない二人をじろじろと見ていた。


「うわぁパネェ!蝙蝠さんじゃん!」


そんな中突如二人の前に化粧の濃いギャル風の女の子が現れた。


青春をゲームに費やした勇太には苦手な人種である。


「蝙蝠さん!エンスタに載せたいから一枚オナシャス!」


「あーはいはいOK OK、おい転生者!お前も一緒に遺影撮るぞ!」


「遺影?マジイェー!」


「イェー!」


この手の対応に慣れているのか、士はギャルとノリノリで会話していた。


その後士とギャルの勢いに負けた勇太は、士と肩を組み合った写真をギャルに撮られてしまった。


「蝙蝠さんサンキュー!マジ卍!遺影イェー!」


ギャルはハイテンションで喜ぶと、そのままダッシュで二人の元から去っていった。


転生してから女性関係は複数あったのだが、あの子だけは嫌だなと勇太は心の底から思った。


その後は人目が気になる以外は何事も無く二人は河川敷へとたどり着いた。


「ようやく着いたな」


「全くだお前を始末したくてウズウズしているよ」


「いやいや、不意打ちしていいって俺言ったよな?まさかゲームスタートって画面に出ないと戦え無いのか?」


「不意打ちなんてしなくても結果は変わらないさ、この生まれながらに持っていたこの最強の鎧と剣の前ではね!」


士の挑発に対し勇太は自身満々に宣言すると鞘から剣を抜こうとした。


勇太が剣に触れたと同時に士は全力疾走で接近した。


だが勇太の抜刀には到底追いつかない距離のため自ら斬られに行っているようなものであった。


しかし勇太が剣を引き抜こうとした瞬間勇太の目の前に驚愕の光景が写り込んだ。


[これ以上武器を装備できません!]


「は?」


勇太はいきなり現れた文章に驚きを隠せなかった。

当然そんな無防備な状態を士は見逃すわけもなく、勢いを殺し勇太の肩に手を当てた。


「よかったよかった、効き目はあったみたいだな、はい一秒経過」


士は安堵しながら話すと、勇太は突如パンツ一丁の姿になった。


「え?え?」


今の自分の状況を飲み込めないのか、勇太は激しく動揺した。


しかし戦闘中の士には情なんて無いので、すぐさま勇太の顔面を全力で殴った。


勇太は後方へと殴り飛ばされ地面を転がっていった。


「ぐっ…うぅ…痛い…」


今まで無敵のチート装備を着けて戦ってきた勇太には転生して初めての感覚であった。


どれだけ死戦を潜り抜けてきても傷つかなかった男が初めて痛みを感じたのだ、何故攻撃が通ったのかなどの疑問よりも初めて感じる新鮮な感覚を味わう方が脳を埋め尽くすであろう。


しかし勝手に感傷に浸ってようと戦いは続いているので、士は寝転がっている勇太に近づくと腹部を何度も踏みつけた。


「あぁぁぁぁ!!!」


顔面の時とは違う痛みが勇太に何度も襲いかかり、思わず叫び声を上げた。


士は勇太が抵抗しなくなったのを確信すると、勇太に馬乗りになり両手で首を絞め始めた。


「…う…あぁっ!!ブラットインフェルノ!」


ちゃんと絞めていなかったのか、はたまたHPの概念の前には急所攻撃すらも無意味だったのかはわからないが、勇太は血眼になりながらも魔法を発動した。


しかし士が魔法が放たれる直前で離れたため、火球は夜空へと消えていった。


「はぁ…はぁ…何がどうなってんだよ…」


剣を持てず、鎧がなくなり、一方的に攻撃される始末。


今までの人生が何もかも余裕だったとは思えない有様である。


「おい転生者さん、俺はHPどんだけ削ったんだ?半分超してたらあともう一回同じことするから教えてくんない?」


士は馴れ馴れしく話すが、戦闘体制は解いてはいなかった。


勇太はなんとなくだが、士の全身から冷たい圧を感じた。


緊張感や殺意、色々な要素が混ざった見えない冷気は勇太が転生して初めて恐怖を感じ取ったほどであった。


さらには装備を使用不可にする未知の能力や格闘センスに容赦の無さ、さらには一割ほどとはいえ一瞬のうちに減ったHP。魔王ですらも余裕で倒した自分より強いと証明できる事がいくつもある。


自分は殺されるかもしれない。今まで一度も思ったことのない感情が頭の中にべったりと張り付いた。


「お…おい!何をしたのかくらい教えろよ!」


勇太は震え声だが、勇気を振り絞り士へと声を上げた。


「は?俺はHPはこと聞いてんのに質問を質問で返されなきゃいけないんだよ!」


「じょ…情報交換だ!いいだろ?」


軽々しく話す士と怯えてながら話す勇太、素人が見ても一目瞭然なほどの対照的な状態である。


「え…ん〜わかった、高校を一学期から留年するような清水勇太君には理解できるかはわからないけど、俺の能力は…」


「能力は…」


勇太はほんの少しだが脳裏に光明が見えた。いつもなら「まんまと口車に乗ってくれたぜ」とか思ってそうだが今はそんな余裕は無かった。


「さぁ教えてくれ、お前の能力を…!」


勇太は恐怖を抑え込み必死な眼差しで士を見つめた。


「俺の能力は、片手で触れたものの単位を1s《セコンド》=《イコール》1x《エックス》で下げることができる。ちなみxは好きな単位ね」


「……は?」


セコンド?X?こいつは何を言っているんだ?


青春をゲームに費やし授業なんて一切聞いていなかった勇太には士の言ったことが理解できなかった。




士が悪意のあるような説明の仕方をしたため解説すると。


士が一秒触れたものは温度が一度下がったり、身長が1m下がったりなどすることが可能なのである。


ただ元に戻す事は可能でも上昇させることは不可能であり、1より小さい小数点の数字は下げることはできない。


今回士が下げたのは装備できる個数である。


普段は物の個数や次元など一撃必殺になるような単位には干渉できないが、今回はゲームの世界そのものが敵であるため、キャラクターのプログラムそのものに干渉することが可能なのであった。


つまり異世界転生者、清水勇太はこれから武器も防具も装備できない、素手かつパンツ一丁の相撲取りの方がまわしの大きさでまだ服を着ている状態のまま生活をし異世界にいるヒロイン達の相手をしなければならない。


異世界転生者が大切にしているチート能力に一生頼ることのできないまま。




「はい!俺は能力言いました!というわけで俺の質問に答えろ!HPどんだけ残ってる?」


「へ?え、大体九割…」


「よし十回コースだ」


勇太は戸惑いながらも質問に答えると、士から今まで以上の冷たい圧を感じた。


それは冬の訪れを訴えてくるような身も心も凍ってしまいそうな冷たい圧が。


それと同時に士は勇太へと一気に間合いを詰めて来た。


不意を疲れたのか、恐怖で反応が遅れたのかは定かではないが勇太は隙を見せてしまっていた。


勇太が気づいた頃には下半身から激痛が走っていた。


骨が響くような痛みでも、腹から口へと流れる痛みでもない、何か大切な場所から強烈な電流を流されているような感覚が勇太に襲いかかった。


戦闘とは激しいものだが冷静差を欠かしてはいけない。何をすべきか何が勝利かを忘れてはいけない。


失敗した金的のリベンジをするのも忘れてはいけない、今一番使えるであろう最強の武器を奪わなくてはならない、そしてゲームが相手となればわずかにでも相手に希望を残してはいけない。

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