1話その6
「おはようございます…」
昨日の元気が嘘のような静かな声で真侍は挨拶をした。まぁ部屋には誰もいないのだが。
しばらくすると体が大きく無表情なまるでサイボーグのような男が入って来た。
彼の名前は切矢宙、動画広告編集課のアルバイトもとい異世界犯罪対策課の一人である。
彼は来て早々ロッカーから立札を取り出し空いた席に置いた。
立札には可愛いく胸の大きい女の子のイラストと共に[別件]と書かれていた。
その後、宙は黙々とパソコンを操作し始めた。
真侍は別件や異世界犯罪対策課について聞きたかったのだが、宙の体格と表情が寄せつけ難い雰囲気を出しているため、声をかけにくかった。
「順調に進んでいます…?」
「はい、ほとんどできているのでチェックお願いしていいですか」
「あっはい」
今日の二人の会話はこれだけだった。
日曜のお昼過ぎ、社会人から学生、さらには家族連れまで休日を堪能するため外食をする人々が多くいるだろう。
しかし、毎週そんなことをしてしまえば家計に大きく響くため自宅で食事を取るものもいるだろう。
しかし、こともあろうか自由と青春の絶頂期である大学生、さらに男女二人っきりという最高のシチュエーションであるにもかかわらず、豪華じゃなくともファミリーレストランなどの外食でもなく、二人で手を繋ぎながら食べ歩きをするのでもなく、会社の個室で大量の資料と向き合っているのであった。
いつもはちゃらけている士の左目は真剣な眼差しになっており、普段から鋭い目つきの彩愛の目つきはより威圧的に見えた。
「ふぅ〜なるほどなぁ〜あのユータとか言う異世界転生者のいる異世界はゲームの世界をまんまコピーした世界ってことね。ゲームはデータの塊だから体温や抗力の概念なんてある訳無いから能力効かなかったのね、納得」
「この清水勇太ってやつ、まさか留年した腹いせに自分のいた学校の先生を何人も殺したっていうの!?最低差加減ならあんたと同レベルじゃない!」
「てかゆうたって俺の好きな漫画のキャラと同じ名前しやがって…もう太郎でいいだろ!ちょうど名前に太って入ってるし!」
士の彩愛は資料から目を話すとお互いに声を上げた。
士は真侍の自宅のあるマンションのエレベーターに入っている途中[姫王 ソフィア・セイント]とネットで検索してみた。
すると[キングダムオンラインⅡ]というアプリが検索結果に出てきた。
士はキングダムオンラインⅡのことについて調べるように彩愛に頼んでいたのだ。
そして午前中、士は街亜高校で自殺した人間について、彩愛はキングダムオンラインⅡについて調べており、二人はそれぞれの資料を見ているのだ。
「自殺したんも二年前だったからな、お陰でかなり調べやすかった。異世界とこっちじゃ時間の流れは違うしあの異世界転生バビ肉ゲーム野郎の年を生前と合わせると案外おっさんかもな。とりあえず社長には二年前に街亜高校で五教科の授業をしていた先生たちを優先して守るように頼んでおいた」
「それにしても今回の転生者は結構なクズね…士の推理が正しいなら、ゲーム依存者が勉強しないからゲームを取り上げられて、留年したので取り上げ続行、そんで自殺って絶対学校で笑い話にされてるわよ」
「そんなこと言うな、俺だってこの世界に全学生の叡智と努力のチート能力、カンニングが無ければ同じ目に合ってたかもしれないんだぞ!まあ中学から一人暮らしだから取り上げる相手はいないんだけどな…」
「えっ?あんた今まで何回カンニングしたのよ?」
「彩愛は呼吸した回数を数えているか?」
クズにチート能力を与えてはいけない、転生者にしても士にしても、彩愛は深々と思った。
「でもどうしよ、動機は知ったけどあいつを倒す方法がまるでわからないんだよな、顔面はともかく金玉も頑丈ってありえないだろ」
「金的には触れないでおくけど、無茶苦茶頑丈な理由はこれよ」
彩愛はそう言うと資料を一枚士に見せた。
それには先日戦った異世界転生者、清水勇太が装備していた物と全く同じ見た目の鎧と武器、そしてそこにはテストプレイ用装備と書かれていた。
「Ⅱもそうだけど旧アプリキングダムオンラインは十人で協力しながら戦うゲームらしくて、姫王ソフィアは足りない人数を補うNPCの中でも最強のヒロインキャラ、でも一々敵が正常に動いているかどうかなんて十人も人を割いてやるのは非効率的、だからその時のためにこのテストプレイ用装備を使うのよ。ちなみにこのテストプレイ用装備のステータスは旧アプリ内最強装備の十倍らしいわ」
「十倍かぁ…でも十倍金玉が硬くても所詮は金玉だろ?金玉になんの影響も無いのはおかしいだろ?」
「次金玉って言ったら殺す、それは多分防御力っていうのは全身均一に固定されてるからじゃない?だから多分だけど眼球どころか体内から攻撃しても同じ硬さだと思う」
種が分かっても仕掛けを解かなければ勝ち目はない、異世界転生者を相手にするにあたって一番面倒なところである。
チート能力と称された強力無慈悲な力を持つ相手に諦めそうになることも多々ある。
しかしそれでもやらなければならない、それが自分達が決めた仕事なのだから。
「なるほどな…でもマジでどうやって倒そうか…野球拳でもして装備を脱がした後にサクッとやれたらいいんだけどな…」
「え?そんなのあんたなら簡単じゃない」
深々と考えている士に対し彩愛は素っ頓狂な返事をした。
「え?マジで?」
士は不意を疲れたように間抜けな声を出した。
「単純な破壊力が通用しないなら切矢さんは厳しいし、私が戦えば被害は凄いことになる。でも相手がどれだけ強くてもデータの塊なら士の能力ほどの天敵はいないわ、むしろ改造という本来のチートを見せることができる」
「え?ん…あー!そういうことね!あーでもちょっと懸念があるな」
「ん?どこよ?」
「まずゲームの世界の住人相手にするのが初めてだ、本当に効かないなんて可能性もあり得る。そんでもう一個は…」
「もう一個は?」
「俺プログラミング全然わからん」
彩愛は資料を包状に丸めると士の頭を叩いた。
その後、士は彩愛にプログラミングをスパルタたが教えてもらった。
彼の能力に必要な最低限の数字を知るために。
正義の国ジャスティスランド、キングダムオンラインにおいて主人公が属する大国。
主人公はそこで勇王として生まれ、他国の王や魔王達と戦うアプリゲーム。
ゲームシステムやキャラクターなどが中高生から社会人まで人気を得ていたが、開発企業が子会社だったこともあり二年も満たないうちにアプリは終了した。
現在は親会社と協力したリメイク版が配信されているが、旧アプリが終了したタイミングがある者にとって最悪だった。
清水勇太、彼は高校入学祝いにスマートフォンを購入してもらい、当然のようにゲームアプリを入れた。
その中でも一番やり込んだのが、キングダムオンラインである。
勇太は学校にいる時間以外はアルバイトとキングダムオンラインしかやっていないと言ってもいいほど熱中しており、アルバイト代も全てキングダムオンラインの課金に費やした。
当然のように学力は低下していき、高校一年の一学期で留年の危機へとなった。
その結果、親から携帯を取り上げられた。
しかし勇太はゲームが無いからといって勉強するわけでもなく、毎日ストレスだけが溜まっていき学校だけでなく家族からも孤立した。
その後留年が決まり家族からは罵声を浴びせられた。
勇太は同級生や先生、はたまた家族から何を言われても気にすることはなく平気だったのだが、ある日こんな噂を聞いてしまった。
[キングダムオンラインが終了する]
最初は嘘だと思ったのだが、勇太は不安に思い近くのネットカフェで調べてみた。
しかしその事実は真実であった。
たかがゲームとはいえ勇太は生きがいを失った。
それと同時にこの世の未練をも失った。
勇太が自殺したあと、キングダムオンラインの世界に転生した彼は、異世界系のテンプレと言うべきか当然のようにチート無双と若い女達にチヤホヤされる日々だった。
勇太が魔王を倒してしばらくたったある日、彼の夢の中で姿がわからない霧や雲のような姿をした何かが現れた。
男とも女ともわからない声を出す不定形な何かは自分こそが勇太を転生させた神だと言う。
いきなり自分が神だ、なんて言われても誰もが信用しないであろう。
自称神は勇太の自室のロッカーと元いた世界が繋がっていることを告げると姿を消した。
勇太は半信半疑だったが、魔王を倒しやることがなくなったためお試し感覚でロッカーの中へと入っていった。
するとそこは薄暗い裏路地だった。そして目の前には不良に絡まれている弱そうな男がいた。
不良達が勇太を見ると喧嘩腰になって睨みつけてきたのでいつも通り全員叩きのめした。
不良は尻尾を巻いて逃げ出すと勇太は彼らを追いかけるように裏路地を出た、するとそこは中世の町並みが広がっていた。
だが、見上げると電線が張り巡らされ、景観を損なわないようにしてるが周りの店はコンビニやファストフード店といった現代に近いもの。
勇太は忌々しい過去を残した元の世界へと戻ってきたのだと確信した。
不良達の犠牲のおかげで自分の力はこの世界でも使えると確信した勇太は、自分からキングダムオンラインを奪った者達への復讐を決意した。
手始めに勇太は生前に対して仲良くなかった家族の住む元自宅を最強の炎属性魔法ブラット・インフェルノを使い一撃で焼き払った。
家の中には家族や弟がいて、突然のことに慌てふためき悲鳴を上げていたのだが、別になんとも思わなかった。
むしろ魔物を倒した時以上の快楽を得た。
その後勇太は自身を留年へと追いやった先生を標的に活動を開始した。
順調に先生(クズ)を三匹始末したため、勇太はソフィアを連れて古典のクズを始末しに行った。
しかし突如現れた蝙蝠の化け物によってソフィアのHPは風前の灯となった。まああの蝙蝠の化け物は河に落ちたため死んでいるだろう。
あらから元の世界に戻って数日後、前回のようなことがあれば仲間を危険な目に合わせてしまうため、今回は勇太一人で元の世界へと向かおうとしていた。
「とりあえず、今日はこの前始末し損なった古典のクズを始末するか」
勇太はロッカーを開けながら嬉しそうな笑みを溢していた。
「ユータ!」
勇太が元の世界へ行こうとした瞬間、後ろから姫王ソフィアが声をかけてきた。
「ユータ、其方が無敵の勇王だとは私が一番分かっているが…あの化け物が何匹もいるかもしれん…私は其方が心配だ…」
余程あの蝙蝠の化け物にやられたのか、ソフィアの手は震えていた。
「大丈夫、前にも言ったとおりあの化け物は俺が始末したし、何匹出ようと大丈夫だよ。何故なら俺は勇王だから」
勇太はソフィアを抱きしめながら優しい言葉を告げた。
「それじゃあ!みんなで帰りを待っていてくれよな!」
勇太は手を振りながらロッカーの中へと入り、扉を閉じた。
しかし異世界転生をした時に貰ったチート能力で無双する勇王の勇ましい姿はこれで最後だということをこの場にいる者達と彼の武勇伝と恐ろしさを知る異世界中の人々、そして勇太自身知るはずもなかったのだった。
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