1話その4
金髪の女騎士は怒っていた。
それは蝙蝠の化け物に対してもあるが、特に今の自分の有り様に酷く怒りを覚えている。
勇王ユータ様の名により、勇王の顔に泥を塗ったとされる不届き者達を粛清していった。
今回はフルサワフミヨという女を殺すよう命じられたが、突如現れた蝙蝠の化け物に一方的にやられているのだ。
建物から投げ飛ばされ、人気のない河の近くに誘導されると腹や顔にばかり強力な攻撃をしてくるだけで無く執拗に体を掴んでくるのだ。
こちらの攻撃はほとんど紙一重で避けられ、私のHPも風前の灯火だ。
魔王デスボロスにも屈しなかった私だがこの化け物から恐怖を感じてきた。
助けてくれユータ
蝙蝠の化け物こと正体を明かすと榴咲士はダメージこそ無いものの結構焦っていた。
最初に女騎士を髪の毛を掴んで投げたが、その時毛が一本たりとも抜けていなかった。
それだけでなく鎧を着けた腹部はともかく顔面に攻撃を入れても傷一つ付いていない。
そして自分の能力が一切効いていないため、今は一方的であるが能力が効かず無尽蔵に動く体とあってはさすがに体力が持たないため、相手のタネがわからなければ最悪殺される展開ではある。
まぁそんなことは日常茶飯事なんだが、能力効かないのはどうしよう…五年くらいやってるけどそんなの初の体験だぞ!
化け物の顔は変わらないが士は内心無茶苦茶動揺している。
「私は姫王ソフィア・セイントだ!恐怖など無い!」
「姫王!?…なんか聞いたことあんな…?」
女騎士が自分に喝を入れる際に叫んだ名前に士は反応したが深々と考える暇も無く女騎士は士に襲いかかった。
「うぉぉぉぉ!!!ジャッチメント・パ…」
「技名が長い!」
剣を白く輝かせながら走ってくる女騎士の口目掛けて士はそこら辺にあった小石を投げつけた。
「ニむぐっ!」
「あ…ラッキー!」
小石は女騎士の口の中に入り必殺技の詠唱らしきものも出来なくなった。
たまたまだったものの当然その隙を士は見逃すことなく、すかさず接近した勢いに乗って飛び蹴りを放った。
女騎士が小石を吐き出したときには士の生々しい足が目の前まで迫っていた。
女騎士は死期を悟り目を閉じた。その瞬間
「ブラット・インフェルノ!」
厨二臭い名前の技が聞こえたと同時に蹴りを放っていた士に巨大な火の玉が襲いかかり、着弾して爆発すると士の体は全身燃え上がりながら吹き飛ばされた。
女騎士が声の聞こえた方を見ると、人影があり少しずつ女騎士に近づいていった。
暗い夜なのもあり最初は鮮明に見えなかったが、周りの草木が先程の魔法で燃えて灯り代わりとなり近づくにつれ姿が見えてきた。
たくましい体型にTと胸に書かれた銀の鎧、そして雄々しい顔つきはまさしく勇者と呼ぶにふさわしい風貌である。
「ユータ…」
「大丈夫かい?ソフィア」
この勇者オブザ勇者と呼ぶにふさわしい男、ユータこそ今回の連続殺人事件の首謀者であり、士達が今回狙う異世界転生者である。
「あちち…ようやく本命かな…」
士は体の炎を払いつつ相変わらず表情は変わらないが真剣な眼差しになった。
「そこの蝙蝠の怪物よ!よくも我が伴侶の姫王ソフィアを死の淵にへと追い込んだな!」
「やっべぇ!河川敷が燃えてる!消火しないと!」
「この勇王ユータが貴様を始末してくれる!」
「砂かけたらワンチャン消えるかな…あー無理か…消防車呼ぼうにも元に戻らないと携帯使えねーし…」
ユータが河川敷に響く程の声で名乗りを上げていたが、士は燃える河川敷の対処に奮闘して全く聞いていなかった。
「行くぞ!」
ユータが声を上げると見向きもしない士の方へと走ってきた。
「まぁそれに…」
「ライトニング・スラッシュ!」
「こいつを駆除しないと消防士が危ないしな!」
ユータが振るった剣を士は姿勢を低くして避けた。
「やっぱ、男相手ならこれだな」
士は小声で言うとユータの股間に向けて膝蹴りを入
れた。
言うなれば金的、男の尊厳を打ち砕く一撃は戦局を有利に進める防御無視の一撃。現に士は何度も男の異世界転生者に対して金的を放ち葬ってきた。
しかし、士は今人生で初めての体験した。
確かに今回の相手はいくら攻撃しても外傷は無く自身の能力も効果が無かった。それら二つにはそれなりに対処法や誤魔化しはあるのだが、こればかりは驚きを隠せなかった。
何故か金的がめり込まず、逆に膝がハンマーにでも殴られたような痛みがあるからだ。
「痛ぁぁぁ!!!」
あまりの痛さに士は尻餅をついた。
「化け物の攻撃が俺に通用するか!死ね!ライトニング…」
ユータは尻餅をついた士に剣を振りかざした。
「ペッ!」
士は唾を吐きユータの視界を潰すと、転がって剣を避けた。
士はすぐさま起き上がると目を擦るユータの背後から蹴りを入れた。が、また士の足に痛みが走った。
「痛ぁぁぁっ!どうなってんだよ!」
頭蓋骨が硬い人はそれなりにいるかもしれないが、それなりに身体能力が上がっている今の状態で逆にダメージを負う程の硬さとなればもはや洒落にならないレベルである。
士は足を抑えながらもユータの攻撃を避けたが、さすがに全て捌きるのは不可能なため、蹴りを一発受けてしまった。
しかもその威力はとてつもなく、20mくらい吹っ飛ばされた。
外傷無し、能力無効、さらには超頑丈で怪力となればその秘密がわからない限り勝ち目は無い。
となればやることはただ一つ、そのためにも河の近くに行かなくては。
すると士の背中が変形し機械的な蝙蝠の羽になると、両翼が紫に発光し空へと飛び立った。
「逃すか!神速斬!」
ユータが上空にいる士に剣を振るうと斬撃がとてつもない速さで飛んで行き肩翼を切断した。
落下した士はそのまま河へと墜落した。
「ふっ…真の勇王であるこの俺に倒せない敵はいない」
ユータは自慢げに言った。
「だが今回はソフィアが死にかけて貴重なメガポーションを使ってしまったか…まぁ俺に敵う奴はいないんだし、2、3日後に一人で糞共を掃除してやるか!」
ユータが笑みを浮かべながら言うと、ソフィアと共に河川敷を立ち去って行った。
「おぅぇぇぇ!臭っ!毎度のことながら河川敷の河は汚いなぁ!」
士はユータと戦った反対側の場所から上陸していた。
とぼとぼと歩いて行き安全柵を越えると士の姿は中肉中背で右目の隠れた元の姿に戻っていた。
「追っては来てないな…。水落ち=《イコール》生存フラグってあんま有名じゃ無いのか?」と人目を気にしながら士は疑問に思っていた。
しかし、今一番に考えるべきなのは転生者対策であり、その鍵を握るのは何処かで聞いたことのある[姫王ソフィア]という名前だけである。
転生者の目的の明確化と初見で倒せなかったチート能力の攻略、いつものことながら面倒なことである。
士は地面から突然現れた白バイに乗ると、河川敷を後にした。
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