45.僥倖―12『喧噪へのいざない―12』

 ハーランは顔をぐるりと周囲へめぐらせた。

 右横から前、そして左横。

 ジヴェリ機械製作所が手がける〈ドラゴン・チェイサー〉のキャノピーは、枠縁の少ないスッキリとしたもの。

 使われているアクリル材も透明度が高く、ひずみによる屈折などなくて、視界は鮮明クリアそのものだ。

 ピカピカに磨かれたガラス窓を見ているようで気分が良い。

 視線をうごかす途中で目が合ったミーシェルに、目許、口許だけ笑みをつくってみせたハーランは、次に操縦桿を握ると頭上、それから身体を傾け機腹越しに下方を覗きこむ姿勢をとった。

 どちらの視界も問題ない。

 ハーランの笑みも自然と深いものになった、の、だ、が……、

 そうした、乗機が飛行状態にある際おこなう一連の動作の仕上げとばかり、身体をねじって後方を見ようとしたところで、表情がやおらしぶいものに変化した。

 右、左――身体を機外の向きへ更に傾け、それで望んでいた視界が確保できてもしかめた顔はもどらない。

(なんでだ?)

 そんな思いが胸にある。

 なんとはなしに感じてはいた。

 それがキャノピーを閉めたことで明白になった。

(この機体は――)

 顔を後方にねじ曲げたままハーランは思う。

(明らかに操縦士席がデカすぎる)と。

 現在、ハーランが搭乗している王国空軍最新鋭の〈ガーディアン〉戦闘機はもちろん、この時代の戦闘機――単座機の操縦士席は小さい。

 と言うか、椅子の形をした金属一枚板の曲げ物といった感じのものがほとんどだ。

 イメージとしては、籐椅子の素材を軽金属に置き換えたと言えばわかりやすいか。

 言葉通りの意味合いで『』なのである。

 背もたれ部もふくめ、座席そのものにはクッション要素などカケラも無いし、背もたれにしてもたけは肩の高さくらいまで。

 今、ハーランが腰かけている座席のように、ヘッドレスト等まで備えている贅沢品など皆無であった。

 乗り心地より何より、まず軽量であること。

 飛行機械用機材――空を飛ぶという大目的から要求される要件が、まずはそれであるから仕方がない。

 幸いに、だが、パイロットが着用する飛行服は生地がそれなりに分厚いし、しりの下には折り畳まれたパラシュートを敷く。

 だから、硬い金属板に直接身体をあずけなければならないワケではない。

 なにより生身の人間として耐えられないほどの長時間、機上の人であり続ける状況などありえないから、パイロットたちが職場の改善要求ストライキの声をあげる事態にまでは至っていない。

 まぁ、それは冗談にしても、いずれ、今回この機体に据え付けられた操縦士席は、ドラゴンを追う――前人未踏の速度域へ達することに挑戦をする〈ドラゴン・チェイサー〉本来の存在意義にはそぐわない。

 ハーランにはそう思えてならなかったのだった。

 まさかに――そんなイヤな想像さえもが胸をよぎる。

 まさかに、空軍の高級軍人であり、それ以上に王族である自分にそんたくしての結果がコレではあるまいな? と。

「そんな、バカな……!」

 妄想を言葉にだす事で振り払い、ハーランは一度、胸の底までおおきく息を吸いこんだ。

 つい先ほどまでのこうようかん――『本当の意味で仲間になれた』実感が色せてしまったのを打ち消そうとした。

 ふぅ、と吐息し、冷静になって考える。

 多分、と言うより、確実に、ミーシェルはこの点については何も知るまい。

 であれば、このの手配をしただろうのは一人――クラムのみ、となるが、そうなるとまず間違いなく王子様じぶんに対するおもねりだとか、おべっかだとかの線はありえない。

 言葉にこそしなくはなったものの、〈ドラゴン・チェイサー〉開発スタッフ……、いや、ジヴェリ機械製作所職員のなかで、いまだハーランの訪問や、業務への関与を迷惑……、もとい、歓迎してない風であるのは彼だけだからだ。

 なにか、こうするに至った妥当な理由があるはずだった。

 操縦桿や計器板等がオーソドックスであったから、座席もそうに違いないと思い込んでいた。

 ここは先入観を捨て、素の状態で一から見直すべきだろう。

(いやいや、俺としたことが、少々(?)舞い上がりすぎてたな)

 反省反省と思いながら、あらためて操縦士席に注意を向けた。

 背もたれ部はこれまで乗った、また見たどの単座機のそれよりも丈が高い。

 自分の頭よりも拳ふたつかそれ以上まである。

 パイロットの為のヘッドレストといった風だが、なんだかそれは後付けの、取って付けた理由のような印象だ。

 そして座面。

 現時点では完全に飾りにすぎないが、実際のそれとの差異をなくすために敷いているクッション代わりのパラシュート――そのパラシュート端部の下側から上に向かって突きだしているレバー様の把手とっては何なのか?

 操縦士席の座面は、その平面形が『凹』状に前方がくぼんでおり、そのくぼみからくだんのレバーが顔をのぞかせているのだ。

 床から伸びた金属棒の上端に横に長い長方形の枠金を固定してあるレバー。

 いかにも両手で引っ張れ、と言わんばかりのデザインである。

 黄色と黒の、いわゆるタイガーストライプで塗装されているから非常時、緊急時に使うものなのだろう。

 それはわかるが、飛行機械にとっての非常時、緊急時とは飛行状態を継続できなくなった時――つまりは墜落する時だ。

 そんな時には何をどうこうするより先に機体を捨てる。

 キャノピーを開き、縛帯をはずして機体の外に身を乗り出し降下するのだ。

 一秒の遅れが生命にかかわる。

 もたもた機材の操作をしているなど無い。

 と、

 そこまで考えた時、ハーランの脳裡に閃くものがあった。

 おおきく鋭く――それまでの上半身のみにとどまらず、ほとんど全身でもって後方へ振り向く。

 そして、見た。

 機体後方、上方に向かってそびえる垂直尾翼の前縁を。

 そして悟った。

『アレ』だ。

 垂直尾翼――いま、自分が座席におさまっているのは模型だけれど、実機が完成の暁には、そのすぐ後方にプロペラがつく。

 機体に推進力をあたえるべく回転しているプロペラが。

 ヘタをすれば……、

 ハーランは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 いや、ヘタをしなくとも運が悪ければ、非常時、緊急時に機外へ逃れても、垂直尾翼に衝突する、或いは高速回転しているプロペラブレードに接触する、

 そんなことが起こったら、飛行帽をかぶっていようが飛行服を着ていようが関係なく、やわらかな人間の身体などズタズタに切り刻まれてしまうだろう。

 具体的にはわからない。

 だが、アイツの事だ。そうした事態への対策が、この新規のレバーであるのに違いない。

 ハーランは、そう直観したのだった。

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