33.憧憬―9『〈ドラゴン・チェイサー〉―9』

「できます!」

 ミーシェルは言った。

 両方の手を共に拳にかため、拳闘のファイティングポーズよろしく胸の前にかまえて、フンスとばかりに鼻息も荒く断言した。

 ハーランの様子に、設計者……、いや、おそらくは飛行機バカの熱血が、クワッと燃え上がってしまったものらしい。

 見つけたばかりの飛行機仲間を説得せねば!――そうも思ったようだった。

 いらぬ使命感とも思うが、をこじらせた人間は得てしてそういうものである。

 それまでのハーランの隣という立ち位置から、ととッと二、三歩前に飛び出し、そこでクルリと回れ右すると正面から彼に向き合った。

「ハーランさんがご心配される気持ちはよくわかります」

 すこし目を伏せがちにそう切り出した。

「たしかにわたしたちの会社は小さいです。職人としては超一流でも営業は苦手な社長に、優しさのかけらもない正論ばかりを口にする技術主任。そして、そんな二人を手本にし、目標としているたち。お客様相手にお愛想のひとつも言えない、工場のなかは整理整頓できるのに、社屋の方は散らかしっぱなし。毎月毎月の締めは、それはもう大変で、完成品としての飛行機を一から作りあげたのも、あの〈エアリエル〉がはじめてでした」

 噛みしめるように一言一言を口にする。

 そのほとんどが従業員たちのことをディスる文句だったが、そして、唯一この場に居合わせている技術主任クラムは、どこ吹く風と表情を揺らしもしなかったが、さすがに社員でもないハーランは反応に困る。

 一応、なにか言うべきなのか?――そう思って、しかし、適当な言葉も浮かばず、口を開けたり閉めたりしていると、

「でも、ここからです!」

 ふたたび、凛とミーシェルは言った。

 まるでメラメラ焔が燃えているかのような瞳で、ハーランをひたと眼差まなざした。

「なぜって、社長が、どこからか凄いエンジンを見つけてきてくれたんです! 凄い大馬力のカッコイイやつ!」

 満天に花が咲きほこるような口調で告げてきた。

「空冷式だから、ちょっと前面投影面積が大きくなっちゃうきらいはあるけども、でもでも! やっぱりエンジンは馬力ですから! パゥワーpowerが何より大事ですから! 空気抵抗の増大だとかの不利弱点は、機体の空力デザインを錬って錬って錬りたおしてカバーしちゃえばいいんです!――そうでしょう!? ハーランさんもそう思いますよね!?」

「あ、う、うん。そう、だね」

 一歩二歩、詰め寄るようにして同意を求められ、すこし引き気味、曖昧な顔でハーランは頷く――それがまずかった。

 見る間に少女の頬がぷぅっとおおきく膨れあがる。

 ハーランの返事、その煮えきらなさが気に入らなかったらしい。

「こちらへ!」

 やにわに両手をのばし、ハーランの腕をとらえると、力を込めてグイと引っ張ってきた。

「こちらへ来てください!」

 そのまま力まかせに別の場所へと誘導しようとする。

 体格差もあるし筋力差もある。

 本気の何分の一かもだせばそれに抵抗するのは容易たやすくはあった。

 が、

 さすがにそれは躊躇ためらわれ、目顔でたすけを求めたクラムには露骨に目を背けられで、ハーランはミーシェルに手を引かれるまま、ズルズル移動していくより他なかった。

 そして……、

「見てください!」

 連れて行かれた先――試験棟の端で、少女が差し伸べるようにして手で示す、でん! とその場に鎮座している金属の塊と対面することになった。

 直径約一.四メートル、長さ約一.六メートルの鋼鉄の集積物。

 種々様々な部品が複雑精緻に組み合わさった円筒形をした機械。

 鋼製のベンチに据え付けられた、巨大な航空エンジンであった。

 空冷式であるのは聞かされていた。数えてみれば気筒数は一四。

 現在、ハーランの部隊が試験している新型戦闘機に組み込まれているものより一回り以上おおきな……、爆撃機用かとも思えるエンジンだ。

「……離昇出力一八〇〇馬力。社長は、それを三〇〇〇馬力以上にまでチューンナップすると言っています」

 見とれていると、ふいにすぐ近くから声が湧き出してきて、あやうく跳び上がるところだった。

 溜め息がちのその声は、ミーシェルとハーランの後を追い、傍まで移動してきたクラムのもの。

 現在、絶賛(?)暴走中のミーシェルに代わり、に流されることなく説明してくれたのだ、

 が、

「三〇〇〇!? 三〇〇〇だって!?」

 今度は意表を突かれたからでなく、告げられたその内容にどこか悲鳴じみた声がでた。

 ここ、ローレンシア大陸西部域に割拠する国々、その軍隊――列強と見なされる諸国にあっても、航空エンジンが発揮する出力は平均して一〇〇〇馬力前後といったところ。

 それが、そもそもの一八〇〇馬力もすごいのに、三〇〇〇馬力ともなると、まさしく『格』が違うとしか言いようがない。

 なるほど、ミーシェルが、『凄い大馬力のカッコイイやつ!』と胸を張るのも納得だ。

 このエンジンをジヴェリ機械製作所の面々は〈ドラゴン・チェイサー〉の心臓とし、シュナイダー杯に挑もうとしているのか……。

「時速七〇〇キロって、でたらめにゴッツい目標ですけど、でもでも、社長もクラムも他のみんなも頑張ってくれてますから、絶対絶対大丈夫なんです!」

 クラムの言葉に上半身ごと揺らす感じでコクコク頷いていたミーシェルが、咲きほこる花のような満開の笑顔でそう言った。

 なるほど。

 ハーランは視線をエンジンに向け、ついで、後にしてきたばかりの機体モックアップへと戻し、おもむろに『ウン』と頷いた。

 なるほど、これならイケるかも――最前までの考えをあらため、そう思うようになっていた。

 モルトもクラムも、そして、もちろんミーシェルも、自分が見て触って乗った〈エアリエル〉の例からしても、ぜったい口先だけの人間などではない。

 口にするから以上は、それなりの成算があるのだ。

 であれば、優勝はムリでもかなりな線までは行けるのではないか。

 飛行競技会が八百長やおちょう――そこまではいかなくとも、欲望、陰謀渦巻くドブ泥を底に秘めていようと、真っ当な性能差でもってねじ伏せることが出来るのではないか。

 そう思えてきて、飛行機好きな一パイロットとして、また、目標とされている当のドラゴンを目の当たりにした人間として、なんとも悩ましい気持ちが湧きあがってくるのを抑えることも出来なかった。

 そして……、

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