28.憧憬―4『〈ドラゴン・チェイサー〉―4』

 ミーシェルがスケッチブックを開いてハーランに見せた、あるページ。

 そこに描かれていたのは、なんとも奇妙な機体だった。

 いっそ、これは飛行機なのか? と疑わせるようなデザインである。

 卵形の機体。

 その機体の天井(?)に上向きに設置された、まるで風車のように巨大なプロペラ。

 卵形の機体は二本のソリで地面と接し、(多分)機尾だろう向きにむかって棒のようなテールブームがのびている。

 テールブームの先端には申し訳程度の垂直尾翼があったが、それは翼と言うよりは、むしろ、金具ステーと呼んだ方がふさわしいような代物だった。

 垂直尾翼の付け根――テールブームのほぼ終端部に、機体に対して真横を向いた小さなプロペラが取り付けられていたからだ。

(な、なんだ、コレ……?)

 ハーランは頭をひねった。

 見るにつけ、スケッチに描かれた機体のいずれの部位も、意図するところや、そうなる必然性がわからなかった。

 なにより飛行機械として不可欠なはずの翼がない。

 ハーランが、と言うより、およそ飛行機を知る者なら誰しもが見慣れた、そして空を飛ぶために必須の翼が、そのスケッチ中の機体には描かれていなかったのだ。

 これではハーランが、『えっ?』となっても仕方がない。

 飛行機が滑走し、それによって機体が揚力を得る肝心要のパーツが無いのである。

 およそ子供でも絵にしないようなミス。

『これ、飛ぶの?』と訊かなかっただけマシ――作画者たる少女に気をつかっていると言えただろう。

 もちろん、実際のところは違う。

 それは、

 ヘリコプターだった。

 この世界に生きる人間が未だ知らないその機体デザインは、あきらかにヘリコプターを描いたものであったのだ。

 なまじ固定翼機を見慣れており、その飛行に関する知識を持ち合わせているが故に理解ができない、それは新種の飛行機械だったのである。


(うぅ……、な、何か言わないと……)

 額のあたりにミーシェルのワクワクした視線の『圧』を感じつつ、ハーランは焦った。

 その目力のつよさときたら、レンズによって集光された太陽の光でジリジリかれているかのようだ。

 そろりとスケッチブックから目をあげてみれば、キラキラしている瞳が痛い。

 きっと飛行機大好き人間として、志をおなじくする同士の讃辞を待っているのだろう。

 讃辞とまではいかなくとも、スケッチ上の機体を見ての共感の言葉は欲しているに違いない。

 なおもめつすがめつし、なんとか前向きな感想をひねくり出そうと頑張って……、

 結局、ハーランは諦めた。

 どうにもワケがわからないのだから仕方がない。

「う、う~~んとね、ミーシェル……さん?」

「はい!」

 相手の名前を呼ぶ声に、『さん』を追加したのは、ある意味ご機嫌取りである。

 ハーランは、唾をひとつ飲みくだすと覚悟をきめた。

「これって、どうやって前に進むの?」

 まだしも無難であろう疑問を口にした。

 目の前のスケッチブックを指し、そう言ったのだった。

 まぁ実際、世界のどこにも類似の機体が存在しない――どころか、そのアイデア自体が無いのだ。その飛行原理は想像のらち外である。

 天井に上向きに取り付けられた巨大なプロペラがあるところから、そのまま真上に飛び上がれるだろうことは察せたが、さてエレベーターでもあるまいし、ただ単に上向き下向きの飛行(?)ができるだけというのであれば意味がない。

 空中を経由し、どこか別の場所まで移動する手段が、すなわち飛行機械のはずである。

 はたして、ハーランの問いにミーシェルは小首をかしげた。

「プロペラの回転面をですね、自分が進みたい方向に傾けたらいいんじゃないかな、とは思ってるんですけど……」

 困った顔でもぐもぐと答える。

 なるほど、揚力の発生源たる翼を固定している飛行機と異なり、回転翼機とでも呼ぶべきこの機体の方は、プロペラの向きを変えれば、すなわち揚力をふくむベクトルに変化は起こせよう。

 揚力、重力、推力、抗力――飛行中の機体にくわわる諸力を脳裡に描いて、ハーランは納得した。

 しかし、そこまで分かっていながら、にもかかわらず、ミーシェルが口ごもったのは、きっと基本的なアイデアはともかく、それを実際にかたちにする方法をまだ思いつかないでいるということか。

 あるいは、〈エアリエル〉をつくった時もそうだったのだろうか……。

 ふと、そう思って、ハーランの脳裏に一人の青年の顔がうかんできた。

 言わずと、ミーシェルの同僚であり上司であるクラムである。

 アイデアの創出やデザインセンスなどはともかく、それを実機に落とし込んでいく詰めは不得手な様子のミーシェルを助言し、是正し、サポートしていたのは、きっと彼であるのに違いなかった。

 だから、

「……クラム君に相談してみたら何か良いアイデアを出してくれるんじゃないのかな?」

 内心あまり面白くはなかったが、そう言ってみた。

 おそらくは、〈エアリエル〉の時と同様、良い結果を生むのではないか――そう思ったのだ。

 しかし、

「だめなんです……」

 予想に反し、少女はすこしうつむいてかぶりをふった。

「クラム、今すごく忙しいから……」

「そうなの?」

 正直、意外だった。

 出会った当初から傍目はためにも仲が良く、まるで兄妹のようだと感じていたふたり。

 場合によっては、王侯貴族にさえも自分自身を楯にミーシェルを護ろうとし、なにをおいてもミーシェル第一で行動すべく考えているような青年が、ほかならぬ少女の頼みもきけないほど忙しいというのは一体なにをやっているのだろう?

「いま会社でつくっている飛行機の製作作業が大詰めなので……」

 と、ミーシェルが言った、その時、

 ミーシェルの言葉に、へぇ、とハーランが相づちを打とうとした矢先、気まぐれな風がその向きと強さを変え、彼らふたりのもとにどっと吹き寄せてきた。

 突風というほど強くはなかったが、一度は閉じられたスケッチブックを再びひらき、ページをバラバラとめくってゆく。

「あ……!」

 あわてた少女がスケッチブックをとばされまいと押さえるのと同じく、ハーランもまたほとんど反射的にスケッチブックに手をのばしている。

 そして見たのだった。

 風がひらいた、とあるページに描かれた異様なかたちの飛行機を。

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