23.遭遇―3『〈紅い星〉―3』
「〈エアリエル〉は――」
クラムは話しはじめた。
着陸テストをおこなった『広場』までの道中と同じく、機内のインカムをオンにしたスピーカー越しの声である。
定位置とばかり、往路と一緒の席に座ったハーラン、そして、操縦士席の後ろに腰を降ろしたミーシェルが、それぞれの表情でそれを聞いている。
ハーランは目を輝かせてワクワクと、ミーシェルはすこし恥ずかしそうに頬を染めて、クラムが口にする説明に耳をかたむけているのだった。
「〈エアリエル〉は、政府――山岳保安庁の公募に応じるべく、我が社が一から設計・製作をした連絡・救難機です」
クラムは言った。
「設計主務者はミーシェル・エアミシエル・オレリアン。
「山岳保安庁の要求書にあった性能的な要件は、大雑把に言って次の四つでした。
「一)短距離での離着陸が可能であること。
「二)不整地への離着陸を考慮すること。
「三)整備が容易であること。
「四)乗員数は3ないし4を確保することがそれで、それに対して――」
それに対してミーシェル、ひいてはジヴェリ機械製作所は、
発動機:ノーム・ローン社製〈9N型〉空冷星型9気筒540馬力。
全幅:16メートル。
全長:11メートル。
総重量:1.2トン。
最大速度:240キロ。
巡航速度:120キロ。
上昇限度:8800メートル。
航続距離:1000キロ。
乗員:8名。
――以上の
運用上の要求項目に関しては、不整地への短距離離着陸は一〇〇点満点のテストで二〇〇点をとったようなものだろう。
整備や点検の容易さも、ミーシェルとクラムのやりとりを聞いた限りでは、まず問題なしと思われた。
だから、
「すごい!」
振りでもお世辞でもない。一通りクラムの説明を聞き終えたハーランは、心からの賛嘆をこめて、そう叫んだ。
「本当にすごいよ、ミーシェルさん!」
ぜったい採用間違いなしだよ! と。
しかし、
「もっとも……」と言葉を継いで、
「そうして採用された機体が、実際にはどのような用途で使われるかまでは存じませんが」と言わでもがなな一言を付け足した。
口調が口調であったからなのか、意味ありげなその
「……どういう意味?」と小首をかしげた。
「さァて……」
はぐらかすようにクラムが言うと、またむくれる。
「クラムったら、いっつもそうなんだから!」
「もう!」と、またもや頬をぷぅッとふくらませた。
しかし、
「いや……、そのあたりの事情については、ボクより殿下の方がお詳しいんじゃないかと思ってね」
クラムが言うと、
「そうなんですか?」
ミーシェルの目は、今度はクラムに向けられた。
「あ、い、いやァ……」
期待に満ちた表情を前に、ハーランは頭をかいて言葉を濁す。
つい今までの弾むような感覚が一転して、冷水をかけられたような気分になっていた。
クラムの言葉に、現実の醜い側面を否応なしに思い出していたからだ。
山岳保安庁がメーカー各社に公募した連絡・救難機に関する裏の事情。
王族とはいえ、軍隊にあっては一介の少佐にすぎないから、ハーランも詳しいことまでは知る由もない。
しかし、それでも山岳保安庁が公募した連絡・救難機は、陸軍が観測機として採用を検討している、という噂は耳にしたことがあった。
不整地での短距離離着陸性能、良好な下方視界の確保、分解・組み立て、そして整備の容易性など――山間部に位置する
しかし、公然の秘密とはいえ、現時点ではそれは噂の域を出ないし、何よりそうした生臭い裏話をミーシェルにするのは気がすすまなかった。
まず間違いなく、彼女は山岳保安庁が提示した性能要件――技術的な挑戦をクリアすることに設計者として情熱をかたむけ、それと同じくらいに交通に不便な山間部の僻村や遭難者救護に役立ちたいと使命感に燃えていただろうからだ。
そんな純粋な想いを土足で汚すような真似はしたくなかった。
そもそも開発者が、そうした裏の事情に
ともあれハーランとしては ごまかすより他ない。
なんと言おうか困って頭をかいていると、
「あーーッ!」
突然、当の少女が
試みが果たせなかったのは、もちろん縛帯を締めていたからだが、にもかかわらず勢いよく腰を上げようとしたものだから、ほとんど尻もちをつくような勢いでドスン! と、ふたたび着座する。
それでいいかげん立ち上がるのをやめそうなものなのに、一体なにに気をとられているのか、縛帯をはずすことにも頭がまわらないくらいに切迫した様子でジタバタともがいている。
ほとんど我を忘れていると言ってよい。
だから、
つられてハーランも窓の外に目をむけてみた。
そして見た。
少女がまなざす視線の先――彼らが乗る〈エアリエル〉よりも更に更に高いところに一頭の巨大なドラゴンが飛んでいた。
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