10.邂逅―10『〈エアリエル〉―2』
「なるほど!」
思わずハーランは、そう叫んでいた。
「あの飛行機を今から飛ばすってことなのか!」
さすがは現役パイロット、と言うべきか――まだ塗装が施されてなく、
ついさっきクラムが告げた言葉のうち、二〇分という時間は飛行前点検に要する作業時間。そして、その作業を終えてトラックに乗り、会社に戻る人間もいれば、どこかへ飛行機を飛ばす人間もいる――つまりは、そういうことかと一瞬のうちに了解していた。
格納庫の中から姿をあらわした軽飛行機――主翼が機体の上端に取り付けてある、いわゆる
キャノピーが前後にかなり長いところから三人以上が搭乗できる設計らしい。
エンジンはまだ始動されておらず、
それを人力で動かしているのだ。
クラムの名を呼んだ工員は、機体の移動を手伝えと言っているのに違いなかった。
呼び声に
「いま行くぞぉ!」
呼ばれたクラムになりかわり、大きな声で返事をすると、ハーランは足取りもかるく軽飛行機のそばへと駆けよった。
「手伝う」とだけ手近にいた工員に言い、自分も飛行機を押す役に参加する。
当然、機体の要所――圧をくわえて問題ないと思しきあたりの外板に手をあてがって、力をウン! と込めるかたわら、飛行機全体の
身の内には戦慄にも似た沸き立つような
(この軽飛行機は、俺の知らない新型だ)
駆け寄る途中でそう見て取った――その直感をじっさいに触れてみることで再確認していたのだ。
もちろん、いくらハーランが現役の空軍士官だからといって、軍用民用の機体すべてを――たとえば他国で作られたものまで含めて全てを網羅し、記憶に留めておける筈はない。
それでも、自分がはじめて目にするこの軽飛行機――
「なるほどね……」
そう呟く。
『ジヴェリ機械製作所』
恩人の少女が勤める会社が、どういう機械を製作している会社なのかは興味もなく、質問も別にしなかった。
しかし、
「要するにそういうことなのか」
一人そう呟きながら、心の底からなんだかゾクゾク嬉しくなった。
自分でも何故そうなのか不明だが、趣味嗜好=職業=パイロットのハーランは、とにかく飛行機という機械が好きでならない。
エンジンがあって、翼がついている機体の傍にいるだけで幸せな、満たされた気分になれるのだ。
だから、
「はい、この場所までで結構です」、「ご協力どうも感謝っス」
機体の最終点検にかかった工員たちの邪魔はしないよう、気をつけながらも付かず離れず周囲を
『好き』をこじらせた人間にしか、それは共感されない行動であったろう。
そうして、いったい何周したのか、
「ふぅむ……」
予想外に『発見』があった――そんな気分になっていた。
端的に言うなら、『思わぬ所で掘り出し物を見つけた』――そんなところか。
今まで見たことのない機体ではあるが、所詮はただの民間機――そんな所感が変化した。
最先端かつ高性能の軍用機をあやつる身として、民間機軽視の傾向までは変えようもないが、『所詮は』『ただの』以上のものもあると悟った――そういうことだ。
(こいつは感心するくらい……、いや、いっそ呆れるくらいに手の込んだ
身内をはしるゾクゾク感が、どんどん大きくなってきていることを感じとりながら、ハーランは思った。
何周も何周も何周も――それこそ見る者によっては正気を疑われかねないくらいに周回をかさねた末に得た答である。
所詮はただの民間機――一見そう見えながら、その実、決してそうではない。
『賢者は主張せず』
世のことわざにもある。
真なる智者は、むしろ
優れたる者がその持てる能力を秘し、身なりを貧相としていても、それ故、本質を見誤るようでは愚者の
(まったくもってその通り。この軽飛行機は、正にその実例と言えるんだろうな)
いつしか口許をにんまり緩めつつ、一人、ウンウンと頷いている。
わかる者にはわかる(わからない者にはわからない)――そういう含みをもった笑み。
ハーランは、あらためて軽飛行機の正面に回り込むと、その輪郭を目でなぞっていった。
無骨で
が、
遠間から眺めた全体的な姿こそ、すんなりと細く、ふんわり女性的な感じの軽飛行機は、間近でジックリ観察してみると、逆に男性的な、硬質感にあふれたつくりとなっていた。
胴体や翼、機体のほとんどすべてが曲線を排した細かな直線の組み合わせ――多角形で
生産効率や整備性の向上等がその目的ではないだろう。
曲線を多角形に置き換えたところで寄与するところはさして無い。
(であれば、他に理由があるはずだ)
そう思えるからこそ、ハーランは嬉しくてたまらない。
設計者の美的なこだわり等が理由でなければ、それはおそらく劣悪な
そんな直感を得たからである。
曲線、曲面ではなく、直線、箱形を基本に機体が形づくられているならば、仮に機体が損傷しても、そこらに転がっている鉄パイプを切断し、トタン板を裁断しして、絆創膏的な応急手当をほどこすことも容易だろう。なんだったら、修理にもちいる部材は、木材や帆布でもかまわないかも知れない。
ありあわせの部材、間に合わせの補修であっても『とにかく飛ぶ』、もしくは『取りあえず飛べる』――そんな『飛行』を最優先に考え、作られた機体。
そう、ハーランは見て取ったのだった。
そして、そんな機体を作る人間は、正真正銘、心の底から飛行機好き――『同類』であるに違いない、そう思ったのだ。
今やあやしさ全開……、もとい、喜色満面となったハーランは、くっくっく……と笑みが身体の外へダダ漏れになってしまうのをどうにも抑えきれなくなっている。
(いいね、いいねいいねいいね……)
たまンねぇな、おい――よだれを垂れ流さんばかりに思うなか、ふと、人の気配を感じて視線を上げると、そこにクラムが立っていた。
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