9.邂逅―9『〈エアリエル〉―1』

 ジヴェリ機械製作所のトラックが行き着いた先は、郊外の飛行場だった。

『サントリナ王国東部第一飛行場』

 カラントゥール市をはじめ、近在の商工業都市群のほぼ中間に位置する――空港のはしりともいえる飛行場である。

 とはいえ、現状、そんなに大した施設ではない。

 一見すると、広々と平らかな屋外スポーツの運動場。そのグラウンドサイドに観客席よろしく民家や店が一列にならんで建っている――そんな感じだ。

 ずっと時代がくだって登場する『空港』の規模とけんそうを予感させるものは何もなかった。

 当然と言えば当然で、技術が進歩し機械が発達したと言っても、現状はようやく人間が空を飛ぶという行為がセンセーショナルな冒険であることをやめた段階。

 飛行機が一般社会に認知されはじめた初期の段階にすぎなかったからだ。

 飛行機自体の性能もまだまだ低く、旅客にしても貨物にしても、空路経由の大量輸送というシステムは、確立されても必要とされてもいなかった。

 そんなものは、夢見がちの好事家たちが、脳裏にぼんやり思い浮かべているくらいで、自動車のようには飛行機は市民生活の中に入り込んできていない。

 だから、一部の例外を除き、飛行場と言ってもそんなに大した施設ではない。

 見晴らしの良い平地を更に平坦にならし、突き固められた地面を芝草のような丈の短い草が一面おおっていて、つまりはそれが滑走路といった程度のものなのだった。

 ガタゴトとほこりをまきあげながら、ジヴェリ機械製作所のトラックが走り込んだ『サントリナ王国東部第一飛行場』も、そうした例にもれない。

 眠気を誘うような、どこか間の抜けた飛行機のエンジン音が聞こえてきたりしなければ、羊や牛馬の姿がまったく見えない牧場か、ピクニックにちょうどいい公園といった、なんともノンビリとした風情の場所なのだった。

 とまれ、

 滑走路脇に建ち並ぶ飛行機関連会社の事務所や集荷場、待合い所、喫茶店やパブ、レストラン等の前をトラックは次々に通り過ぎてゆく。

 平屋か二階建ての建物ばかりで、ところどころにテーブルや椅子がひろげられ、食事をしている人間がいたりする様は、いっそ商店街のようでもある。

 そして、そんな一画を抜けると、トラックは飛行機格納庫が建ち並ぶ場所にさしかかった。

 巨大なカマボコを伏せたような形のそれら格納庫は、どれも滑走路側に開口部を向け、一列にならんで建てられている。

 ジヴェリ機械製作所のトラックは、その中のとある一棟の前で停車した。

 例外的に出入り口がピタリと閉ざされている格納庫である。

「行くぞ!」

 荷台に居並ぶ面子の中で、するどい口調でそう言ったのは誰だったのか。

 しかし、そんなげきがとぶまでもなく、ブレーキのかかる金属音が響く中、トラックの行き足が止まるか止まらないタイミングで、工員たちは全員がバラバラと荷台の上から飛び降りていった。

 何をそこまで急いでいるのか、たった今までわいわいやっていたのがピタリとやんで、まるでオモチャかお菓子の争奪におもむく子供のように、我先にその格納庫にむかって走っていくのだ。

「また後で」「おもしろい話だったっス」「仕事がすむまで待っててくれな」「それじゃ」

――そんな挨拶だけを各人それぞれハーランにすると、あとは一度も振り向きもしない。

 一人取り残されたハーランが地面に足をおろした頃には、もう格納庫のおおきな扉には人がとりつき、施錠は解かれて、おおきく開けはなたれようとしていた。


「お疲れ様です」

 ほったらかしにされ、呆気にとられてポカンとしているハーランの前に、そう言いながらクラムがやってきた。

 ハンドルを握り続けて疲れたか、ちいさく肩をまわして、コキコキと首を左右に傾けている。

「君こそ運転お疲れ様……」と、ねぎらいの言葉を返して、そこでハーランは気がついた。

「ミーシェルさんは?」

 周囲を見まわしてみるがエルフの少女の姿はない。

「ミーシェルでしたら、もう仕事にかかってます」と答えて、そこでクラムは表情をあらためた。

 深々とハーランにむかって頭を下げる。

「会社では、とんだ粗相をしでかし申し訳ありませんでした。

「本人に悪気がなかったことは確かですが、ご迷惑をおかけしたのは事実です。ミーシェルにかわり、あらためてお詫びいたします。どうも申し訳ありませんでした」

 それで、と言葉を継ついで、

「ご迷惑をおかけしておいてなんですが、仕事にかかりますのでこれで失礼させていただく非礼をご容赦ください。おくるまの件、服のクリーニングの件――お詫びはまた日をあらためて必ずとお約束をいたします。

「このトラックは、三〇分ほどもしたら会社に戻る予定です。向こうに帰り着く頃には自動車も元通りになっているでしょうから、もうしばらくご辛抱ください」

 重ね重ね申し訳ありませんと、また頭を下げる。

 会社でもそうだったが、今のこうした手配り気配り具合を見るにつけ、どうやらクラムは平工員ではなく、彼らを束ねる主任のような立場にあるらしい。

 それで業務連絡ならぬお知らせに、ハーランの所へやってきたということのようだった。

 しかし、どこか引っかかる。

「今の君の言い方からすると、仕事がすんでもここから会社に戻らない人間がいるように聞こえるんだが?」

 かるく眉をひそめ、ハーランは不審に感じたところを訊いてみた。

 クラムが口にした謝罪の言葉は、粗相の直後に会社の中でも聞かされている。トラックの帰社予定時刻の件は別として、何度もくりかえす必要はないだろう。

 それなのに再び頭をさげてきた。

 同行しているメンバーの内、ハーランに謝るとしたら、それは二人――当事者のミーシェルと、彼女の上司(?)のクラムであるには違いない。

 つまり、クラムとそれからミーシェルも、トラックに乗ってハーランと一緒に会社には戻らないということか。

 だから、こうして最後の機会をとらえて謝ってきた?

 でも、どうして……?

 この当時、航空旅客運賃は、それが近距離であっても平均的な家賃一ヶ月分にほぼ等しい。であれば、そうおいそれと飛行機による移動が選択できよう筈もない。

 飛行場そのもので長時間過ごすということでもなければ、ここで別れる理由がわからないのだ。

 ハーランならずとも首をかしげざるを得ないが、はたしてそのタイミングで、

「おーい、クラムぅ!」と、格納庫の方からエルフの青年を呼ぶ声がした。

 クラムと、つられてハーランが声のした方向に向きなおる。

 一緒にここまでやってきた工員の一人が、両の手をメガホンにして叫び、早く来いと手招きしていた。

 そして、

 更にその後方では、格納庫内の暗がりから軽飛行機が一機、今しも陽光の下に押し出されてきつつあるところだった。

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