3.邂逅―3『三人の若者―3』

「大丈夫ですか?」

 パイロットと少女――二人が立つ木の根方に着いて、開口一番、青年が発した言葉がそれだった。

 ここに駆けてくるまでの途中、ふたりの様子や離れた場所にひっくりかえっている飛行機から、おおよその状況を把握したものらしい。

「ええ、大丈夫です」

 しかし、少女の時と異なり、パイロットが反射的に身構えてしまったのは、青年の物腰に言葉とは裏腹な、どこか人のことを嘲っているようなところを感じとったからだ。

「所属部隊への連絡は、もうお済みですか?」

 青年がそういてくる。

 パイロットは肩をすくめてみせた。

 内心、いちべつしただけで自分のことを軍人と見抜いた相手の眼力に驚いていたが、おくびにもださない。

 ちょっと詳しい人間なら、草原の上でひっくり返っている飛行機が、空軍の保有する戦闘機だということなどすぐにわかる。

 しかし、

「ついてないことに通信機も故障していましてね。応援を呼んでもらえると助かります。空軍のマートルシャム基地です」と言ったのに、

「第三飛行師団独立飛行第四七戦隊宛てで、よろしかったでしょうか?」と、自分の依頼の不足な箇所を相手が確認してきたのには、さすがにビックリした。

「……そうです。お願いできますか?」

 自然、うなずきながらも警戒する目で相手を見てしまう。

 おそらくは、不時着した乗機に描かれたマーキングから所属部隊を判断したのだろうが、それにしても詳しすぎると思ったのだ。

「わかりました」

 そんなパイロットを見つめながら、対する青年の方もうなずいた。

 何故かはわからない。しかし、言葉をかわす度に、表面上はあくまで丁寧に応じる青年から感じられる嘲りの色がしだいに濃くなっていく気がしてならない。

 気のせいかもしれない。

 初対面であることは間違いないし、あるいは(と、パイロットは、ちらと自分が身につけている軍制式の飛行服に目をやった)単に軍人が嫌いなだけかも知れない。

 それにしても……?

 相対する青年が自分にむけてくる、含むところありげな態度にすこしとまどいながら、だから、パイロットは相手に気取られぬよう注意しつつ青年を観察してみた。

 外見からすると二五、六歳くらいだろうか――年齢的にはパイロット自身とほぼ同年といったところ。身長も大して変わらない。スラリとした長身で秀麗な容姿をしている。

 まずは美青年といってよいだろう。

 今はラフな作業着のような服を着用しているが、これでピシッとキメた格好でもしていれば、街中ですれちがうほとんどの女性が振り返るにちがいない。

 そして、青年もまた顔の両脇からとびだすながい耳を有していた。

 エルフだ。

(兄妹なのかな?)

 パイロットは一瞬そう思ったが、ほとんど同時にそれをうち消す。

 青年とミーシャと呼ばれた少女は(青年が黒髪、少女が金髪と)頭髪の色が違っていたし、なにより面立ちがまったく似ていなかった。

 そのことに何故だか安心してしまったパイロットだったが、

 とまれ、

「じゃ、行こう」

 青年が少女に声をかけた。

「え? でもクラム……」

 うながす青年に、少女はとまどいのまじった声をあげる。

 生命に別状ないとはいえ、ケガ人を放置していくことに抵抗を感じているのだろう。

 そんな少女のとまどいに気がついたのか、そのまま背を向けスタスタ歩いていこうとしていた青年――クラムは、苦笑しながら戻ってくると、少女に向かい、「あのね」と言った。

 背をかがめ、少女と目線の高さをあわせて話すその様子には、のっけから彼がパイロットに対してみせているような、いかにも隔意ありげなところは欠片もない。

「あのね、ミーシャ。ボクの勘違いでなければ、軍人さんは足をくじいていらっしゃるようだよ。多分、不時着した時に痛められたんだと思うけど、いくらなんでもその状態で街まで歩くのは、とてもムリだよ。

「それにどうやら単独飛行途中にこの事故にあわれたようだし、通信機も故障している。

「つまり軍人さんは、所属していらっしゃる部隊からすると現在行方不明で、かつ連絡をとる手段もない。とすれば、ボクたちがかわりに連絡をとって、ここまで迎えにきてもらうのがベストの対応じゃないかな?

「不時着した飛行機を放っておくわけにもいかないから、誰かが見張っておく必要もあるだろう? だから、とりあえず、ここで君にできることは何も無いし、それに社長が呼んでたよ」

 約束してたこと忘れてただろ?――クラムと呼ばれた青年がそう指摘すると、あっと少女は口もとをおさえた。

 どうやら図星だったらしい。

 それでも立ち去ることをなおもためらっている少女に、見かねてパイロットの方が、大丈夫ですよと声をかけた。

 そして、それよりも、と続けて、

「申し遅れましたが、私は王国空軍少佐ハーラン・デュリエルと申します。よろしければ、お名前をおきかせ願えませんか、お嬢さん?」

 後日あらためてお礼を申し上げたいので、と言う彼に、はいと少女はうなずいた。

「わたし、ミーシェル。――ミーシェル・エアミシエル・オレリアンといいます」

 ペコリと頭をさげ、それから慌てたように帽子をぬいだ。

 もう一度、頭をさげる。

 しつけが良いと言うのかなんと言うのか――かぶっていた帽子を胸の前で抱くようにして持ち、モジモジとすこし頬を染めている様子がいかにも可憐だった。


「すぐに救助の方たちを呼んできますから」

 ごめんなさいと謝らんばかりに、彼にむかって申し訳なさそうに頭をさげ、クルリときびすをかえして、すこし向こうで待っている青年の方に少女は駆けてゆく。

 青年とならんで歩きながら、それでもなお振り返り振り返り、いかにも立ち去りがたそうに去ってゆく少女に、パイロット――ハーランは、かるく手を振って見送った。 

 ミーシェルとハーランとクラム――これが、後にこの国の命運を左右することとなる三人の若者の出会いであった。

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