2.邂逅―2『三人の若者―2』

「だ……ぶ……です……か?」

 だれかが、どこかで、なにか言っている。

 一瞬、顔をしかめると、はゆっくり目をひらいた。

 最初に目にうつったのは、雲ひとつない抜けるように青い空。

 ついで下から見上げた木の葉陰。

 ちょうど昼寝からさめた時のような、なんとものどかで平和な景色だった。

 春まだあさい頃とて空気には冬の名残なごりの冷たさが未だわずかに残っている。

 自分の身体、その背中の方からつたわってくる折り敷いた草や地面のひんやりとした冷たさ。

 そして、服から露出した肌をなでていく風。

 風にまじる草木の青いにおいから、自分がどこか広々とした屋外に仰向けに寝ているのだとわかる。

 実際、波うつような草原に、ぽつんと生えている一本の木の、その緑陰のなかに彼は横たわっているのだった。

「大丈夫ですか?」

 また声がする。

 その言葉に応じるように、まだボンヤリとしたまま声のした方へ目をやると、そう言って、心配そうな顔で彼を見ているのは、まだ年若い娘だった。

 としの頃なら一七、八歳。

 ととのってはいるが、美しいというより、多分にあどけなさののこる容貌は、むしろ可愛らしいと形容するのがふさわしい少女だ。

 陽射しがきついのか、額にうっすらと汗をかいている。

「…………」

 一言も発せぬまま、ふたたび目をとじた彼に、

「大丈夫ですか? どこか痛むところはありませんか?」

 パッと表情を輝かせたのも束の間、気づかわしげな口調で矢継ぎ早に質問してくる。

 彼がふたたび目をあけると、意外なほど間近なところに少女の顔があった。

 前かがみに寄せた顔の両脇から、ウサギのような長い耳がぴょこりととびだしている。

「……エルフ、か……」

 意識をとりもどしたばかりの人間に特有の、焦点の定まらぬ独り言のような呟きが口からもれた。

 エルフ――森に住まう者にして風の妖精。

 生物学上の区分における人類種ではあるが、しかしヒト族ではない人類。

 そう。

 この世界には、総人口の過半を占める最大勢力のヒト族の他にエルフ族、ドワーフ族といった――ヒト族が言うところの亜人間、彼ら自身が名のるところの妖精が、知的生命体として存在する。

 ヒト族とよく似た容姿の彼らは、しかし、やはり種族に特有の肉体的特徴をもち、たとえば一〇センチ程も上方向にながく伸びたが、風の妖精エルフに共通するそれだった。

 いにしえの伝承では、ヒト族をりょうがする知恵をもち、天候をあやつり、地形をも変える強大な魔法を駆使するとされた種族である。

 とまれ、

 意識がなかばもうろうとし、いっかな回復しない相手を前に、少なからずおろおろと落ち着かない様子の少女は、簡素だが清楚な印象の衣服に身をつつみ――そして、つば広の白い帽子をかぶっていた。

 依然、視線もさだまらぬまま、見るともなしに少女を見ていた彼は――では、彼女が不時着直前に見た人間だったんだな、と妙なところで得心する。

 と、そこでやおら正気にもどった。

「そうだ! 俺の乗機は……!?」

 ガバッと身体を起こそうとして、しかし、上体をもちあげたところで目眩めまいをおこす。

「大丈夫ですか?」

 これで何度目だろうか、身体をふらつかせた彼――パイロットに手をかしながら、少女がおなじ質問をした。


 少女の手をかりて立ち上がると、途端に足首にズキンと鋭い痛みがはしり、思わずパイロットはうめき声をもらしそうになった。

 心配そうな目をむけてくる少女に(少しひきつってはいるが)笑顔を見せて、大丈夫だよと安心させる。

 痛めた足に負担がかからないよう木の幹に身体をもたせかけ、届く範囲を手でさぐり、関節部をかるく動かし、そして全身に力をいれてみる。

 骨折した箇所はないようだ。

 見たところ大きな外傷もない。

 どうやら不時着のショックで気を失ってしまったらしいが、ケガはと言うと足をひねった程度ですんだらしかった。

 そして、

 その、当の機体はといえば、今いる場所からかなり離れた所にひっくりかえったままの状態で風に吹かれていた。

 さいわい火は出ず、爆発もせずにすんだようだ。

 もちろん、ひっくりかえった機体から彼が自力で這い出せたはずもなく、今も隣にあって彼をささえてくれている少女が、コクピットにもぐりこんで縛帯ベルトをはずし、ここまで運んできてくれたに違いない。

 してみると、最初にみとめた彼女の汗は、そうした重労働のためだったのだ。

 あらためて、感謝の念をつたえなければ、と、彼が身体の向きをかえようとした、その矢先、

「ミーシャ!」

 多分、少女の名前なのだろう――おおきな声で呼ばわりながら、なだらかな丘の起伏の向こうから、青年がひとり駆け寄ってきた。

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