横浜編・第6話


ひと段落し、ユウはベンチに座って、警官に事情を尋ねられていた。身柄処理が終わったレナが、ユウの隣に座る。

「はー、疲れた。久しぶりに刺激的なドライブだったわ」

「…」

「ごめんねー。怒った?有給取ってたってのも実は嘘。バリバリの仕事…仕事っていうか、捜査ね。黙ってて申し訳なかったんだけど、私、関西厚生局の麻薬取締官なの。」


レナの父親は、関西裏社会に精通する大人物だった。

しかし薬物密輸の経由地に使っている大阪港が、国際博覧会の開催に伴い警備が強化され、利用できなくなった。そこで、横浜港を代替のルートに設定し当面の在庫を確保しようとした。しかし、その隙を突いてマトリが動いた。


「あなたの感じでは、たぶん父親のやったこととは全くの無関係そうね。でも、一応事情は聞かせてもらう。申し訳ないけど、ニューヨーク行きは少し遅れるわね」

「あの、僕も…そうなるんですか?」エリート野郎が尋ねる。

「あなたも、申し訳ないけど数日は事情を伺うわ。支障がありそうなら連絡してちょうだい。こちらからちゃんと説明するから。」

エリート野郎は、少し落ち込むような様子でうなずいた。


ユウは、けらけらと笑い出した。

「あーおかしい。こんなドラマみたいなことあるなんて!」


「私ぜーんぜん知らなかった。あのアホ親父がそんなことしてたなんて!」

ユウはあっけらかんとした表情で、レナに言った。

「全然こたえてなさそうね、その様子じゃ」

「だって嫌いだったもん。お母さんも沢山苦労してたし、仕事のことに私たち巻き込むところとかもほんとに嫌い。だから、別に、」


笑う声が、震えていた。


レナは、ユウの肩を優しく撫でた。

「口ではいくらでもそう言えるけど、自分の心は簡単には誤魔化せないものよ」

ユウが流した大粒の涙を、優しく拭う。言葉にせずとも、レナは十分わかっていた。反抗しながらも、ユウは父親のことをどこかで想っていたということ。でも、反発しあう心が、2人を素直にさせなかったこと。



ユウは、結局事情聴取を受けるため、成田を去ることになった。

「レナさん」

怜奈は、ユウの声に反応して振り向いた。ユウは

「超かっこよかったです!」

目を真っ赤に晴らして、そう言った。

レナは、すこし呆れたように笑い、そしてこう返した。

「あんたがまず言うべきなのは、【私を成田まで送ってくれてありがとうございました】でしょ。」

「…だってニューヨーク行けなくなっちゃったんだもん」

「まあ、それも事前にわかってたんだけどね。事前捜査で、あなたの周囲も洗わせてもらってたから。間違いなく式を抜け出して国外へ向かうだろうと思っていたから、私たちもそこをしっかり包囲させてもらったのよ」


「ま、せいせいしたならそれでいいわ。ニューヨークで、幸せになりなさいよ」

ユウたちは別の警官に誘導され、レナとは別の車に乗った。


ユウとレナ達を乗せた車列は、成田を後にし東京へとひた走る。

漆黒に染まった夜空に、ユウが乗るはずだった飛行機が飛び立っていく。仕事とは言え、2人の幸せに水を差すようなことは嫌だった。しかし、ユウのキラキラと輝くような笑顔を見て、少し救われたような不思議な気持ちを覚えていた。


長い有給休暇、に見せかけたおとり捜査はこうして幕を下ろした。



[横浜編・了]

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私たちは何処へ往くのだろうか? 瑞野 蒼人 @mizuno-aohito

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