第35話 魔法の呪文について

 今日は金曜日。と言う訳で放課後には文芸愛好会全メンバーが集まります。とは言っても、いつもの集まりにパレットの同級生の男子が1人追加されるだけなのですけど。

 一週間ぶりに5人集まって――けれど、それで更に賑やかになると言うものでもなく、厨ニの渡部は教室の隅っこで1人孤独の謎キャラを演じていました。


 パレット達はもう毎日会っているのもあって、大西先輩とヨシムラ部長の並ぶ後ろの席にピッタリ並んで座っています。既にそこが定位置ですからね。


「今日は何するんだろうね、パレチー」

「原稿を集めるのは来週だもんね。アニメでも見るのかな」

「楽しみ~」


 部活の日にアニメを見る場合、この中のメンバーの誰かがソフトを用意しなければなりません。そうして、大抵は大西先輩か部長のコレクションから選ばれます。パレットは今回もそのどちらかの秘蔵ソフトがお披露目されるだろうと期待していました。

 そんな時、遠く離れた席で渡部がさっと手を上げます。


「部長、今回は我の所持している円盤を見てもらって構いませんかっ」

「うん……いいよ。じゃあ……操作して……?」

「は、はいっ!」


 部長の許可を得た彼は、そのままソフトのパッケージを持って視聴覚室に設置してあるプレイヤーの前まで移動します。まるでぜんまい仕掛けのロボットのようなその不自然な動きを見て、パレットは隣に座る友達に耳打ちしました。


「渡部、緊張してるよ」

「だって、初めてだもん。やつがソフト持ってきたの。そりゃ緊張するでしょ」

「何のアニメだろうね?」

「やっぱヒーローモノかなぁ……」


 2人は面白おかしく渡部をネタに盛り上がりますが、パレット達はまだこの部活においてお互いにソフトを持って来た事はありません。それを考えると、まだ彼の方が部に貢献していると言えます。

 部長の指示を受けながらプレイヤーを操作する渡部の頬が、こころなしかほんのり赤く染まっているようにも見えます。それは初めての事をする緊張からくるものなのか、それとも――。


 ソフトをセットし終えた渡部はパレット達の席の斜め後ろのあたりに座ります。その位置が彼にとってのベストポジションなのでしょう。そうして、モニターに映像が再生されました。

 初っ端に現れたクリチャーを見たパレットは、思わず口に手を当てます。


「うげ、ゾンビじゃん……」

「リアルゥ……実物見た事ないけど」


 渡部が持ってきたのはSFXバリバリのゾンビもの。この手の物語は普通ゾンビと一般人が逃げたり戦ったりするのが定番ですけど、このソフトではゾンビに敵対するのが魔法使いと言う変わり種でした。ゾンビを生み出した悪の魔法使いと、それに対向する正義の魔法使いとの戦いの物語だったのです。

 ソフトは長い物語のプロローグらしく、これから壮大な物語の幕が上がるぞと言うところで終わりを告げました。部活の時間を考えればそこで終わるのがベストではあるのですが、楽しく見ていたパレットにとってそれは蛇の生殺し状態です。


「え~。ここで終わるの~!」

「どうだ、面白かっただろう」

「何で上から目線なのよ~」


 ドヤ顔の渡部は王様状態です。それがちょっと気に入らなかったパレットは軽く抗議しますが、雰囲気に酔っている彼はその訴えを軽くスルーします。


「ちなみに続編は我も持ってないのだ」

「何で~!」

「何か人気がなくて日本版が発売されなかったらしい……無念」

「うそお~」


 続きが見られない事にパレットはショックを受け、ガックリと肩を落としました。そのリアクションを見た渡部は更に調子に乗ります。


「でな、我は創作物における魔法の表現について考えておるんだ」

「ふ~ん」


 突然どうでもいい話に移行して、パレットは秒で興味を失いました。それでも渡部は気にせずに続けます。


「この物語でも魔法が活躍してたけど、皆は自作での魔法の呪文はどうしておるのだ? 我はやはり詠唱は魔法の花だと思う……」

「魔法ね、面白いやん。私はそれっぽい呪文を作るのが好きやけん、長ったらしい詠唱をさせたりしよるよ」


 彼の話に乗っかったのは大西先輩。くるりと振り返ると楽しそうに話をします。先輩がノリノリなので、パレット達も続ける流れになりました。


「私はそう言うの考えるの苦手だから、チチンプイプイみたいなのを一個作って使いまわしてるかな~」

「あたしもそれだな~。つっても童話の魔法使い的なやつしか作品に出した事がないからだけど」


 そうやって魔法の呪文談義に花を咲かせていると、ずーっと聞き役に徹していた部長がポツリとつぶやきます。


「みんなダメだよ……魔法を適当に扱っちゃ。作品に魔法を出すなら魔法事典の表記に従って正式な呪文を唱えさせないと……。架空だと思った呪文が恐ろしい意味を持っていたら大変だよ。何が起きてしまうか分からないんだから……。それを確かめる手間を惜しんじゃダメ……。後ね……魔法って言うのは……」


 その余りに本格的な発言に他のメンバーはすっかり萎縮してしまい、この話題は自然消滅。部長の闇の部分を垣間見たこの事件は、後に部長の闇の伝説として語り継がれる事になったとかならなかったとか……。

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