第33話 昔の文豪が先生扱いされたのは執筆の度に取材していて博識だったから説

 放課後のほぼ部活、パレット達は先輩方と段々と打ち解けていきます。緊張気味だったヨシムラ部長とも、少しずつ普通に話せるようになってきました。

 この時間の集まりは授業ではないので、スマホを普通に取り出しても怒られる事はありません。って言うか、自主的な生徒の集まりなのでこの場には顧問の先生もいませんからね。


 この文芸愛好会、一応学校に認められた活動なので顧問的な先生自体はいます。大西先輩のクラスの担任で、名前は八木先生。とは言え、この先生はすごくやる気がなく、実はパレット達は一度もまだ会った事がありません。

 なので、パレットは今後もずっと会う事がないといいなとか思っていたのでした。


「放課後にこうやって普段会う事のない先輩と楽しく喋れるっていいなー」

「私も君らと話すのは刺激になるよぉ。こっちだって後輩とは接点ないけんねぇ」


 大西先輩が元気よく話す隣では、部長がフンフンとうなずいています。心の距離が縮まっても、やはり部長は部長なのでした。

 4人の中で創作活動のジャンルが小説ではないのはミッチーだけ。ここにいない残りの会員はマンガも描くのですが、今はいないので数には入れません。


 と言う訳で、ミッチーは少し自虐気味につぶやきます。


「今の内に未来の文豪様にサイン貰っとかなきゃ……」

「ちょ、気が早すぎ!」


 この冗談に、パレットは軽くツッコミを入れつつ反撃を。


「それなら未来の大漫画家様にもサインを貰わなきゃね~」

「やば! サイン考えなきゃ」


 ここでみんなは大爆笑。そこからしばらくサイン談義は続きます。普通に名前を書くだけでいいと言う特別なサインいらない派の部長や、自分の証明になるのだからと凝ったサインを考えなきゃいけない派のミッチー。パレットの考え方はミッチー寄りでしたけど、当然自分のサインはまだ全然考えてはいないのでした。

 3人の意見が出揃ったところで、みんなの視線は自然と大西先輩に注がれます。


「私は……ほうやねぇ。取り敢えず読めるサインにはしたいと思う。たまにあるやん、読めないようなサイン。ああ言うのはちょっといややな。だからまずは読めるような字を書けるようにならなね」


 先輩はそう言って自虐ギャグをカマします。そこは笑うところだったのですが、笑っていいかどうかの判断のつかなかった後輩2人は微妙な表情を浮かべるので精一杯でした。

 このネタはそんな感じで場の空気が混沌としてしまったので、何とかしようとパレットは頭の中で懸命に話題を探します。


「そうだ。文豪って、物知りなイメージがありますよね。私達ももっと勉強しなくちゃかな」

「文豪ねぇ……ラノベ作家は一生呼ばれなさそうやね」

「そ、それは……」


 先輩の反応から、この話題は失敗だったかとパレットは言葉に詰まります。確かに純文学で高い評価を得た人は後に文豪と呼ばれるかもですが、ラノベでどれだけヒットを飛ばしても、文豪と言うイメージには結びつきません。

 立ちふさがる厚い現実の壁を前に彼女が困っていると、そんな後輩を目にした部長がここで助け舟を出しました。


「文豪の先生方が物知りのイメージなのって……多分学生時代の成績じゃないと思う。作品を書く度に取材をするでしょう……資料を集めるでしょう。それで自然に博識になったんじゃないかな……」

「有名な文豪の先生の資料室って、図書館並みに本があるって言いますもんね」


 部長の説にパレットはすぐに乗っかります。そうして、今の微妙な場の空気の一掃を計ったのでした。


「それに……ラノベ作家だっていつかは文豪と呼ばれる日が来るかもだよ、ラピスちゃん」

「名前呼びはヤメレ~!」

「「ラピス?」」


 パレット達は初めて耳にする先輩の名前に目が点になります。先輩は自分の名前がとても恥ずかしいらしく、頭の上の狐耳を抑えてくるりと背中を向けたのでした。

 その後、何とかなだめすかして先輩の機嫌も直るのですが、気がつけば下校時間。パレット達は先輩の名前だけを記憶に残して、学校を後にしたのでした。

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