第3話 仕合③
力強い言葉。
背中に受け取ったスミスの激。
たった二つ。
そのたった二つこそが、僕を動かす力の全てだった。
記憶の無い僕が唯一持っている、か細くも強い繋がり。
それこそが力を与えてくれる。
そうして鼓動を早め、血流を加速させる。
「お? なんだ、立てるじゃねえか」
立ち上がった。
歯を食いしばり、地面を足で噛み締めて。
聞こえるのは軽薄なローグの声と観客の罵声。
そんなものでは挫けないぞ。
まだ、足掻いてやる。
「帰る……生きて……帰るん、だ……あそこに!!」
「はははは!! 無理するな! 鼻血が垂れてるぞ!」
知っている。ついでに言うなら足だってフラフラだ。
だが、戦えないなんて誰が決めた。
いつだって、それを決めるのは僕自身だ。
「なら、まだまだ楽しませてもらおうか!」
巨体が巨大な戦斧を振り上げ、足を大きく広げた。
そうしてローグは地面を蹴り、ロケットのように自身を射出する。
標的はもちろん、無防備に構える僕。
戦斧が、振り下ろされる。
「今!!!」
刹那、砂つぶがローグの顔に舞った。
倒れた時に片手一杯に握っていたのだ。
「くっ……! この程度の小細工!」
確かに小細工。
だがお陰で、ローグの攻撃を止め、視界を遮る事ができた。
「ここからは! 大細工だーー!!!」
こぶし大の石を握る。
僕が叩きつけられた壁の破片だ。
僕は足を踏み切り、石を握ったまま、腕を振るう。
投擲の如く振り抜かれたそれは、空に弧を描き切る。
そうして全力、会心、最硬の一撃が、ローグの顔面に突き刺さった!
「グアアア……!」
呻き声を上げるローグ。
石が当たっているのは頬。
これは相当効いたはずだ。
しかし、手に伝わる感覚には違和感があった。
それはまるで、鋼鉄でも殴ったような感触。
ーービキッ!
その瞬間、右手の石が粉々に砕けちる。
「っってな!」
危険を感じて飛び退いたが既に遅かった。
強烈な前蹴りが僕を軽々と弾き飛ばす。
「ぐはッ!!!!」
砂を巻き上げながら地面を転がる。
今ので確実にアバラが持っていかれた。
「ば〜〜か。防壁魔法も知らねぇのかよ、勇者様♡」
ドスドスと大男が向かってくる。
地面を握り、僕は伏せたまま砂を投げつけた。
「おっと!」
頭を逸らされ不発に終わる。
そこからやって来るのは、追撃の蹴り。
「ガハッ!!!」
無様に転がる。同時に観衆が沸き立った。
「もう忘れたか? 俺様はチャンピオンだぞ。目潰しなんて常套手段、対策してるに決まってんだろ。あ、そうかお前、記憶喪失だったな! ハハハハハハ!!!」
「はぁはぁ……」
無情な嘲笑が響く。
脇腹が痛い。
肩も、腕も、足も。
さらに、じっとりとへばり付くような汗が、全身に回っている。
「はぁはぁ……」
呼吸を止めると鼓動まで止まってしまいそうだ。
落ち着け、落ち着いて、息を。
「そろそろ良いか。実は必ず殺すように言われてるんでな」
そう言うと、ローグは倒れる僕の襟首をガッシリ掴み上げた。
僕の体を片腕で簡単に持ち上げると、反対の手で拳を握った。
「苦しいか? 安心しろ。もう、終わる」
次の瞬間、岩石のような拳がめり込む。
そして吹き飛び、ボロ雑巾のように地面に打ち捨てられる。
ごめん。スミス。
やれるだけやってみたけど、僕はここまでみたいだ。
もう限界なんだ。もう苦しいんだ。もう、楽になりたいんだ……。
呼吸をやめる。
次第に鼓動が小さくなっていく。
視界が霞がかる。
順当に全身の力が抜けていく。
喧しかった歓声も、どんどん小さくなる。
終わりだ。
「ーーーーで!!」
ん……。
「まーーいで!!」
声が聴こえる。女の子の声?
それにしても、懐かしい。
「まーなーいで!!」
泣いてる。
どこのどいつだ? こんな綺麗な声の娘を悲しませるなんて……。
許せないな。
「お願い!! 負けないで!!」
そうか……。
僕か……。
瞳が開く。
「ーーかはっ!」
呼吸を再開。
同時に止まりかかった心臓を全力で再起動する。
聞こえた。
この騒音の中、確かに声が。
僕の事を想う声が聞こえた。
「はーー!! スーー!!」
血流を回し、全身を加熱させる。
あの娘を泣かせたまま、死んでいいはずがない!
未知の感情が僕の心から吹き上がる。
そして痙攣する筋肉を締め上げ、全身に力を回す。
「会わなければ!」
懐かしく、愛おしいあの声を、頭に刻み付ける。
「会って、言わなくちゃ! 好きだって!」
限界を迎えた筈の肉体。
それが今、意思の力だけで蘇る。
……あれ? 今僕、何言った……?
「愛してるって……!!!」
何だ? 何、言ってんだ……?
置いてきぼりにされる思考。
ぼやける視界。
だが、そのまま。
僕は再び立ち上がった。
「……へえ。言ってる事はわからねぇが、その気迫……面白い」
ローグが戦斧を手に持った。
そして、刃を返して僕に向ける。
「今度こそ楽にしてやる」
「はあああああああああ」
呼吸が回り、思考がボヤける。
何だよこれ! 体が勝手に動いてる!?
ローグが動き、やがて間合いが詰まった。
戦斧が必中となる、最適の場所へ。
やがて振り上げられた戦斧。
そこで、僕の意識は完全に途切れた。
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