私立探偵 伊集煉斗

岡上 山羊

第1話 落とし物にはご用心①

 探偵は今日もバーにいた。理由?そんなものはないさ。だって探偵はバーにいるものだろう?

伊集いしゅうさん。伊集さんてばぁ。もう看板だよ」カウンターにうっぷして眠っていた探偵は、バーテンダーに揺り動かされ目を覚ました。

「あ…あぁ、悪いマスター。それで?勘定…チェックして…くれ」

「本当、頼むよ。三千五百二十円ね」バーテンダーがそう言うと、探偵は内ポケットから長財布を出し、一万円札を出した。バーテンは鼻から空気を抜きながら、またかよ、と言いたげに受け取った。釣り銭に五千円札一枚と千円札一枚、百円玉が四枚と十円玉を八枚渡した。それを探偵は所定の位置にきちんと納めた。

「まいどありがとございました」バーテンダーに見送られ、千鳥足のままに探偵は帰路に着いた。嗚咽と共に吐き気だけを吐き出して探偵は自宅兼事務所のソファで眠りに就いた。

 翌朝、目を覚ました探偵は、三階に事務所が入っている雑居ビルの下にあるコンビニエンスストアで缶コーヒーでも買おうと立ち上がった。両手で両内ポケットを探るが、財布らしい突起物がない。少し頭から血の気が引くのを感じて他のポケットを探った。しかし何故かあるはずの財布がない。

 し…しまった、などと思いつつ冷静さを取り戻す努力をした。バーから事務所までは歩いて四、五百メートル。バーでは支払いをした記憶は確かなので、その間に落としたか、られた。いや、人とすれ違った記憶もないので落としたのであろう。

「け…警察だ。警察に行こう」探偵は二日酔いのガンガンと痛みが走る頭を抱えて、最寄りの警察署へと急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る