君の心に憎しみと愛を。

サカナ

プロローグ 灰色の箱

やっぱり本って面白い。


どの本を読んでも、ファンタジーで普通じゃ有り得ないものばかり登場する。


その一つ一つの意味に疑問を持てば、その言葉が知りたくてたまらなくなるから。


今日も分からない単語にはペンで線を引く。


そして食事やらトイレやらの世話をしてくれる〝女〟にたくさん質問してその意味を隣に書き込んだ。



『貴方は本当に勉強が好きね。』



ふんわりとした足首までのスカートはいている女を、本の中で表すとしたら〝美人〟 。



でも僕はこの人以外の女という人種に出会ったことがないから、この本が言う美人と僕の美人は違うかもしれない。



何年か前に読んだ本には、確か女は誰だって美人だって書いてあった気もするし、きっと間違ってないはず。



「ねね、これはなんて読むの?どういう意味?」


「これは、映像を映す箱よ。……フェイクしか映さない、ただの無能な箱。」


「ふぇいく?なぁにそれ。」


「んーん、なんでもない。テレビにはたくさんの情報が詰まっていて、人々はみんなその箱に向かうわ。」


「箱に集まるなんて変だね。そんなもの、現実には存在しないでしょう?」


「ええ、もちろん。そんな馬鹿らしい箱は存在しないわ。フィクションの中の世界よ。」



女はなんでも知っている。


僕が知りたいこと全てを知っていて、僕でも分かるように説明してくれる。


けれど僕が疑問に思う全てのものは、この現実には存在しないものなんだって。


確かに、ふぇいく?しか映さない箱にみんなが集まるなんて馬鹿な話、あるわけないもんね。



「さぁ、今日はもうおしまいよ。これを食べて眠りなさい。」


女は突然そう言って微笑むと、僕の手に握っていた本を強引に引き剥がした。



「まだ聞きたいことがいっぱいあるのに!」


「それはまた明日ね。」


「じゃあ明日も必ず同じ本を持ってきて?いつも結末が分からないまま新しい本になるの、嫌だから。」


「わかったわ。約束。」



女は小指を突き上げて笑った。


その仕草がよく分からなくて、首を傾げるけどそんな僕の反応は想定内だったみたいで深くは説明してくれない。



「それじゃあ今日はもうおやすみ。いい夢を見て。」



女は僕の前髪を優しく上げて、額に唇をつけた。


いつもしてくれるおまじないのような行為で、僕はこれをしてもらうととても安心する。



「うん、おやすみ。」



扉の奥に消えていく女の背中を見つめていると、目の前に置かれた食事の香りが鼻を擽った。


これを食べて早く寝よう。そしたら明日もあの女に会えるし、大好きな本を読むことも出来る。


僕は、鉄の掬いをもってスープを口に運んだ。





この数時間後に、僕の過ごすはずだった日常が大きく変化するなんて、夢にも思わずに。





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