西のカルデラ戦記① -風の舞う地ー

もってぃ

プロローグ


 中央大陸の東のはずれに興った聖王朝は、一族の持つ強大な魔法の力を以って数百年のうちにグウィディルンの世界の隅々にまで版図を広げ巨大帝国を形成するに至った。大地の富をうばいとり大気をけがし、生命体をも意のままに造り変える知と技を実現した巨大な魔法文明は千年後に絶頂期に達しやがて急激な衰退をむかえることになる。


 猛毒の大気──〝瘴〟の出現が原因である。


 およそ七百年の昔、〝終末の始まりの日〟と呼ばれる日の朝に聖王朝発祥の地で瘴が立ち昇り始めるや、それほどの時間を置かずにそれは霞みとなり霧となり雲となり野原や畑、森や村、丘や町を浸していった。

 陽の光に淡く蒼く輝く瘴はその美しさと裏腹に猛毒であり、生あるものが吸い込めばものの数拍で肺が固まり死に至るという恐るべきものだった。


 止むことなく湧き続ける瘴の浸潤によって人の生きることのできる領域は徐々に失われていき帝国の秩序は崩壊していった。帝国の版図は争いに満ちることとなり、複雑高度化した知と技は少しずつ失われていった。地表のいたる場所が瘴に覆われた静寂の世界と化していく中、偉大な帝国の末裔たる聖王家は天空へと逃れることを決断した。

 強大な魔力を使い、幾つかの大地を〝浮き島〟としたのである。


 その後三百年、瘴の上昇は止まらず、人々は聖王朝の後裔によって伝えられたかつての偉大な知と技に縋るようにして永い黄昏の時代を生きることになった。

 グウィディルンの世界は現在いまも瘴に沈みつつある──。



 その黄昏の時代の中、西のカルデラの地を揺るがせた争乱の中心に五人の若者がいる。


 聖王家に連なる名門ブレシナ大公家の嫡男アレシオ・リーノは、この黄昏の時代に美しき世界を求めた。


 その理解者にして友たるエリベルト・マリアニは、主の半身たることを望みかたわらに立ち続けた。



 西のカルデラの六邦を治めるルージュー辺境伯の次男ジョスタンは、ただ一族の安寧を想い弓を取った。


 聖王朝の中級貴族であり学者であったアニョロ・ウィレンテ・ヴェルガウソは、六邦の民に対する元老院のやり様に疑問を持った。



 そして、竜騎侯アロイジウス・ロルバッハ。

 出自すら定かでないこの戦災の孤児は、島嶼諸邦の小豪族の養子として争乱の地に降り立った。




 彼らはこの黄昏の時代のグウィディルンの世界で出会い、やがて友となり或いは敵となって西のカルデラの争乱を駆け抜けることとなる。


 彼らはさながら一陣の風であった。

 彼らが駆け抜けた後に吹いた風は西のカルデラの地に嵐を呼び込み、そのほんの一時の間のみ、世界は眩い光に包まれたかのように清浄さを取り戻した。

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