第6話 スコットランドヤード

十八世紀ボウストリート、主席治安判事ヘンリー・フィールディングより組織されたボウストリート巡察隊を始め、ロンドンの治安を図った。


そして、十九世紀、本部ウェストミンスター区。ロンドン警視庁よりロンドンの全てを区分しそれぞれの地区に警官を配置した。


その中でホワイトチャペル区、通称H地区と呼ばれる街がある。今世、治安悪化は止められず神に見放された街などの悪評が出回っていた。


しかし、スコットランドヤードの彼等は、カンテラを持ち、バッジを付け礼装を身に纏い治安維持への役割を担っている。それは、最期の審判以上の、期待と言う重圧の掛かった気難しい仕事と言えよう。




H地区警部補エイモンド・リードと、H地区レイモンド・アンダーソン巡査部長は、主の誕生による喜ばしい日に堕落の底を覗き込んでいた。




真夜中、巡回の交代をするためにホワイトチャペルの本部へと向かう。




「おー!巡回お疲れぇ」


「……早速酔っ払っておられますね。エイモンド警部補」


こう陽気な性格だが、敏腕な警官だ。あのジェームズ・フレイザー警視総監にも認められている人物なのだ。対象的に、警部は厳格な方でエイモンドのお目付け役である。此方からは、言い難いが、上手く塩梅が取れた仲だと認識している。


何処よりも、厳しい環境の地区に配属された者は、大概が昇進する。その為、ホワイトチャペルは腕の程を試される場でもあるのだ。




「ほら、言われていますよ。そろそろいい加減にして下さい!」


とウォルター巡査が酒を取り上げる。


「いいじゃないか!今日は、クリスマスだぞ!祝福の日に酒を飲まないなんてどうかしている。では、主の誕生に乾杯」


エイモンドは、ウォルターの酒を取り上げグラスに注ぎ飲み干した。




「これはもう駄目だな…諦めなウォルター」


レイモンドは、ウォルターの肩を叩く。


ウォルターはこれからトーマス巡査共に巡回に行く事となっている。実際、エイモンド警部補を連れて行くはずだったが…この有り様では連れて行ける訳もなく。




「はぁ…もう、早く巡査部長になりたい…そうすれば、エイモンド警部補に文句が言いやすくなる。だから早く出世してくれ、レイモンド」


「馬鹿言え。異動になったら同じ区間で働けなくなるだろうが」


「区間って、同じロンドン市内だろう?問題ないじゃないか」


冷静沈着と言葉にする相棒へすがり付く。




「心の友!何でそう突き離そうとするんだよ…」


レイモンドの悲痛な叫びが、部屋中に響き渡ったのだった。






※※※※※※








ロンドン搭から帰りロンドン中心部にあるホテル203号室に戻る。ベルボーイがそろそろ来る時間だ。


乱雑に置いたせいで至るところにある本と、皺になっている白いシャツ。暗闇の中、煌々と付いたテレビ…完全に切り忘れていた。ベルボーイには、夜だけ食事を持って来て欲しいと言ったからか。




パソコンの電源を入れ、パスワードを打つ。




「さてと、片付けますか」


部屋の照明をつけ床に散らばった本を拾って行く。そう言えば…亮輔には、いつも怒られて片付けていたな。


ふと、トン…と肘に何かが当たった。




「あっ…これは…亮の」


それは、見覚えのある手帳だった。


亮輔が、アメリカの方へ引っ越す時にプレゼントしたんだっけな。


懐かしい…


それよりも、大切に持っていてくれた事が嬉しい。思わず、ページを開き筆跡をなぞる。




途端、何か挟まっている事に気付いた。


「クリスマスカード…か」


そのカードは、トナカイやプレゼントがデザインされていた。そして、手帳に書かれたものと同じ筆跡で綴られた文字を読む。




セオさんへ。


いつもクリスマスには、ケーキを作って待って下さり有り難うございます。そして、今年もまた、お世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願いします。




何かと、文句を言いながら律儀にこなす亮輔らしい。誘われると断れない所も。


今や俺は、そんな彼に恋い焦がれていた。もう、数十年間に渡る一方的な片想いだが。


俺が亮輔と初めて出会ったのは、山の奥にある小さな神社だった。当時は、父親と共に拝みに来ていたような気がする。初見、人形のような子だと思った。それぐらい、目が虚ろで不思議な雰囲気を纏わせていたように思う。


それでも、興味本位に話かけて見れば、目を輝かせペラペラと何か喋り出したのだ。彼は、話す事に夢中だったようで、俺が思い出話と称して語りかけても、全然覚えていなかったようだが。しかし、それを皮切りに、自然と彼の友達になっていった。




それからと言うもの、彼が好きな趣味に付き合い…ゴシックロマンスや、聖教画を調査する為と、二人で県外へ出掛けたりもした。


亮輔の影響で、必然的に興味を持ち、今ではミステリーサスペンスを重きに小説家として活動している。


まぁ…彼から見れば、まだ駆け出しの新人だ。




久しぶりに会った彼も、まだまだだなと酷評を呈していた。




「連絡入れないとな…」


鞄からスマートフォンを取り出し、連絡先欄を開く。そして、倉田 亮輔と標されたワードを押す。




『只今、留守にしております。ピーとなったら…』


「あれ?…」


まだ、午後の七時半だと言うのに何故かからないのだろう。休日のこの時間帯に電話をするが、いつも繋がっていた。


それでも、向こうにも都合はある。また、数時間後に電話を掛けよう。きっとクリスマスカードは、今日必要な物だろうから必ず渡しておかないと…




一方、その頃…彼は、ロンドンにいた。


十九世紀ヴィクトリア朝のロンドンに……


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