ベッティング ガンズ
13:00更新は4話更新やります!
・俺
タタンッ
タタンッ
手元が明るく、目線の先は薄暗い細長い空間で数回ずつの破裂音が断続的に鳴り響く。
ここはコロニー内の射撃訓練所だ。奥に的があり、目の前にはいくつかのボタンが。見る人によってはバッティングセンターを思い浮かべるだろう。ここは普段はコロニー内の自警団なんかが使っているが、俺が居る朝方の時間帯は傭兵とかにも開いていて、宇宙なのに銃を使う物好きたちが集まっている。
と、俺はどうやら物好きに入るらしい。確かに半分くらいノリで、いつか使うでしょみたいな感じで買ったけどさ。まさかここまでとは思わないじゃん。自警団はコロニー内の鎮圧とかで使うらしいけど、傭兵は船でぶっぱなしてナンボみたいな風潮で、銃なんて使わない!みたいなのがほとんどなんて思わなかったんだ。だからここの利用者数なんて自警団除けば1週間に三、四人。
片手で構え、ヴィテスタを連射し、銃とは何かを感じていく。
ずっしりとした金属とプラスチックの重み。発砲の時に来る軽くも響くような反動。やっぱ空気銃とは違う。
サイトも合わさって当たりはするが、的のど真ん中に当たらない。
「うーん、やっぱ一朝一夕じゃ上手くはならんよな」
旧世紀とは物理法則まで違うという訳では無いはずなんだがな……
そもそも物が違うってのもあるかな。
地球こと旧世紀の軍も何年も訓練してあの強さだ。俺の持つこの銃は機構のおかげで反動は小さいし、当たりやすい。
でも旧世紀の軍はそういうの無しで実力であの強さだ。純粋な経験の差というのがあるわけだな。
「おう兄ちゃん。あんま見ねえ銃だな。形の割には結構連射とかも良さそうだが……」
しばらく撃ち続けていると、少し離れたところで撃っていた俺と見た目は同い年くらいの浅黒い肌色の男が声をかけてくる。肩にかけているのはアサルトライフルだな。
「うん?ああ、ハーフサブマシンガンって言うらしい。あんま使ったことの無いタイプだけどこれがどうして使いやすい。おすすめだぜ」
「おおそうか。どこで売ってたか教えて貰っても?これだけ出そう」
立てた指は三本……3万メルだったか。べつに隠すこともねえしな。
「構わねえよこれくらい。Morgan's shopって店だ。特殊なのが欲しけりゃ奥の方に言った方が良いぜ。ただ、奥にいる婆さんには気をつけろよ」
「おおそうか!ありがとよ。今度奢らせてくれや」
「期待しとくぜ」
彼は笑いながらこの射撃場を出ていったが……そういや、見た目の年齢が近いからって歳まで近いとは限らねえんだよな。身長は俺の方が上だったからパッと見だと俺の方が歳上なのか?G型人類って寿命めっちゃ長いらしいからな。メーデンも実年齢は不明だが最低でも残りの寿命は500年はあるそうで、どこまで生きれるか先は不明。俺も同じ。それぐらい寿命無いと宇宙での生活なんて出来ないんだろうが。
俺は弾倉を入れ替え、また構える。今度は両手だ。
両手で構えればそれなりに連射が出来る。片手だと二連射が限界なんだけどな。
バッティングセンターなんかにありそうな機械のボタンを押すと、的が交換される。破壊しても破片を集めて加工すれば再生できるとかいう謎素材だ。一切のロス無しでできるそうな。
ボウリングのピンの如く上からガチャンと取り除かれ、上からガチャンと設置されて準備が整う。
的は人型じゃなくて幅一メートル、高さ三メートルとなかなか大きい。距離二十五メートルだから外れることもあるのだが。
レーザーで狙い引き金を引くと、軽い音が連続し反動が肩に来る。いくら構造で反動も軽くなってるとはいえ来るものは来る。的は一瞬で穴だらけ。これがなかなか気持ちいい。
「ふぅー、十発でもこれだ。三十発撃てるようになるまでは遠いな」
十発撃つと、どれだけ反動は軽くても肩に重い物が乗るような感じにはなる。
そして反動のおかげで肩にまた別で変な感覚が残る。鈍い痛みみたいな感じで、少し不快だ。
時計を見ると、もう11時。朝の結構早くから居たからもう三時間弱か。と言っても宇宙空間だから朝も何も無いんだけどな。ただ本庁が提供する時刻に自分の時計を合わせているだけだ。
「メーデンはオッサンの娘さんと出かけてるって話だしなぁ、飯どうしようか」
今日は元々メーデンは留守番の予定だったのだけど、オッサンが朝船に来た時一緒に娘さんも連れていていたのだ。見学させると言っていたのだけど、どうやらメーデンとウマがあったようで俺が出かける前に商店街へ買い物に行ってしまった。
オッサンはそれに怒るかと思いきや呆れたように笑っていたがな。どこか嬉しそうだったよ。確かにその娘さん、無愛想で人付き合い苦手そうだとは思ったけど……いや失礼か。
俺は適当にぶらついて飯を探すことにした。既に銃はアタッシュケースっぽい箱に入れて手に提げている。パンツァーヤッケ着てる今の状態でサングラスかけたら絶対悪の組織に居るやつだな。
とりあえず屋台で売っていたス○カバーみたいな見た目のくせに純粋にくどい程甘いアイスを舐めながら繁華街を歩く。気分は孤独なグルメっぽいあんな感じ。
気分は肉だ。
宇宙なのに魚という有り得なさそうなのも良いんだが。
こう……辛いというよりはさっぱりとした味のものが食べたい気分だ。これで周りがSFと下町が混ざったような風景ともはや人なのかすら怪しい生命体とか宇宙人と分類される彼らが居なきゃまんまテレビ放送出来るな。
お、ここは……
肉が焼けるいい匂いだ。ここにしよう。
店の中に入り、ロボットによって座る席が示される。カウンターじゃなくて空いていた数人用の小さな個室だ。
メニューを開くと、金属から肉まで一通り。たくさんの種族がいるからな。81鉄と98鉄の違いはわからないが、多分味が違うんだろう。多分。
その中からアグロ肉のさっぱり煮込みとまんまな料理があったからそれとパンを一緒に頼む。
十分ほど待つとカゴに入れられた大量のパンと土鍋みたいな皿に入れられた肉と野菜がゴロゴロ。肉は手羽元みたいだな。野菜は……なんだこれ。根菜?アグロってのは鳥みたいなやつなのだろうか。
味は美味い。前食ったクソ苦ハンバーガーよりも圧倒的に美味い。昨日食ったアイアン君のハンバーガーと比べるのは違う気もするが、味のレベルは同じくらい。つまりめっちゃ美味い。
肉はホロホロと舌の上でほどけ、鶏肉のような味が口の中で暴れ回っている。
野菜はとても柔らかく、にんじんのようにしっかりした食感と思えばすぐにじゃがいものように溶ける。そしてその度にとても強いのに肉の味とマッチした芋の味。
パンはナンのように薄いが柔らかいものでとても美味い。少し酢の効いたさっぱりスープに付けて食うとより美味い。肉と野菜を乗せて食うとさらに美味い。
これは……メーデンにも食わせてやりたいな。明日にでも連れてこよう。
「ふぅ……美味かった。ごちそうさま」
カゴに入れられたナンもといパンは五枚。それもデカいからなかなか腹にたまる。
重い腹を持ち上げるように立ち上がると、そのままレジで金を払う。なんとお安い九十メル。この量でこの値段はめっちゃ安い。これはマジでまた来なきゃな。
店の外に出て、あず○バーな色合いで味はメロンソーダアイスを舐めながらまたぶらつく。気分はタモ○だ。となりにアナウンサーが居ないけど。
街並みを見ていると、裏路地みたいなところがあって、時折人影が見える。多分この先がオッサンの言った貧民街なのだろう。気になるが、近づかないでおこう。
またしばらく歩くと、なにやら向こうが騒がしい。トラックみたいな屋台の近くにたくさんの人が集まっている。イベントでもやっているのか?
「これは……」
「お、さっきの兄ちゃんか。ありがとよ。いいものを見つけられたぜ」
俺がその集団に近づいて会ったのはさっき射撃場であった男性だった。肩にピカピカの銃を下げている。
「そうか。なら良かった。ところでこの集団はなんだ?このコロニーに来たばかりなんだ」
「そうだったのか。こいつはベッティング・ガンズ。要は的当ての賭けだが、これがそうそう当たらない。おかげさまで……っとあそこだ。賞金が出てる」
彼が指さした先には電光掲示板があり、数字がやけに桁が多く書かれてる。
「一、十、百……4500万!?」
「ああ。毎日毎日飽きもせずみんなこれに挑むからな。数年続いてついにこの額だ。全く、俺にも権利があれば挑みたいね」
「権利?もしかして傭兵には参加権無いみたいな?」
「違う違う。それじゃあここまで賞金が跳ね上がるわけないだろう?」
彼は笑いながら続ける。
「ああして傭兵が毎日何十人もつぎ込んでいくのさ」
「それもそうか……なら何かあるのか?俺もあれはやってみたいんだが」
「お、良いんじゃないか?このコロニーの名物だ。1回やるのに一万メル。当たれば化けるし外れりゃそのまま。当たればそうだな……新造は難しいかもだが中古でそれなりにいい重巡級なら買えるんじゃないか?」
「それほどか。っとその前に一応聞いておきたい。なんであんたはあれに参加権がないんだ?」
「俺は前にクリアしたからな。たった三百万ぽっちだったが、クリアはクリアだ。もう参加権が無くなった」
つまりこのベッティング・ガンズはクリアするまでは何度でも挑戦できる。でもクリアしたらこの賞金は総取り。だからこんなに人が集まってるのか。もしかしたらここからもっと高くなるかもしれないけど、クリア出来たらまさに一攫千金。自身の最大の武器である船も買えるからか。確かに、今の俺みたいに船を新しくしようと思ってる連中には宝くじよりかは当たりやすいものなんだろうな。
「なら試しにやってみるのも良いかもな」
今並んでいるのはだいたい二十人。的当てと言っていたが……なるほどね。
「確かに、的当てだな」
「だろう?だから俺はあそこで特訓してたのさ」
「人少なかったけどな」
でもそうか。この宇宙世界。旧世紀と違って個人が持てる武器が宇宙戦艦クラスになっている。銃なんてまさに豆鉄砲。持っててもしょうがないみたいなことになりかねないだろうし、このベッティング・ガンズがあるのはここだけ。「銃得意だからやってみんべ!」ってわざわざ来る人も居ないのだろう。
残り十人。だいぶその的当ての内容が見えてきたな。
使うのは指定されたもの。ゲーセンとかにあった銃ゲーのコントローラーみたいなやつだ。
的までの距離は自分が立つ場所から五メートルから十メートル程度。的は最大で十センチくらいの円形のもの。動く的と動かない的があり、撃ち抜けばその的は消える。
的の数は……64か。それに制限時間が10分。それにスコア表みたいなのが表示された大きなモニター。
「夢の国の射的だこれ……」
仕事の合間に何度か行った夢の国。そこにあった射的屋。自慢じゃないが、バッジは結構持ってるぞ。ちょっと色が違うやつも……五か六は持ってる。それにゲーセンのもやりこんで一時スコアはトップにまでなった。知り合いに一瞬で抜かれたけどな。
それにしても……
「一切銃なんて持ったことない一般人が銃を持ったらあんな感じなんかな」
みんな当たるのは二つか三つ。反動とかそういうのが無いのにあそこまで当たらないのはおそらくそういうことなんだろう。
そんな感じで待っているといつの間にか俺の番に。そこでようやっとベッティング・ガンズの
俺がデバイスをICカードのようにタッチしてゲームをスタートさせるとスコア表が表示されていたモニターに競馬のオッズみたいなのが映される。と言ってもクリアするか、失敗するかの二択。結果がわかりきっているからかほとんど使われていないけど、多分これがベッティングの由来なんだろうな。
そしてさらにルールが表示される。シンプルなものだ。とりあえず的を撃ち抜け。的に近づいて狙うのは禁止。足元の線から前に出てはならない。その程度だ。
「思ったより軽いか……ほんとにおもちゃみたいなやつだな」
ゲーセンにありそうな黒いコントローラーを弄んでいると画面が切り替わり、カウントダウンになる。
軽く振ったり、軽く構えてスタートを待つ。
レースゲームにありそうなカウントダウンがされ、その途中で先に的が現れる。こうして見ると案外距離がある気もする。でも当てられないわけじゃない。
モニターが赤から緑になり、ゲームがスタートする。
「ふぅー……よっ」
両手で構えてまず三連射。手前二つと奥一つ破壊。
足の位置を入れ替えて右足のかかとを軸に軽く右回りするようにして撃てるだけ連射。ゲーセンにあったもので身につけた技だ。今ので六つは破壊したな。
そのまま流れるように軸にしていた足を逆にして同じように逆回りで連射する。本物と違って反動が無いから手首で狙いを細かく調整出来るのがいい。
それを繰り返していけば固定された的はクリア出来る。あとは腕で細かく調整して破壊していくだけだ。
残り七分。破壊した的は15。ちょっと厳しいな。これ失敗したら一万メルが無駄になるし……遊ぶのはおしまいだな。
俺は今までみたいに片足を軸にして緩く回転しながら的を撃っていたけどここからは本気、知り合いに抜かれる前のゲーセンでトップスコアを叩き出した時と同じくらいでやる。
「……よし」
右足を引いて脇を締めて動く的も狙っていく。
撃つ度にパンッと電子音がなっているのだけど、的を撃つ度にパンパンと小気味よく鳴るから気持ちいい。さっき射撃場でやったのとはまた別の爽快感がある。クリアしたいけどこの爽快感が得られなくなるのは残念だな。これは相変わらずスっと抜けるような感覚があるな。
リズム良く引き金を引いてパンパンと音がなる度に的が破壊され、モニターに出ているスコアが上がっていく。同時に周囲ではざわめきが起きていたが、集中していた俺が気付くことは出来なかった。
右から順に動く的と動かない的問わずで撃ち抜いていき、残りは三分、破壊した的は53だ。思ったより外している。でもこのまま行けばクリアできそうだ。ただ……
「あの的……いやらしい位置だ」
動かない的だが、上手い具合に障害物があってものすごく当てにくい。何度か当てようとしてみたけど全部外れた。多分惜しいとこには当たってるんだけど。
適当に引き金は引き続けているけど、まあ当たらん。
残り2分。狙って当たるものはみんな破壊した。あと五つ。狙っても当たらん。
ここから動いて良ければ……あれ、
俺は的と自分の足元を二度見する。そして少し前のルールを思い出す。
そういや……前はダメだけど左右はダメとは言ってなくないか?動いちゃダメの線もないし。
残り1分半。
とりあえず左に動いて的を撃ってみる。
「おお、当たる当たる」
めっちゃ当たるわ。これ動くの前提だな?
数十秒で五つの内四つを破壊する。残りは一つ、例のやけに当たらない的だ。なんか違和感はあるが、当たらないわけじゃなさそうだ。さっきから周りの連中がニヤニヤしてるが、変わって少しずつ表情が焦り始めている。そういうのはど素人だけど、それでもわかるほどに焦っている。
……そんなの見てるから当たらないんだろうな。
残り一つ。的の配置は目の前に瓶の障害物が複数あって、撃ち抜くためにはその瓶と瓶の間の隙間を通さなきゃいけない。瓶には何度も当たるんだけどな……
残り三十秒。落ち着いて改めてフィールドを確認しよう。使えそうなものはあるか?
この銃はおもちゃだから跳弾とかは期待できない。でももしも鏡とかあったら……
「あったわ。真上に」
なんというご都合主義。いやこの場合はこのゲームの製作者の遊び心ってやつか。当てられるけど、こうすれば確実にクリアしたら出来るっていう。
これがクリアの答えで隠さなきゃいけないのかもしれないけど、俺は隠さずに堂々とやらせてもらおう。
銃口を上の鏡に向けて発射。
チーンッ!
今まで的を撃ってもそんな音は鳴らなかったのに……するとモニター画面にCLEAR!と表示され、ずっと端にあった賞金額がゼロに。同時に俺のデバイスに通知があり、電子マネーの入金表示があった。そこには
「4500万メルと少しか……すげえな」
その金の入金通知が。
「ああ、すげえな」
すると背後からさっきも聞いた男の声が。
「なら死んでもらうぜ」
振り返る間もなく反射的にしゃがむと、そこには頭のあった位置を思い切り殴っていたさっきの男。
「ああ、俺は確かにクリアしたさ。だがな、クリアしたやつからこうして奪った方が手っ取り早いって気づいたのさ!」
周りを見るとみんなニヤニヤして構えている。
チッ、嵌められたか。金の入った俺のこのデバイスは俺の身体による認証が必要だけど、それは腕一本あれば十分だ。
「なるほどね。あんたの銃は俺を殺すためって訳か」
「元々興味で持って居たが、こうして殺した方が使い道も生まれて良いんでね。だからとっとと死んでくれ。お前ら!こいつの金は殺したもんの総取りだ!」
「「うおおおおぉッ!!」」
めんどくさい事になった。絶対に逃げられねえぞこれは……
俺を取り囲むのは屈強な男女合わせて数十人。目の前にはアサルトライフルを構えた男。
全く、一人で出歩くもんじゃ無いな。ここじゃアステールの庇護もない。
腰の裏に着けてたホルスターからヴィテスタを抜き、一応の戦闘体勢は整える。が、さすがにこの数は……
この一帯から既に人はいなくなり、いつ戦闘が始まるかと構えていた時だった。
ズズンッ……
「な、なんだ!?」
ウーッウーッ!
変な重い振動が地震のように来ると、天井のライトが赤くなりアラームがなり始める。振動と音が近かったな。こういうのアニメで見たことあるぞ。なんかやばい事が起きた時だ。
ズズンッ……
まただ。音が今度は向こうの方、本庁の向こう側から聞こえる。
何が起きている?
するとまたデバイスに通知が。
『マスター。本コロニーが何者かによって攻撃されています。既に艦影を捉えていますが、攻撃位置から他にも多数いると推測。おそらく、コロニーは囲まれています』
ったく、アステール。今はそれ聞きたくなかったぜ……
でもちょうどいい。この混乱に乗じて逃げさせてもらおう。
周りは相変わらず騒いでいるが、俺は体勢を低くし、ちょっとした特技として会得している隙間抜けを使って人混みから抜けてドックの方向へと走る。
ズズンッ
おっと、離れた位置だったから転びはしなかったけど徐々に感覚が狭まっているな。アステールの報告だと攻撃らしいが……
タイミング良かったけど悪いな。なんでよりによって今なんだよ。明後日とかでも良いだろうに。
実は船の停泊しているドックから俺のいた場所は大して離れていない。階層も一つ二つだからエレベーターを使わずともエスカレーターで十分だ。動いてるかは知らないがな。
混乱する商店街をまるで漫画みたいに駆け抜け、時折箱をジャンプで飛び越え、背の低い看板をスライディングで避けながら階段を見つけ下に降りていく。降りた場所はドックのある階層の一つ。俺の船はもう一つ下の階層だ。ここからはすぐで、わかりやすい階段があってそこを降りる。
「アステール!オッサンを中へ。メーデンは外だろ!?」
『はい。既にジャン氏は私の独断で本艦内部に避難させました。メーデン様へは既に連絡を。現在誘導を行っています』
「わかった。そろそろ船につく」
多くの人が右往左往しているドックエリアはまるで駅のように人がいる。ただスペースもかなりあるから走りやすい。少し走ればすぐに船は見つかった。
櫛形ホーム状のドックをかなりの急カーブで曲がり、グウィバーの入口に向かう。駆逐級とはいえ300メートル。戦艦大和よりデカい。と言ってもアステールによれば大半が倉庫とエンジンルームで居住区は狭い。ただそれだけでかいと艦側面の入口は遠い。
200メートル走をやってる気分だけどG型人類として強化されてるのか、息切れはせず、ほんの少し疲れを感じただけで着いた。
『ハッチオープン』
俺が近づくと自動で扉が開く。装甲板がズレ、内側からハッチが現れて上向きに開く。ガルウィングみたいだな。
開けられたハッチに飛び込むと、すぐに閉じられる。艦橋までの行き方は覚えているからそのまま直行。早いとこ状況を知りたい。
狭い階段を昇り、廊下を駆け抜け、自動で開かれる艦橋へのドアを抜けてそのまま俺の席近くのコンソールへ飛びつく。
「アステール、俺が来るまでの間に確認できた現在状況を表示」
画面にいくつかのモニターウィンドウと報告書が現れる。
モニターの位置を調整し、その報告書に目を通す。
ここまで来るのに掛かった時間は約10分。最初の衝撃が11分前。その後45秒事に弱くとも衝撃は起きている。感覚の狭まりは気のせいだったようだ。
ウィンドウ1は外部カメラ。コロニーの外側に向いているグウィバー前方カメラだ。入港の時に前後入れ替えて艦首が外側にあるからな。
確かに少し見ていると何か影みたいなのが動いているようだ。宇宙の闇と同化して形は上手く見えない。
ウィンドウ2はマップだ。見た感じ内殻繁華街から外殻に入る辺り。階層はここと同じだ。それにこのアイコンは……そこをタップし通信を繋ぐ。
「メーデン、聞こえるか?」
『リュウ?』
「ああ。俺はもう船だ。そっちは無事か?」
『うん。ネルとアンジュも一緒』
ネルと言うのはオッサンの娘さんだ。ほら、無愛想って言った。
「アンジュって……医官の?」
『そう。……ドックが見えた。一旦切る』
「わかった」
メーデンとの通話を切り、一昨日くらいに会った医官を思い出す。なかなかすごい人だったが……なんでだ?
とりあえず三つ目のウィンドウへ。これはこのコロニーの現在状況だ。一般にも公開されていて、避難場所なんかが出ているが……
「ア、アステール、これはなんだ?」
俺は声が震えていることに気が付き、無理やり抑える。
だがそれにしても……
『はい。これは推測ですが、よろしいですか』
「ああ」
俺は拳を握り締め、歯を食いしばり、今にも叫びたくなるのを堪える。
『おそらく、スオームコロニーを統括する本庁設備、その最上部の跡地かと』
モニターに映されていたのは中心部に隔壁がされ、天辺部分が大きく窪んだまるでそこに何かあったようであった。
「つまり……つまりだこの形状からしてここの最上位連中はさっさと脱出したってのか?ここの機能全て置き去りにして!?」
『はい。そのため、私の本庁関連設備及びデータベースサーバーへのデータアクセスもかなり難しくなっています。現状可能なのはコロニーそのものに蓄積されたデータとローカルネットワークのみ。また、本庁設備が総じてコロニーより切り離されたため、ドックからの脱出も難しくなっています』
「クソったれが!」
ダンッとコンソールを叩く。
クソッタレ。あいつら本気で捨てやがったな。……でもそれなら何故アンジュはメーデンと一緒に?一応本庁勤務なら脱出しててもおかしくは無いのに。
だが一番の問題はドックから出れないってこと。本庁が管理していたのだからその本庁が無くなりゃ制御出来ないわな。
そんなことを考えていると、コンソールに通知があった。アステールによって船のハッチが開けられたと。艦内カメラに切り替えると三人が入ってきたようだ。同時にオッサンは帰ってくるのを今か今かと待っていて、俺が駆け抜けた廊下に居たらしい。
しばらくして、短時間ながら感動の再会となったオッサンとその娘さん、医官アンジュとメーデンが艦橋に現れた。
「リュウ、何があったの?」
「簡単に言うとだな……このコロニーが攻撃を受けた。それで本庁の連中は脱出、俺たちからこのドックの設備へはアクセス出来なくなった」
「あーと言うとだ。つまりだこっから俺たちは出れねえと?」
「オッサン当たり。この船を押さえてるガントリーロックが外せねえ。単純に船を両側から押さえてるだけなんだけどな」
外部カメラを見ていると、何やらこの船の周りに人が集まっている。なんでだ?
『どうやら、この船に人が乗り込んだ様子を見て、本艦ならばここから脱出出来るのではないか、そう思考しているかと』
「無視でいい。……さてアンジュ、本庁勤務のはずのあなたは何故ここに?」
「そうだね。そっから説明しなきゃいけないね。まず君たちには話したけど、私はアンジュ。本庁医療機関コールドスリープ対応部所属だった。これでも首席で卒業したけど結局はこんな辺境……っとここは飛ばしていいね。なんでここに居るかと言えば私はハブられたってのが正しいかな。席がそもそも無かったんだ」
「席がない?」
「そうそう。色んな部署で便利に使われてきた自覚はあったけど、不要になればこうも呆気なく切り捨てられるものなんだねえ、アッハッハ。ま、そこでメーデンちゃんたちと会ってここまで来たってわけさ」
彼女は無理して笑ったが……少し乾いていた。
「なるほどね。仮にも世話になった縁があるからここから脱出には着いてきてくれ。死なれちゃ寝覚めが悪い。……はぁ、美味い店とかあったんだけどな」
さっき食った店が無くなるのは残念だけどまたいい店見つけよう。
「そうだ、オッサンたちは他に家族とかは?」
「大丈夫だ。嫁さんは他の場所にいる。俺とこいつが出てきた感じだからな」
「わかった。じゃあこのまま行くぞ」
よし、オッサンたちは大丈夫そうだし次に考えるのはこっからの脱出方法。メーデンのポッドの時のようにアステールによるハッキングというのも考えたけど、その相手はコロニードックそのもの。相手がデカすぎる。俺でも不可能とわかるな。
ならば次だ。……と言っても思いつくのはこれくらいだけど。
「アステール、この船のアンカーってどこにあったっけ?」
『本艦艦首に二基、艦尾に二基です』
「アンカーの角度の調整は?」
『可能です』
だったら……いくつか無理をする必要あるけどこれなら脱出出来るな。
「よしみんな、適当にどっか座ってくれ。部屋の中に入ってもいい。結構揺れるぞ」
「何するの?」
「脱出だメーデン。ほら早く座らないと転ぶぞ?」
俺がそうやって急かすとオッサンたちはみんな艦橋内の席に座る。シートベルトあるし安全だろうな。お、数は足りたみたいだ。
「よーし、ハローエブリワン。これより300メートル駆逐級宇宙船グウィバーはコロニー脱出のためにちょいと無茶しま〜す……なんてね。アステール、アンカーを全機コロニーに向けてぶっ刺せ。支柱じゃなくてしっかりと固定されてる部分にだ」
『脱出するのでは?』
「良いんだよ。エンジン出力上昇、サブスラスター点火」
コックピット周りの機械を弄り、発進の準備を進める。
『アンカー射出』
ガンッ!
カメラを見ると電磁力で杭のようなアンカーが発射され、コロニーを構成する金属の土台に深く突き刺さる。
おーおー、今の音で周りに群がってた連中が散らばってく。蜘蛛の子散らすようにとはこの事か。
「サブスラスター出力上昇0.5」
スロットルを動かし、出力を上昇させる。だがガントリーロックがあるからビクともしない。
「上昇継続」
スロットルを動かしていくとどこからともなくミシミシと聞こえ始める。
「な、なあリュウ。もしかしてよ……」
「そのもしかしてだなオッサン」
俺はニヤリと笑って出力を上げ続ける。
「スラスターの出力でガントリーロックを強制解除するっ!!」
そう叫び、姿勢制御スラスターをも点火させるのだった。
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