異端なる者たち

ジャンルは縛らず、私が書きたいように

第1話 白紙の本

出雲華苗は、いつもの帰り道を、鈴谷美香と話しながら帰っていた。

今日の学校の話などと、雑談をしながら、歩いていく。点滅した信号がついに赤になると、華苗と美香は止まり、青になるのを待つ。

「ねえ、この前言った話覚えてる?」

美香が言った。

「ああ、えっと、たしか...へれてぃっく、だっけ?」

イントネーションのカケラもない言い方をする。

「そう、それ」

ここ最近では、その話が話題になることが多い気がしなくもない。

簡単に言ってしまえば、都市伝説みたいなものらしい。喋る猫に会ったとか、よくわからない生き物に会ったとか、異世界に行ったとか...

いろんな人がネット上で、そういった書き込みをしていて、最初のうちは、誰一人として相手にしていなかったが、それらを書き込みする人があまりにも多く、今ではプチ流行みたいな感じになっている。

「そういえば、なんでヘレティックって言われてるんだっけ?」 

「さあ、ネットであれだけ騒がれてたら、元ネタを探すのなんて、難しいからねー」

「まあ、それもそうだね、ていうか、なんでこの話を振ったの?」 

「いやー、なんかね、わたしの部活の先輩もヘレティックにあったって言っててさー」

「ヘレティックに?」

「そう、夢の中で追っかけられたらしいよ」

「え、それってただの夢なんじゃ...」

「おうおう、その発言は夢がないねー」

二人で笑いあう。信号が青になり、信号待ちの人たちが一斉に歩き出した。華苗と美香もつられるように歩き出す。

人通りが少なくなってきた頃、美香は唐突に話を切り替えてきた。

「華苗、その、なんかあった?」

「え、別に何もないけど...なんで?」

あまりにも急な問いに少し戸惑った。

「あぁ、なんでもないならいいんだけど、最近なんか元気なさそうに見えるからさ、何かあったのかなーなんて」

「大丈夫だよ」

なるべく笑顔で返したつもりだが、美香の反応を見るにあまり、笑顔ではなかったのかもしれない。

私の両親は昔から厳しかった。学校の勉強はもちろんのこと、習い事なんかにもよく行かされた。

小学校の時は、ほとんど塾で、同級生とまともに遊んだこともなかった。

中学に入ってからも同じだと思っていたが、そんなことはなく、鈴谷美香という初めての友達ができた。

「ホントに〜?」 

美香はいつもの調子に戻り、私に肩を組みながら、明るく言う。

「本当だって」

「そっかそっか」

二人で歩きながら、しばらくの沈黙。

「やっぱり、なんか無理してるでしょ」

「大丈夫だって」 

美香は私の返答に満足してないらしい。家々が並ぶ中、ちょうど十字路のところで美香は立ち止まり、私の方を向く。それに釣られて私も立ち止まる。

「あのーっさ、こうー、おせっかいみたいになっちゃうんだけど、なんかあったら相談して、わたしのできる範囲でなら全力でサポートするからさ」

なぜか申し訳なさそうに、かつ笑顔は崩さずに言ってきた。

「えっと、心配かけてごめんね、でも大丈夫だから」

美香は一瞬何かを言いたそうだったが、偶然にも私が遮ってしまった。

「それじゃあ、もう行くから」

私はその場を立ち去った。

美香と別れた後、気づけば、家の前まで来ていた。考え事をしていたせいで、どういうルートで来たのかあまり覚えてなかった。

ちゃんと話すべきだっただろうか。特段これといって大事じゃない。

少しだけ忙しくて疲れているだけなのだ。

塾があったり、習い事があったり、部活があったり...

いずれも自分が本当に心からやりたいと思ったことでもない。

やめたければやめればいい。そう親にも先生にも言われたことがある。

一見自由で、時には救いのある考え方だ。

だけどそれは、他者から見た発想だ。

私みたいな弱気で、いつも誰かの言うことを聞いてる私には、それは選択肢が無いも同然だった。テストで点数が高いと優等生と言われた。隣の席の人に勉強を教えたら優等生と言われた。体育のバスケでシュートを決めたら、「なんでもできるんだ」と言われた。

テストの時間が終わるたびに、「余裕だった?」と言われた。

父は言った、自慢の娘だと。母は言った、良い結果だったと。先生は、「出雲ならできるか?」と言った。

いつの間にか、期待されていた。優等生なんだと、なんでもできるんだと。

だから...

なるべくそうであろうとした。失敗なんてしない。いつだってどんな時だって、焦らず、冷静に、完璧に、そうでいた。

じゃないと、自分の存在価値が分からないから。必要とされなくなったら、期待されなくなったら、きっと、全部ゼロになってしまう気がするから。

あぁ

でも、たまに思う。

これでいいんだろうか、このままでいいのだろうか、と。

家のドアを開ける。

「...え」

思わず声が出た。扉を開いた先は、暗闇だった。灯りが点いてないとか、外が暗くなってるからとか、そういう問題ではなく、もはや、そこは、自分の家ではないことは容易に理解できた。

急いで戻ろうと、振り返るが、そこにはもう扉はなく、同じように、暗闇が広がってるだけだった。

(助けを呼ばないと)

そう思うが早く、華苗は、自分の鞄から、スマホ取り出そうとするが、暗くて何も見えず、手の感覚だけを頼りに探る。

やっとの思いで取り出し、電源を入れるが、『圏外』という文字を見て落胆する。

スマホの光で辺りを見渡すも、暗すぎて何も見えない。足下も、硬い床ではあるが、光をどれだけ照らそうと、暗いだけだった。

それと同時に、さっきまでの行動力とは裏腹に、強い恐怖感が湧いてくる。

このままずっと、ここにいるのだろうか。

ずっと、ずっと...

想像力は恐れることを知らず、悪い妄想ばかり、頭に浮かんでくる。

「焦るな、焦るな...」

軽く深呼吸をして、自分を落ち着かせる。焦ってパニックになったって、事態はさらに悪化するかもしれない。

(落ち着け、落ち着け、大丈夫、大丈夫...)

根拠のない言葉で、自分を慰める。

実際、暗いだけなのに、ここまで怖いとは思わなかった。

暗いだけ、前も、後ろも、下も、上も、どの方向を見ようと暗いだけ。何もない。それが余計に恐怖を煽る。

突然、上から光が灯された。それは私ではなく、一つのドアを照らしていた。

劇の登場人物のような登場を果たしたドアに、少し戸惑いながらも、他に脱出する方法も思いつかず、結局、歩みを進めていくしかなかった。

慎重に扉に近づくと、ドアノブに手をかけ、恐る恐る押してみる。私が押すと同時に、ドアは音を立てずにゆっくりと開いた。

開けた先も同じように、暗闇が広がってる。ひとつだけ違っているのは、部屋?の中央にはテーブルがあり、その上には、一冊の本が開きっぱなしで置いてあった。

それを読めと言わんばかりに、それらは照らされていた。

題名らしいものは特に書いていなかった。

少し薄汚れた本を開いてみるが、どこを見てもただ白紙が続くだけだった。

ページをペラペラとめくると、ちょうど真ん中あたりのページに、横文字で何か書かれていた。見ると同時に何かの声が脳内に響く。

『初めまして、出雲華苗さん』

思わず手を離した。

支えるものが何もなくなった結果、本は私の手の高さから急降下し、暗い地面に落ち...はしなかった。

本は宙を浮いていた。ついさっきまで見ていたページを開きながら、本は私のほうに近づく。

ちょうど私の胸元辺りの高さにくると、本は動きを止め、書いてあった文字は、いつの間にか消えていた。すると、白紙のページに文字が浮かび上がってくる。

『私の世界へようこそ』

さっきと同じように、書かれた文章を読むと、頭に直接、文字が声として入ってくる。

男性の声だった。高い声とは言えず、低い声とも言えない、中間に位置するような声だった。

『君の声は私からは聞こえるから、質問があるなら、なんでもいいから喋ってくれて構わないよ』

「あなたは誰?」

相手が誰だろうと信用できる もの? なのかわからないが、聞いて損はないだろうと判断する。

『見ての通りさ、本だよ、というのは冗談だか、私自身、自分が誰かわからない、気付いたらこんな状態だった、としか言いようがないね』

「続けて質問、どうしたら元の世界に戻れるの?」

私にとって最も重要な話だ、聞かずにはいられない。

『はは、君は勇敢だね、恐怖心がないように思えるよ。そうだね、元の世界には戻れると保証するよ』

実際恐怖心はあったが、誰かと会話ができるというだけでも、恐怖心は和らいだ。もっとも、相手は人語を話す本であるが。

さらに質問する。もし相手の気まぐれで答えてくれなくなったら、完全なる八方塞がりになってしまうからだ。

「さっき、私の名前を呼んだけど、どうしてわかったの?」

今までの質問の間とは明らかに長かった。何かやましいことでもあるのか、考えを張り巡らせていると、

『君をここに呼んだのは私だ、もちろん理由がある、それはね、君を助けたいからさ』

本の予想外の返答に戸惑う。

(私を助ける? どういう意味?)

『私はね、自分自身がどういう奴なのかよくわかっていないんだ、自分が生まれた経緯とかね』

「両親はいないの?」

『いると思うかい?』

「いいえ」と首を横に振る、少なくとも本に親はいないだろう。

『ともあれ、自分のことは何もわからないが、君みたいに心を悩ませてる人間を見ているとね、なんとなく、助けたい、そう思うんだ』

「...私は別に誰かに助けられたいと思ってなんてないけど」

『付けたそう、自分では気付いていないのかもしれないけどね』

「私は別に悩んでない」

『私が呼んだ人間の大半はそう言っていたよ』

「...私は悩んでない、どんな時だって自分がどいうふうにするべきかわかっているし...」

思わずヒートアップした私の話を遮るように本に文字が記載される。

『なるほどなるほど、さすがは優等生といったところか』

皮肉まじりに本は言う。

「私のこと、どこまで知ってるんですか」

『知ってることよりも知らないことの方が多いよ』

「とりあえず、助けは求めてません、早くここから出してください、お願いします」

ぶっきらぼうに答える。

『はは、君はすごいな、他の人間でもここまで堂々としていたのは見なかったよ』

皮肉のような言い回しをされ、余計に腹が立つ。

『すまないが、まだ君を元の場所に帰すには早すぎるんだ。なぜなら、まだ君を[助けて]いないからね』

だから、とまた反論しようとしたが、話を遮るように、文字がまた刻まれていく。

『君はよく、優等生などと言われてどう思っているんだい』

「別になんとも思っていません、私がナルシストみたいに言うのやめてくれませんか」

『はは、すまない、そういう意味じゃない、要は、周りからなんでも期待されていることについては、どう思うんだい』

「嬉しいですよ、期待されて、みんなが私を必要としてくれて」

『なるほど、ということは、今の君は自分の人生に完全に満足してる状態ということかい?』

思わず黙ってしまった。みんなからチヤホヤされる、期待される、必要とされる、そんな自分を羨ましがる人もいる。少なくとも、他人から見れば、これほど嬉しいことはないのかもしれない。

だけど...

「あなたには関係ないじゃないですか、もういいかげん...」

『なぜ君は、そんなにいい子ちゃん振るんだい』

「...はい?」

キレ気味な口調で言う。

『君の反応から察するに、君はあまり期待されたいと思っているようには見えない。なぜ君はそうまでして、いい子でいようとするだい?』

「...別になりたくてなってるわけじゃ...」

『なら、やめればいいじゃないか』

(あぁ、また、こういう...)

『やめればいい、責任を背負うというのは個人の問題だ。君が手放せば...」

「何も知らないのに勝手なことばっか言わないでよ」 

強い口調で言った。

数秒間、本は白紙のままだった。そんなことは気にせず思うままに怒りをぶつける。

「やめたら、いい子をやめたら、優等生をやめたら、みんなが言う理想の私をやめたら、私に何があるの?」

一瞬間が空いた。その間に、そんなことない、みたいなセリフを期待していたのかもしれない。

「何にもない、何も残らない、残るわけがない。結局みんな、理想の私しか求めてないんだから」

目尻が熱くなる。手で目を擦りながら、言い続ける。

気付きたくなかったことに、気付いてしまった。いや、本当は気付いてた、私は、それぐらいのものなんだと...

優等生でなければ、みんなが望む人間でなければ、誰も私を見なくなるのだと...

『すまない、少し軽率だった』

また、文字が浮かび上がる。

『私は君のことを、ほとんど知らない、この事実が覆ることはきっとないだろう』

その言葉に妙な違和感を感じたが、かき消すように文字が消えると、

『私は所詮、君にとって他者のものだ、心が読めるわけでもないし、何かしてあげることもできない、ただの本だからね。私ができるのは、この部屋で連れてきた人間と会話をすることぐらいだよ』

冗談めかしに本は言う。私は特に反応はしなかった。

『君の過去に何があったのか、どんなつらい思いをしたのか、私では知ることはできない』

私は黙っていた。

『君は優等生だ、成績は常にトップ、運動神経は抜群、誰に対してでもやさしく振る舞える、誰もが思う理想的な人間だ』

(理想的...)

『私は君を助けたい、その気持ちは今も変わらない、だが残念、そうすることは叶わないらしい』

核心を突かない文章に、私は黙って見ることしかできないようだ。

『だから、だからこそ言おう。待っているだけじゃね、何も変わらないんだよ』

「........」

『どれだけ聖人であろうと、相手を狡猾に騙す悪人であろうと、親しい友人であろうと、人の心を、気持ちを読むことはできないんだ。上部から判断するだけで、どれだけその人のことを知りたくても、結局は知ったかぶりにしかならないんだ』

私は黙って、本を見つめる。何かを求めて。

『君のことは君自身にしかわからない、君が伝えなくちゃいけないんだ』

「....できない」

私にできる? できるわけがない、だって、それは今までの私を否定するようなものなのだから。それに...

「...怖い」

かすれた声で、震えた声で言う。

もう考えたくない、でも、それでも、私は本を見続ける。

『案外、君が思っているほど、怖いものではないと思うよ。それに今までしてきたことが無駄になるわけじゃない』

突然、視界がぼやける。というより、この空間そのものが歪み始めている。暗闇の部分が裂け目を露わにし、その隙間から、白い光がなだれ込んでくる。

「な、なに、これ」

『すまない、さすがに時間切れみたいだ。これ以上君と話すことはできない』

白紙を撫でるかのようにスラスラと文字が浮かび上がる。

『とにかく、君は頼るだけでいいんだ。優等生だとかはどうでもいい、完璧にならなくたっていい』

本の周囲がどんどん白く染まっていく、それは私がいる地面を、テーブルの脚を侵食していく。私は鞄を放り投げ、本を手で掴み、凝視し続けた。

何か、なんでもいい、何かが書かれると信じて...

『君は君だ。他の誰でもない。君だけの人生で君だけの物語だ。君が楽しくなくて、誰が喜ぶんだい』

テーブルは完全に飲み込まれ、本も白に染まっていく。

『君が一歩踏み出せば、その行動は、心は、きっと誰かに伝わるはずだ。それに...』

視界が完全に白く、白く染まっていった。

『君には頼れる仲間がいるじゃないか』

そう、聞こえた気がした。


「...」

誰かの声が聞こえる。

「..え...か..」

聞いたことのある声、でもうまく聞き取れない。

「...華苗っ」

目を開ける、空は完全に暗くなっていて、日中にあったほのかな暖かさは、代わりに肌寒さを感じさせるほどになっていた。

周囲を見渡すと、最初は暗くてわからなかったが、徐々に目が慣れると、高校一年生の時、美香とよく一緒に来たことがある空き地だった。

周りは足首程度の高さの草原で覆われていて、ごく普通の大きさの木が立っている。どうやら私はその木に背中を預け、眠っていたらしい。

「華苗、大丈夫?」

「...美香?」

私の名前を読んでいたのは美香だったようだ。いつも笑顔でいる美香だったが、この時は今にも泣きそうな顔で、私を見つめていた。私が喋ると、美香は安心したような、どこか悲しそうな、それでいて泣きそうで、また笑顔で、よくわからない表情をしていた。

「よかった」

そう言うと、美香は私に抱きついてきた。

「み、美香、なんで泣いてるの?」

完全に顔を見ることはできなかったが、泣いているのは容易に判断できた。

「だって、だって...」

「と、とにかく、落ち着いて」

泣きじゃくる美香を、なだめながら、事情を聞く。

「....えっと、とりあえず落ち着いた」

「はぁ、びっくりしたよ。それで、何があったの?」

私が聞くと、

「それはこっちのセリフだよ」

と、返ってきた。

「あの後、なんかわかんないけど、華苗のこと心配になって、でも電話しても全然出ないし、華苗の家に行っても、まだ帰ってきてないって言われたし...」

自分の携帯を見ると、20時を示していた。私が異世界に行ってから、帰るまでに約4時間もかかっていたのかと驚く。

「だから、いろんなところに行ったけど、全然いなくてさ。それで、一年生の時によく遊んでたこの空き地に来たら、華苗がいて...」

そう言うと、美香はまた、泣き出した。

「私のこと.....探してくれたの?」

「当たり前じゃん、だってさ...」

そう言いながら、笑顔で、

「親友でしょ」

親友、親友だと、そう、言ってくれた。私は顔を下に俯く。

「あ、あれ、そこは同調してほしかったなーって、華苗」

私は泣き出していた、溢れ出る涙を止めようと思っても、どうにもならない。

もっと、もっと単純なことで良かったんだと気づく。心を閉ざして、諦めてしまっていただけなんだと...

こんなにも、私のことを想ってくれる親友がいることを...

(なんで、もっと早く気づかなかったのかな)

泣きながら、同時に笑みが溢れる。

「ちょ、華苗、大丈夫、ええと、ええと」

あたふたしている美香に、私は抱きついた。美香がしたことと同じように、泣きながら。

「うおっと、か、華苗、やっぱりなんか怖いことでもあった?」

「違うの、そんなんじゃないの」

美香の質問にうまく答えれたかわからない。

「ごめん。ごめんね。ごめんなさい」

私は誤った。美香に。

「華苗?」

「私、美香のこと、ちゃんと信じてなかった。美香は、私のこと、親友って言ってくれたのにぃ」

こみ上げてくる想いを、涙とともに全て吐き出す。

「私は全然すごい人じゃないの。みんなに頼られてたけど、本当は誰かに頼りたかった。相談したかった。不安だった。怖かった。誰かに。気付いてほしかった。誰かが、助けてくれるって期待してた」

美香は私を優しく抱きしめたままだった。私はずっと泣いている。

「...ごめん。華苗のこと、わかってあげれてなかった。気付いてただけで、ちゃんと、向き合ってあげれてなかった」

美香の言葉に、

「違う、美香のせいじゃないの。美香は私に手を差し伸べてくれてたの。私が掴まなかっただけなの」

「いいや、華苗のせいじゃない」

そう言うと、私の肩をやさしく押し返すと、互いに向き合う。

「どうあれ、華苗が掴みづらいような手を差し伸べたのはわたしだからね。それはわたしの落ち度だ」

言い返そうとする私を美香は咎めると、

「だから、もっと教えてほしい、華苗のことがわかるように、ほら、わたしは馬鹿だからさ、理解するまで時間かかっちゃうからね、ちゃんとわかりやすく教えてよ」

美香は私に微笑む。それにつられて私も笑う。嬉しかった。とにかく嬉しかった。今まで起きたことなんてどうでもいいほど嬉しい。私のことを、知りたいって言ってくれた。

「ふふ、私、こんなに涙もろかったかなぁ」

「それは、お互い様だね」

とある空き地で、女子高生2人は笑いあう。

「ごめんね、ありがとう」

私は親友にそう言った。


とある場所で、本は苦悩していた。

薄暗い廊下で、ひとりの男が、得体の知れない何かに取り込まれようとしていた。男は全体的に青い服装していて、警官であることを見間違えることはない姿をしていた。

得体の知れない何かは、一言で、[怪物]と称しても何もおかしくはなかった。

人型ではなく、球体のような、そしてそれを構成している無数の触手、その間からは、さらに無数の目が覗かせていた。

怪物は、触手で男の足を掴むと、自分の方へ引きずりだした。

男は引きずられながらも、腰に付けていた拳銃をその[怪物]に向けると、引き金を引く。

銃声が鳴り響く。

しかし、一向に止まる気配がない怪物。

続けて銃声が3回鳴る。

その後も男はまだ引き金を引いていたが、何度引こうと、弾が射出されることはなかった。

「助けてくれ、誰か、誰かっ」

言い終わる内に、男は怪物に完全に取り込まれた。その間、本はただ見ていることしかできなかった。

怪物は、事を終えると、廊下を移動し始める。次の獲物を見つけようと言わんばかりに。




















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