第2話 グール?

「イタっ!くない?」


 俺の目の前に転がる、血のついた鉛の塊を手にとって俺は首を傾げる。

 どう見ても銃弾である。そして俺の頭を貫通した。にも関わらず、俺は普通に生きている。


「何がどうなって?」


「やはり効かんか」


「え?」


 声のした方を振り返ると、拳銃を構えた白衣の男性、恐らく医師であろう人が俺に向けて拳銃を構え、此方を睨みつけている。


「大丈夫だ。陰陽寮には連絡した。後は対処マニュアル通りにすれば良い」


 青い顔をした男性は、自分に言いきかせるように呟いた後、此方に向けたまた拳銃を3発発砲する。


「ちょ!待って!!」


 俺の静止の声は間に合わず、飛来した3発の銃弾の内1発が俺の頬を掠め、残り2発は明後日の方向に飛んでいく。

 うん。この人、あんまり命中精度が良くないな。


「くっ、クソッ!避けたか!」


 いや、避けてない。アンタが外しただけ!そもそも銃弾避けるとか人間業じゃ無いから!


「このぉ!!」


 再びドンッドンッと銃声が響き2発の弾丸が俺の体の横を通過する。


 ほんっとに命中精度悪いなこの人!最初の1発はまぐれだった様だ。


「クソッ!何で!!」


 更に何度も引き金を引くが、「カチッカチッ」と音がするだけで、弾は出ない。


「そんな!何で!!」


 その医師は混乱して、涙目になりながら俺に銃口を向けて引き金を引き続けるが、一向に弾が出る気配はない。


 うん。だってね。そのリボルバー、多分六発入りでしょ?よくドラマとかであるやつだよね?最初に1発、次に3発、更に2発。

 うん。計算合ってるよ!ピッタリ六発だよ!出るわけないじゃん!


「あの〜」


「くそっ!このっ!」


 必死に引き金を引き続けるお医者さんに、恐る恐る声を掛ける。


「その銃、連続で撃てる弾は6発じゃないんですか?弾込めないと無理だと思いますよ」


「え!あっ!そんな!」


 俺の指摘を受けた彼は、空の弾倉を確認して絶望した表情を作る。


「あ、そんな、喰われる」


 床に崩れ落ち、この世の終わりのような表情で此方を見る。


「あの、大丈夫ですか?」


「ひっ!」


 俺の問いかけに、彼は悲鳴を上げるが、何かおかしい事に気がついたのか、恐る恐る此方を見つめる。


「言葉が通じる?」


「そりゃぁ日本人ですから」


「ゾンビじゃ無い?」


 うん。その質問には答えづらい。何?俺のこの状況ってゾンビなの?


「ゾンビでは無いな。既にグールと言った感じかな?」


「えっと?誰?」


 どうやって答えようかと首をひねっていると、後方から声が掛かる。


 声を掛けてきたのはモノクルを着け、金と茶色の間のような色の髪をひと房に纏めた、三十路ほどの美女だ。かなり主張の激しいスタイルをしている上に胸元が結構大胆に開けているので、思春期男子には精神衛生上大変よろしく無い。


「おっと失礼した。私はひいらぎ恵子けいこと言う。この病院で内科の医師をしている。だが、裏で君のような物への対処も担当している」


「俺みたいな“物”?」


 “もの”の字が何かおかしくなかった?


「おや?知らないのかい?刑法では死体は物扱いだよ。だから交通事故などでも、一度車に轢き殺された被害者をもう一度轢いた二度轢きの罪状は業務上過失致死ではなく器物破損だろう?

 死体に怨霊や悪霊が入ったゾンビやその上位種のグールは物扱いで問題ないと思うのだが?」


 うん。何か当然の事とでも言いそうな顔でとんでもないことを語ってくれたよこの美女!!


 え?何?やっぱ俺死んでるの?


「じきに陰陽師が到着する。きっちり成仏させてくれるはずだ。それまで暴れずに待っていてくれたまえ」


 うん。何か落ちついた様子でとんでもないこと言われてる。


「えっと。まだ成仏する気は無いんですけど?」


「それは困ったな。君のような存在は居るだけで害になる。申し訳ないが、私には大人しく往生してくれとしか言えないな」


 笑みすら浮かべながら言う美女。うん。目が本気だ!多分このまま此処に居たら俺は殺される。既に死んでいるので、殺されると言う表現が正しいかどうか自身が無いが、とにかく逃げないと!!


「逃げたいから出口とか教えて欲しいんですけど?」


 なんとなく美女が冗談めかした様子で話すので、此方も冗談っぽく出口などを訊いてみる。十中八九教えてくれないが、訊くだけならタダだ。


「普通の病院だからね。此処は死者を安置するための階で地下二階。出入り口は一階に有るよ。この時間なら外来の方は閉まっているだろうから、出るなら裏口かな?」


 何か拍子抜けするぐらい普通に話してくれた!!


「えっと。そんな事言っちゃても良いんですか?」


「ん?黙っていたほうが良かったかい?君が訊いてきたんだろう?」


 美女はキョトンとした顔で訊き返していくる。


「いや、俺を殺すみたいなこと言ってませんでした?」


「殺すではなく成仏して貰うだね。確かに言ったが」


 美女は白衣のポケットに両手を突っ込んだまま肩をすくめる。


「私が君をどうこうすることは出来ないし、君に此処で暴れられる方が厄介だ。更に言えば、君を成仏させたいのは私ではなく国とその意図を汲んだ陰陽寮だ。

 私個人としては、君がこの病院から消えてくれるなら、成仏しようが野に解き放たれようが、どちらでも良い。君に此処で暴れられるのが私達病院関係者にとっては最悪だ」


 な、何か、言ってることは解らなくもない。この人は俺みたいなのに対応するのを仕事にしているが、あくまでも病院に雇われた人なんだろう。


「なら、俺が出ていっても止めませんね?」


 ダメ押しで確認してみる。後でやっぱ止めた等と言われても困るからだ。


「ああ。出ていくんならさっさと出ていってくれたまえ」


 警戒しながら柊さんの前を通り過ぎ、エレベーターへ乗り込む。


 あれ?もし罠だったら、エレベーターって結構危ない場所?密室だし、オレ一人しか居ないし!


 階段を使う方が安全である事に気がついたが、後の祭り、そのままエレベーターは上がり、一階に無事到着する。


「何事も無くてよかった〜」


 とりあえず、外来の所で地図を見て裏口へ向かう。


「夜の病院って結構怖いな。なんか出そう!」


「君自身がその何かだよ」


「うわぁぁ!!」


 いきなり声を掛けられて、驚いて振り返ると、先程の柊女史が立っていた。


「あの?まだ何か?」


 と言うか!この人どうやって此処に来たの?瞬間移動?


「いや、君が出ていく前に頼みたいことが有ってね。此処まで追ってきたと言うわけさ」


 柊女史は肩を竦めて言葉を返してくる。


「頼みたいこと?」


「ああ。この病院内に黒い靄の塊の様な物が飛んでいるのが見えるかい?」


 ああ。これね。目覚めた時から見えてたんだよな。てっきり死んでる間に眼がおかしくなって見えてる錯覚だと思ってたけど、柊女史も見えてるならそうでもなさそうだ。


「この黒い塊ですか?これが何か?」


「出来る限り食べてくれないかい?」


「はぁ?喰う?えっ!これを?」


 俺の反応が余程ツボにはまったのか?柊女史はクスクスと笑いながら答える。


「ああ。君たちにとってはエネルギー源になるはずだよ」


「何なんですか?これ?」


 正直こんな訳の分からない物を喰うのは遠慮したい。


「それは怨霊さ。人が集まる所にはそこらじゅうに有るものだが、病院でそれが多いと拙い。一応結界を張って外から入って来ないようにしてはいるが、中で発生する分にはどうしようも無くてね」


「え゛っ!!怨霊??」


 何か絶対食いたくない物なんだけど。


「ああ。怨霊さ。人の怒りや憎しみ、妬みや恨み等負の感情が集まって出来るものさ。それが生き物の死体に入ることで最下級のゾンビが出来るし、魂魄が吸収することで悪霊が生じる。病院には有って欲しくは無いものさ」


 何か色々気になる単語は出たけど、とりあえず大切なことだけ訊こう。


「食べて俺にメリットは有るんですか?後、食べることで起こるデメリットは?」


「メリットかい?そうだね。まず大前提で、これらは君たちが魔の力を使うためのエネルギー源だから、食べると異能を使う時に消費するエネルギーを回復できる。後、下位の妖魔なら、大量に食えば、今より高位の存在に昇格できる」


「妖魔?」


 何かまた気になる単語が…


「君たちみたいな物のことさ」


 俺達みたいなねぇ。まあ、置いておこう。


「デメリットは?」


「特に無いな。自我がまだ出来上がって居ない個体は、自我形成に、食った怨霊の思念が加わるのが、デメリットと言えばデメリットだが、君ほど自我がハッキリしていればその心配もない」


 嘘を言っているような感じは受けないが、どうにも冗談めかした雰囲気で本気とも思えない。そもそも俺は嘘を見抜く特殊能力など無いんだし。ん?特殊能力?


「そう言えば、さっき俺みたいなのは異能を使える。とか言いました?」


「ああ。言ったが、済まないがどうすれば使えるかなどは知らないよ。私は普通の人間だからね」


 あ、そこまで教えてくれないんだ。まあ仕方ないか。


「しかし、」


 諦めようとした俺だが、柊女史は何か思い出すように視線を虚空に彷徨わせて、呟く。


「以前気になることを聴いた覚えはある」


「気になること?なんです?」


 俺が尋ねると、柊女史はニンマリと笑う。あ!やばいやつだ。


「この病院に巣食ってる怨霊を全て食ってくれたら教えてやろう」


 そう来たか!よっぽど怨霊が邪魔なんだな。俺は力無く頷いた。




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