28. ばかな理由だな。
ロープウェイが静かに進んでいくにつれて、ヒカルたちの下に赤い絨毯が敷かれていった。
そして、それと同時にイノウエの息子、イオリが「わあ」だとか「綺麗」だとか歓声を上げる。
「これからメープルが採れるの⁉︎」
「うん、この木からメープルウォーターっていうさらさらした液体を採って、それを煮詰めてメープルシロップにするんだって」
木から出来てるって何度言われても信じられないなあ、と言って、入場口で受け取ったパンフレットを再び開く。
同様にロープウェイから外を見て声を上げていたヒカルが、後ろから彼に近付いて隣に座り肩を組んだ。
「あのゴール地点のログハウスで採取体験するんだって。楽しみだね!」
「はい! でも着いたらまずお昼ご飯食べるってママ言ってましたよ」
「ええー待ちきれないなあ」
ログハウスを見て目を輝かせるヒカルと丁寧に敬語で話すイオリを見て、マコトとイノウエはひそひそと話していた。
「あらあらヒカルくん、イオリよりきらきらしちゃって……」
「10も歳下の子に落ち着かされて、あいつはいつまで子供っぽいんだ」
マコトは怒っているように言ってはいるものの、実際は子供の成長を見守る親のような気持ちだった。イノウエもイオリを見るのと同じような眼差しである。
ヒカルのほうがマコトより1つ歳上だというのにまったくそれを感じさせない。それが天然なのか意図的なのか、マコトは常々不思議に思っていた。
彼が複雑なことについて思考を巡らせ始めたとき、ヒカルが「うわあ!」と大声を出した。
はっと我に返り声のほうを見ると、逆さまになったペットボトルがヒカルの白いカットソーを濡らしていた。
もうすっかり緑茶の色に染まっている。
「メープルの匂いがした気がしてつい手を離しちゃった」
「ばかな理由だな……」
「ばかって言うほうがばかだ!」
ハイハイ、と適当に返事をして、マコトは自身が着ている青地に白のストライプ柄のシャツを脱ぎ始めた。
自分は中に着ていた白いTシャツ1枚という薄着になり、青いシャツをヒカルに渡した。
「これ1枚でも着られるから着なよ、その代わりカーディガン貸して」
ヒカルは言われるがままに幸い緑茶を浴びていないマスタードカラーのカーディガンを脱いでマコトに手渡す。
そして申し訳なさそうに髪を指でいじりながらマコトの顔を覗き込んだ。
「あ、ありがと……でも中のTシャツのほうが服装変わらなくて良いんじゃない?」
「良いんだよ、早く着ろ」
戸惑いつつ「う、うん」と素直に返事をして、マコトから受け取ったシャツをイオリに渡す。
カットソーの裾に腕をクロスさせて指をかけ、
「イノウエさん、すみません」
と言ってから服を脱いだ。
ヒカルの白く、筋肉のほとんどついていない細い身体が露わになる。
隣のロープウェイの中を少し窺ってそこに誰も乗っていないことを確認して安心した。
ロープウェイの中で上半身裸になっているなんて周りから見られたら変態に思われちゃうかな。
そんなことを考えてからイオリからシャツを受け取って身に纏った。
「オーバーサイズシャツだったからぴったりだな、悔しいけど」
「あはは、マコトは小さいくらいが丁度良いよ」
そう笑うと、マコトのげんこつが飛んできた。
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