こころのありか
柴王
こころのありか
「ねえ。
******
「今日も一日、終わったなー……」
ベンチに仰向けに寝そべり、木々の間から狭い空を覗き見る。
放課後の公園は私のオアシス。この瞬間だけ、私の心が静けさを取り戻せる、そんな気がするから。
西暦2060年。
テクノロジーによって身体をより強く、便利に改良する「
大昔から使われている眼鏡(今実際に使っている人はほとんど見かけない)だって、低下してしまった本来の視力を増強させる、という意味では身体拡張の定義に含まれるものだ。
……でも、今の技術はもはや、私たち一般人の理解が追いつかないところまで進んでしまっていて、今この瞬間にもとてつもないスピードで進歩を続けている。
身体拡張技術の発達と拡大は私たちの生活にすっかり影響を及ぼした。
学校では知的能力を高めた生徒が常に試験の成績上位を独占し、身体能力を高めた生徒が部活動で輝かしい功績を収めている。
そんな一見輝かしく見える時代には、一方で私のような人間もいる。
「アーキタイプ」
身体のどこにも高度な身体拡張を施していない人間のことを、そう呼ぶ。マスメディアでは使われない、いちおう差別用語にはなっているけど……まあ、わりと普通に使われている言葉だ。
なんてったって、
私の生きるこの時代においては、身体拡張された人間が先進的なのではなくて、そうでない人間が後進的なのである。
どうして、
高度な身体拡張はまだ、貧乏人が受けられるほどお安いものではない。貧乏な家に生まれた私はこの身体拡張至上主義社会において、運がなかった、ということになる。
でも、私は別に両親を恨んでいないし、むしろ育ててくれていることに感謝している。親子仲も相対的に見ればいい方だと思う。
だから私は、人生に絶望しているんじゃない。
ただ、受け入れて抗わないだけだ。
今日も一日を無難に過ごして、その一日が積み重なっていって、やがて命尽きるまで流されながら生きていくんだろう。
だからこの場所は、私の、私だけのオアシス。
私だけしかいない。見る必要もないものを見る必要がなく、考える必要のないことを考える必要がない、静かな時間だけが流れていく場所。
今日も私はこのベンチで寝そべり目を閉じて、ただ静かな時間を過ごして……。
「……ありゃ、先客がいる」
「……? …………!」
目を開けてガバッと上半身を起こす。すると、目の前には一人の女子高生らしき女の子の姿が見えた。
すらっとした
一瞬、私はその姿に目を奪われていた…………けれど、すぐに意識を現実に戻す。この時代、
「…………」
彼女はじっ……と見つめてきた。かと思うと、ビシッと私に向かって人差し指を突きつける。
「その制服! 何だっけ!? 隣の地区の…………」
「…………」
私に向けていた人差し指を焦げ茶色の髪の毛がかかった
なんて考えていると、彼女はカッ、と目を見開く。
「ああ、もう思い出せないからいいや! とにかくびっくりしたよー! 一人で静かになれる場所を探してずっと歩いてきて、やっと見つけたー! って思ったのに、女の子がベンチに横たわってるんだもん!」
「…………」
私はすっと立ち上がって歩き出す。めんどくさいことになるのは嫌だし、今日はこの子に場所を譲って私は別の場所を見つけるとしよう。
「待って!」
歩き出した瞬間いきなり腕を掴まれて、私は思わずビクッとして振り向く。
「お話、しようよ! せっかく会ったんだから、ね!」
少女はキラキラした目で私を見つめてくる。そのあまりの濁りのなさに私はたじろいでしまう。
…………一体、何なんだこの子は?
「……一人になりたかったんじゃなかったの?」
私が目だけ少女の方に向けながら言うと、彼女はハッとして、その後再び、ひと通り「うーん」と考えてから、こちらを見てにっこりと笑った。
「じゃあ前言撤回! 私は誰かとお話がしたくてここまで来たんだ! だからお話しよっ!」
その清々しい言葉に、私は思わず二つ返事でOKしてしまいそうになる……けど、いったん間を置いて。
「……一応確認しておくけど、何かの怪しい勧誘とかじゃないよね?」
「…………ぷっ、あはははははは…………!」
少女は私の返答を聞くが否や笑い出す。私はわけがわからず頭に疑問符を浮かべる。
笑い涙を浮かべながら、少女は口を開く。
「仮に私がそういう人だったら100%否定するに決まってるじゃん!」
「う……」
確かに……。この子、一見頭弱そうに見えて案外そんなことないのかも……。
「……わかった、世間話くらいなら付き合ってあげる」
かくして私の平穏は終わりを迎えた。
「やった! それじゃあ…………」
私の言葉に食い気味に喜んでみせた少女は、軽やかな身のこなしで3人がけのベンチに左寄りに座って、ぽんぽんとベンチを叩く。
「隣、座って!」
「…………」
私はおずおずとベンチの右端に座る。すると、少女は私の方にぎゅっと詰め寄ってくる。
ふわりと香ってくる柑橘系のきらきらした匂いと顔の近さに、私は思わず離れるように勢いよく立ち上がる。
「? どうしたの?」
少女は不思議そうに小首を傾げる。どうしたもこうしたも……。いや、落ち着こう私。クールダウンだ。
「…………ひ、ひと昔前、とある感染症が流行った時、人々は『ソーシャルディスタンス』といって、
私は黒目を左右に動かし早口でしゃべりながら平静を装う。装えてない。
「? その話、今の私たちと何か関係ある?」
少女はキョトンとした顔でこちらを見てきた。
「……うん、関係ない。関係ないから大丈夫」
私は重心を右に傾けながらベンチに座り直す。
「変わった子だねえ、えーと…………」
どちらかというと変わってるのはそっちの方だと思いつつ、名前を教える。
「村山
「こよいね! 入れ替えると『
なんとなくわかってはいたけど、初対面から下の名前で人を呼ぶタイプの子だった。
「いや、入れ替えないし、私は別に良い子でもないし…………あなたは?」
「
狭山さん、と呼ぼうとした矢先に先手を打たれてしまった。
「心に愛で心愛、か。かわいくて、心愛……にぴったりないい名前だと思う……」
褒められたので、とりあえず褒め返してみる。まあ、いい名前って思うのはほんとだし。
「うん、そうだよね。ほんとに、そう思うよ…………」
? なんだか、思ってたのと反応が違うような……? 今までずっと曇りのない笑顔を保ってきた心愛の表情が、一瞬だけ揺らいだ気がして…………。
「ところで古代衣は、こんなところで何してたの? あ、待って! 当てるから……えっと…………ひなたぼっこだ! どうだ!」
…………勝手に質問して勝手に考えて勝手に答えて。ジェットコースターみたいに表情を変える子だ。
「…………まあ、そんなところ」
めんどくさいので適当に対応する。実際、何もしていないので日向ぼっこしてるとも言えなくないし。
「ふーん。ひなたぼっこを楽しんでるにしてはずいぶんと辛気くさい顔をしてたけどなあ」
心愛はニヤニヤと意地悪な笑顔を浮かべる。
かまをかけてたのか…………何も考えてないようなふりをして。
「ほ、本当は瞑想で精神力を鍛えてたんだよ」
瞑想してる人は大抵真面目な顔をしてるから嘘ではない、と思う。
「だとしたら雑念湧きすぎだよー!」
「むう」
…………雑念って傍から見てわかるものだっけ?
けらけらと笑う心愛は心の底から楽しんでいるように見える。雲ひとつない青空のような笑顔。
…………だけど。だからこそ、私には気になることがあった。
「そういう心愛……はどうして一人になりたがってたの? ひなたぼっこする場所を探してた?」
万が一でも心愛が顔を曇らせでもしたらすぐに話題を変えられるように、冗談ぽく笑みを浮かべようとしたけど、慣れていないので引きつってしまう。
心愛は一瞬、何かを考えるような素振りをして、打って変わった真面目な顔で、まっすぐに私を見つめる。
「ねえ。古代衣はさ、『心』って……どこにあると思う?」
私は、ただの雑談にしてはあまりに固くなった雰囲気にたじろぐ。
何より、心愛の
合格発表で自分の受験番号を探す受験生のような、不安と緊張の入り混じったその表情を見て、無意識にごくりと唾を飲み込む。
……固まること数秒。我に返った私は心愛の質問の内容を思い出し、咄嗟に答える。
「ここ……かな?」
私は自分の心臓のあたりに手をあてる。風に流れる雲が心愛の顔を影で覆っていく。
「…………やっぱ、そうだよね。ごめんね! 変なこと訊いた!」
雲が過ぎ去って、再び夕陽に照らされた心愛の笑顔は、それまでの澄んだ青空のような明るさを失っているように思えた。
「あ、そうだ! 私、お母さんからおつかい頼まれてたんだった! あはは、うっかりしてたよ……!」
心愛は立ち上がって私に背中を向ける。その後ろ姿は変わらず綺麗なものだったけど、私には、さっきまでとは別のものに見えて。
「ごめん、それじゃ私は行くね!」
心愛の背中越しに見えた空は晴れているのに、なんとなく、雨でも降ってきそうな気がして。
「待って!」
走り出そうとしたその腕を、私はいつの間にか掴んでいた。
「……!」
腕を掴まれて咄嗟に振り返った心愛の顔は、今にも泣き出しそうで、私はそれに思わず驚いてしまう。
……でも、ここで引いたら、きっと後悔してしまう気がする。
だから。
「…………聞かせて、心愛のこと。心愛が、何を抱えてるのか」
心愛は、ほんの少し目を見開いたように見えた。
「…………あ、心愛がよければ、だけど…………」
私は普段口に出さないような演技がかったセリフに遅れて恥ずかしくなって、心愛の顔から目を逸らす。
心愛は弱々しく笑って、ゆっくりとベンチに座る。
それを確認してほっと息をついてから、私も心愛の隣に座る。
「…………古代衣は、身体のどこかを身体拡張(いじ)ったりしてる?」
「…………」
私は、その類の質問が嫌いだった。その質問に答えるたびに、自分が周りより人として劣っているような錯覚……あるいは事実を突きつけられるから。
でも、心愛の
「……してないよ。うちにはそんな余裕ないし」
「……そっか」
心愛は嘲りも哀れみもせず、ひとつの事実として私の言葉を受け止めているように感じられた。
「私はね、一箇所だけいじってるんだ。……どこだと思う?」
心愛はなぜか悲しげな笑みを浮かべながら私に尋ねる。
「…………」
私は心愛から少し距離をとって、その身体を改めて観察してみる。
陽光に当たってきらきらと輝く髪、整った顔、透き通るような肌、すらっとした肢体。
ぱっと見ただけでもそれらしい部分はいくつも見てとれた。
「えっと……目元、とか?」
正直、どこと答えられても納得してしまうし、むしろ一箇所だけというのが嘘に思えるくらいなので、とりあえずそれらしいものを適当に答えてみる。
「ううん。正解はね……」
心愛はブラウスのボタンを外し始める。
「え? ちょ、ちょっと何を……!」
咄嗟に中指と薬指の間に若干の隙間を開けながら両目を覆う私を意に介さず、心愛はワイシャツのボタンを半分ほど開けたところで下着の首元に手をかけ、ぐいっと胸元をさらけ出す。
「ちょ、待っ……! …………え?」
私はそれを見て、思わずごくりと唾を飲み込む。
そこには、痛々しく胸の真ん中を裂くように刻まれた傷痕があった。
「正解は……心臓。今私の中にある心臓はね、自分のじゃなくて、人工的に作られたものなんだ」
私は一瞬、心愛の言ったことが理解できなかった。
数秒の時が流れ、目の前の傷跡と心愛の話した事実が理解できるようになって初めて、自分が心愛の胸を見つめたまま長い時間固まっていることに気づいた。
「……あ! ごめん、じっと見つめたりして……」
心愛はふるふると首を横に振り、ブラウスのボタンを閉める。
「……2年ちょっと前の話。私、陸上やってて、中学生の私は走るのが大好きで、毎日部活のことばっか考えてた。毎日が輝いて見えてたんだ…………でも」
心愛は
「はっきりといつから、って感じじゃないんだけど、なんとなくふらふらしてり、熱が出たりするようになって。うまく、走れなくなって…………」
心愛は当時の気持ちを、丁寧に思い出しているように見えた。私にはそんな心愛の姿が、とても痛々しく見えた。
「かかりつけのお医者さんで貰った薬を飲んでもまったく良くならなくてね。お父さんとお母さんに、大きい病院でちゃんと検査しようって言われて。私も早く走れるようになりたかったから、検査を受けてみたんだ。そしたら……」
その先を聞きたくない、と私は思った。私は見てしまったから、心愛の胸の痛々しい傷跡を。知ってしまったから、心愛の胸に今あるモノを。
「悪性の腫瘍。えっとつまり、『ガン』、だね。人類がまだ完ぺきには克服できてない病気。私の心臓は、運が悪かったみたい」
「……!」
どれだけのショックだったのだろう。ただひたむきに生きてきた中学生が、その事実を知らされた瞬間は。
私は当時の心愛の気持ちを考えて泣きそうになってしまう。
「あ、待って待って! そんな悲しい顔しないで! 私は古代衣の前でこうして元気に生きてるでしょ? 今のは、もう終わった話だから!」
ぐっと小さい力こぶを作って笑う心愛。彼女の笑顔を見ていると、心愛は本当にそのことについてはもう気にしていないように思えた。
じゃあ、心愛が「今」抱えてるっていうものは…………。
「さっき言ったように、人工心臓。私はそのおかげで元気になった。元通り……か、もしかしたら前より元気になったかも。だから…………」
心愛は一呼吸おいて、左右のこぶしを握り締めて心臓の前まで持っていく。
「だから、これはほんとにささいな、聞く人によっては笑ったり、もしかしたら怒ったりしちゃうかもしれないことなんだけど…………」
心愛は不安そうに私の方を見る。
「心愛の話、私が聞きたいって言ったんだよ。ちゃんと受け止める。受け止めようと思う、から……話して」
そう口に出すと同時に、強く断定できない自分が嫌になる。
ずっと言い訳しながらいろんなものから逃げてきた私に、ついてしまった癖。
せめて、と思いながら、目だけは心愛から逸らすことはしなかった。
「うん。ありがとう、古代衣。…………私ね、ときどき。いや、けっこう頻繁に思っちゃうんだ…………今の自分は、本当の狭山心愛なのかなって」
「? どういうこと?」
私は心愛の言うことがいまいち解らずに聞き返す。
「今、私の胸にある心臓は、たしかに前の私の心臓と同じ働きをしてくれてて、私は周りの人から見たらずっと変わらない私なんだと思う。…………でも。でもね」
心愛は拳を握り締める。喉の奥から言葉を振り絞るように。
「でも、心臓が入れ替わった私は前の私じゃないんじゃないかって、思ったり。一度私は手術の時に死んじゃって、今の私は私じゃない別の何かなんじゃないかって、考えちゃうんだよ」
「……そんなこと……!」
そんなことない、と発音しかけた私の頭に、数分前、心愛にされた質問が浮かんでくる。
『ねえ。古代衣はさ、『心』って……どこにあると思う?』
あ……私、あの質問に、なんて答えたっけ……?
「ちが……違くて……」
違う。
「私、そんな……!」
そんなつもりじゃなくて。
そんなじゃなくて。私はあの時、何も考えてなくて。
「わかってるよ」
優しい声。
「心愛……」
「古代衣が、ううん。私の質問に答えた人たちみんな、悪気がないなんてことくらい、わかってる」
優しくて、でもそれだけじゃない。聞いているこっちが泣きたくなってしまいたくなるような、寂しさが混じった声だった。
「きっと私が逆の立場ならそう答える。だから、これは私の問題。たぶん私がこの先、一生考えてかなくちゃいけない問題なんだって思う」
「……………………」
…………戻りたい。つい数分前の出来事。戻って、馬鹿で軽率な私を、全力で止めたい。心愛に伝えたい。心は心臓なんかには無いって、伝えたい。
私は結局、他の心愛の周りにいる人たちができなかったのと同じように、心愛と同じ場所に立って、心愛を救うことができなかったんだ。
…………当たり前。
当たり前だ。私は心愛の家族でも親友でもなんでもない。今日初めて会って話した、それだけの人間。そんな私がこの子を救うなんて、できなかったんだ。だからこれは、しかたないことで…………。
「でも、ちゃんと聞いてくれて嬉しかった。ここまで私の気持ちを話したのは、古代衣がはじめてだよ! さっき、逃げようとした私を引きとめてくれて、すっごく嬉しかった! ありがと、古代衣!」
笑顔。あまりにも眩しい笑顔だった。言い訳をした自分が惨めになるくらい。
心愛、違うよ。私には、そんなものを受け取る資格なんか……。
「それじゃ、今度こそ行くね! 私にここまで付き合ってくれてありがと!」
少女は立ち上がる。現れた時と変わらない笑顔と明るさを身に纏って。
「あ…………」
……少女の背中が遠ざかっていく。だめだ、まだ終わっちゃいけない。まだ、私は何もしていない。
「……ここ……」
何と言えば。何と声をかければいい? 何を伝えれば目の前の少女を救うことができる? 私に何ができる?
考えがまとまらない。背中が遠ざかる。私は心愛に何を。私は。
私は。
「心愛!!」
私は心愛を引き留めた。ただ、引き留めただけ。頭の中は空っぽで、何かを思い浮かんだわけでも、何をしようと考えたわけでもない。
でも、私の声に振り返った少女の目。その澄んだ瞳を見てしまった私は、空っぽの頭でいつの間にか少女に駆け寄っていた。
「…………ど、どうしたの古代衣?」
私が予想もつかない大声を出したからか心愛は口を開けてぽかんとしていた。私も私が出した声量に自分で驚いていた。
「心愛!」
「は、はい!」
心愛は私の勢いに背筋を伸ばして敬語になる。
「の……」
私は勇気を奮い立たせる。
「心愛の……心は…………」
咄嗟に思い浮かんだ。だからこそまっすぐに伝えられる、私の気持ち。
「私の心、は……?」
心愛が目つきが真剣なものに変わる。
言わなくちゃ。今まで逃げてきた私を、今ここで乗り越えて。
「心愛の心は…………」
心臓の脈動を感じる。全身の熱が高まるのを感じる。
今すぐにでも逃げ出しそうになる自分を抑えて、踏みとどまって、そして。
「心愛の心は、私の中にあるから!」
吐き出した。複雑な思考ができなくなった頭は、自分が口に出した言葉をひたすら復唱している。
「…………」
心愛は表情をまったく変えずに棒立ちしていた。
「……あ」
ここで初めて、自分が言い放った言葉が客観的に聞いて意味の分からないものだということに気がついた。
「……えっと……つまり…………。私はちゃんと心愛の心を感じてるっていうか、その、私の中にはちゃんと心愛の声も言葉も気持ちも、残ってるから。だから……」
早口。アウトプットに思考が追いつかなくなった自分を一度、深呼吸をしてなだめる。
今度は、ゆっくりと。
「心愛が自分を保てなくなりそうになった時は、私のことを思い出して。私の中にはちゃんと、心愛の心が生きてるから」
精一杯の笑顔とともに、精一杯の言葉を伝える。
自己満足になっていないか、とても不安だけど、私にできることは多分、これくらいしか無いから。
「…………」
心愛は変わらず表情をそのままに立ち尽くしている。
…………やっぱり、私の言葉じゃ届かなかったか。
それとも、距離を詰めすぎて引かれたか。
いや、そもそも私は一度、心は心臓にある、なんて答えてしまっている。その答えは違いました、なんて、虫のいい話で、心愛が怒っても当然だ。
心愛の表情を見て、心愛を救えない情けない自分と、心愛への申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「…………ごめん」
私はそれだけ言って心愛から目を逸らし、
私はもう、ここに来ることはないだろう。
…………と、不意に後ろから手が引っ張られるのを感じた。
「…………よい」
その声で、手を引っ張っているのは心愛だと気がついて、バッと振り向く。
「こよい、ありがとおっ……!」
私は一瞬、何が起こっているのかわからなくなった。
目の前には涙を流して私に感謝する一人の少女がいた。
「…………」
私の目にもなぜか液体が溜まって、溢れて、目元から一筋の光をつくる。
いつぶりだろう、涙を流したのは。こんなに温かい気持ちになったのは。
私が、人に何か良い影響を与えられたのは。
――二人の女子高生が泣き続けた公園は、普段とは比べ物にならないほど騒がしく、普段とは比べ物にならないほど、温かかった。
******
「…………静かだ」
私は公園のベンチでいつものように寝そべっていた。
あれから一週間、公園に通い続けている私は、ついぞ心愛に出会うことはなかった。
「連絡先とか、交換しとけばよかったな…………」
というか、一週間特に変わったことがなくて、心愛はいろいろこじらせた私が生み出した幻覚、イマジナリーフレンドだったんじゃないかと思ってしまう。
だとしたらあの時私は公園で一人で大泣きしていたわけで。
「…………恥ずかしすぎる」
でも、一つだけ私の中で変わったこともあった。
誰であろうと、その人なりの悩みを抱えているんだろうと想像が及ぶようになったのだ。
それでもまあ、選択肢がある人間は私にとって羨む対象であることに変わりないんだけど。
「ひと眠りしようかな……」
一度頭を空っぽにしたくて、私が目を閉じかけたその時。
「……ありゃ、先客がいる」
不意に、聞き覚えのあるフレーズが私の鼓膜を叩いた。
「……!」
私はあの時と同じようにガバッと上半身を起こす。そこには…………。
「ふふ……なんてね!」
あの時と変わらない笑顔があった。
こころのありか 柴王 @shibaossu753
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